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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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35/52

シンデレラになってみました 35話


 花梨はじっと自分の手を見つめている。

 その手はさっきから、目の前のドアをノックしようとしては止まり、またノックしようとしては止まるを繰り返していた。


 「私はちゃんと悠人さんに伝えるのが良いと思いますわ」

 百合は気持ちよさそうに伸ばした腕にお湯を掛ける。

 「私は何も言わなくていいと思う」

 向日葵はドボンとお湯を跳ね上げて、湯船に沈んだ。

 「まったく、往生際が悪いわね」

 百合は呆れる。

 「花梨が好きになったのだからそれでいいじゃない。自分だって欅くんとイチャイチャしてるくせに、花梨にばかり純真無垢のままでいて欲しいなんて、ずるいわよ」

 向日葵は真っ赤になった顔を胡麻化すためにそのまま湯船に沈んで行った。

 「それに、気持ちを伝えたからと言って、すぐに男女の行為が進むわけではないですわ。欅くんは15年も我慢し続けていたから抑えが効かなかったでしょうけど」

 百合の嫌味に向日葵はボコボコと泡で応えた。

 「百合、そこまでにしてあげて。何か弟のことだと生々しいわ」

 「そうだ、そうだ」と小さな声で抗議しながら向日葵は浮き上がると、花梨の肩を掴んだ。

 「花梨、本当に好きになったのか?お前、ちゃんと男として悠人を好きになったのか?」

 向日葵の裸に迫られ、花梨は思わず小ぶりだが形のいい向日葵の胸を見た。そして自分の胸だか筋肉だか区別がつかない胸部を見つめる。

 「同じように小さいのに何か違う・・・」

 「おっぱいは置いとけ」

 向日葵が掴んでいた肩を揺すった。

 「ちゃんと好きになったのか?」

 「ちゃんと好き、だと思うけど・・・」

 花梨の語尾は急速に失速した。

 「ほれみろ。まだ、そんななら改まって悠人に『好き』とか言わなくていいって」

 「どうして?」

 「悠人だってまだ花梨がお子ちゃまだから、ゆっくり慎重にことを進めようとしてくれてんだろ?それに甘えとけよ」

 「一理あるわ」

 急に百合も乗ってくる。

 「でも、モヤモヤしたくないの。悠人さんが他の女性とベタベタするのを見たくはないの」

 百合と向日葵は黙って顔を見合わせる。

 「花梨、マダムの秘書との接触をついからかってしまったけれど、悠人さんはあなたにもうべた惚れだから、男性的なモヤモヤは理性で処理してるわ。だから、真剣に悠人さんが浮気をする心配なんていらなくってよ」

 百合は「ごめんなさい」と頭を下げる。

 「悠人が花梨にメロメロなのは、私も保証する」

 向日葵も言う。

 花梨は二人の顔に向かって水を飛ばした。「きゃ」と百合が顔を覆う。向日葵はまともに受け取ると、すぐに反撃した。

 「もう、止めてよ向日葵」

 と言いながら、花梨も水をバシャバシャと跳ね上げた。「もう」と言いながら百合も反撃にでたので、風呂場は激しい水しぶきに覆われた。数分、水合戦を繰り広げ、三人は頭から水を浴びた状態で息をついた。

 「私、やっぱりちゃんと告白する」

 肩で息をしながら、花梨は宣言した。

 花梨の決意を二人は笑顔で受け止めた。


 花梨は大きく息を吐くと、止めていた手を動かした。

 「トントン」

 中からはなんの音沙汰もない。花梨はドアに耳を当てて部屋の中の動向を探ったが、なんの物音もしなかった。振り下ろした勇気が急に萎む。どうしようと、逡巡しているとドアベルが目に付いた。

 「ああ、そうか。部屋が広いんだ」

 三人で泊っている自分たちのスイートを思い出した。トントンが聞こえる広さではなかった。

 花梨はもう一度、大きく深呼吸すると、ベルを押した。

 部屋の中からベルの音が聞こえる。

 自分の心音しか聞こえない時間が過ぎる。

 ドアが開いて、悠人の顔が覗いた。

 「どうしたの?」

 部屋でくつろいでいたのか、悠人のシャツはボタンが開き、胸元が覗く。

 ドクン。

 花梨は慌てて視線を上げる。

 悠人と目が合う。

 飲んでいたのか、いつもより瞳が潤んでいる。

 ドクン。

 心臓の音が響く。

 「お、お話したいことがあって・・・」

 ドクドク鳴り響く心音より大きい声でしゃべれただろうか?

 心配で顔を上げると、ドアが大きく開いた。

 「どうぞ」

 花梨は願うように目をぎゅっと瞑ると、部屋の中へ入った。


 ソファに座ると、悠人は「何か飲む?」と。

 花梨は首を振った。

 悠人は自分はさっきまで飲んでいたグラスを持ち、花梨と向い合せの位置に座った。

 花梨は組んだ手を見つめ、クルクルと親指を回した。

 ふっと息の音がする。

 「前にもあったね」

 花梨は顔をあげる。

 ああ、思い出した。あの時もすごくすごく緊張して、悠人の部屋を訪れた。

 「あの時も花梨はそうして指を回してた」

 優しい声。

 「あの時はとても、うれしい相談だったけど、今日は何かな?」

 花梨はぎゅっと手に力を込める。

 「私、私、あなたが好きです」

 一気に吐き出した。

 悠人の目が大きく見開かれている。

 「家族として?」

 感情を殺したような声。

 花梨はどうしようもなく、悲しさが沸き起こった。

 どうしてみんなそう聞くの?

 家族として好きじゃだめなの?

 男の人と家族との違いって何?

 お母様のように、欅のように、嵐のような激しい気持ちがなければ、恋じゃないの?

 お父様のように、穏やかな愛の形だって、愛でしょ?

 私はまだやっぱり、恋とか愛が解っていないのかも、でも、でも

 「悠人さんが好き」

 花梨はソファから立ち上がり、悠人の顔を両手で挟んだ。

 そして、思い切り悠人の口を吸った。

 スー、スポン。

 苦しくなって唇を放すと、悠人は目を見開いたまま固まっている。

 花梨は自分の顔が赤く染まってゆくのを感じる。

 涙が出そうだ。

 「く、口を吸うって・・・本で読んで」

 何とか出した声を、悠人の唇が優しく飲み込んだ。

 チュ、軽く触れて離れる。

 悠人の手が頬を包むと、もう一度顔が近づいて来る。

 チュ、と唇を啄む。

 悠人の瞳が熱を帯びているように見える。

 いつの間にか花梨は悠人に抱きすくめられている。

 もう一度唇が重ねる。

 今度は深く、深く。

 ゆっくりと角度が変わる。

 花梨はぎゅっと閉じた目に力を入れた。悠人の腰を掴んだ手にも力が入る。

 急に熱かった唇から熱が引く。

 「私もあなたが好きです」

 声は耳元でする。

 「あなたと・・・」

 囁く声が小さくて聞き取れない。

 包み込まれるように抱きしめられ、ピタリと寄せた胸からはドクドクと音がする。

 自分の心音なのか、悠人の心音なのか、どちらかわからなかったが、とても心地いい。

 花梨は自分の手も悠人の背中に回した。

 「あったかい。すごく安心する」

 ぎゅっと悠人を抱きしめながら、花梨は呟いた。 

 

 


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