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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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31/52

シンデレラになってみました 31話


 「よくやったじゃないか」

 十三は悠人のグラスにワインを注いだ。

 「ありがとうございます」

 悠人は注がれたワインを口に運んだ。

 「花梨が頑張ってくれたお陰です」

 心からの言葉だ。

 「本当にそうだぞ。花梨ちゃんは良くやってくれた。あの後、細田夫人からわざわざお礼の電話が入った。花梨ちゃんにお世話になったと」

 悠人もその話はパーティの後に聞いた。細田からも直接お礼の電話もあった、だが。

 「おじい様へ電話を入れるほどのことを花梨がしたのでしょうか?」

 悠人は思わず頭に浮かんだ疑問を口にした。今や世捨て人となった十三と電話とはいえ直接話すことは容易なことではなかったからだ。

 「ん?」

 十三は眉をひそめる。

 「会場で持病の発作が出た際にうまく対処したとは聞きまいたが、そのことでわざわざおじい様に電話までするとは、と思いまして」

 ああ、十三は頷く。

 「そんなこともあったのか。礼はその事についてではない」

 「では?」

 悠人に思い当たる節はなかった。

 「マダム愛華の出したチャリティーの品を譲ってくれた礼だったぞ」

 悠人の眉間の皺が深くなった。

 「マダムの」

 悠人の脳裏に濃厚な香りが浮かぶ。

 愛華が近くにいるような錯覚すら覚えるほどの強烈な香りだ。身体の芯が熱くなる。

 「もっと自由に愛していいの。

  大丈夫、壊れたりしないわ。

  愛は強く、したたかなものですもの」

 耳元で囁く声がする。

 悠人は固く眼を閉じた。

 「どうした?」

 十三の言葉で現実に引き戻される。

 悠人は頭を振って思考を取り戻した。

 「何でもありません。マダム愛華の品とはいったい何だったのでしょうか?」

 十三は口を歪めた。

 「儂は知らんよ。お前も知らんのか?」

 「はい。落札者の一番望む愛のアドバイスだと言われました」

 「あいつがそう言ったんなら、そうなんだろう」

 十三は自分のグラスに口を付けた。

 「わざわざ礼の電話を寄越したぐらいだから、細田夫人は気に入ったんだろ。男女の悩みであいつのアドバイスが効いたのなら、間違いないってことだ」

 十三はすっきりとした高笑いをしたが、悠人の気持ちは晴れない。

 「でもよく花梨ちゃんが落札できたな。あいつの愛のアドバイスなら、みなが欲しがったんじゃないか?」

 「ええ、全員価格を提示したようですが、マダムがアドバイスをするのは、本当に必要な人にするとおっしゃって」

 「それで、花梨を選んだのか?」

 十三は怪訝な顔をした。

 「ええ。新婚の二人にこそ私のアドバイスが必要ね、と」

 「で、よく譲ったな。珍しいこともあるもんだ」

 「その辺りの詳しい話は聞いていませんが、わりとあっさり細田夫人に譲ることになったようでしたよ」

 「まあ、あいつの気まぐれはいつもの事だから、そういう気分になったんじゃろう。それより花梨ちゃんをよく労ってやるんだぞ」

 十三の愛華への関心は急速になくなった。

 「林に聞いたが、24時間パーティ漬けの生活だったそうじゃないか。儂が何度もなんもしないでいいと言ったのに、まったく本気にしなかったんだな。お前にも何度も言っただろうが」

 十三の不満な顔に悠人はもっと不満な顔で応えた。

 「私だって何度も言いましたよ。だいたいすべての根源はおじい様ですからね。あの規模のパーティをするのにホストがただ笑っているだけで済むわけないでしょう」

 言葉は冷気を帯び、辺りを凍らせた。

 「お前がもっと頑張らんかい」

 十三は腰を引いて距離を取った。

 悠人は一瞬呆れたが、すぐに冷たい視線を十三に向けた。

 「おじい様もいつも気まぐれですものね」

 十三は肩を竦め、これ以上被害を被らないよう、会話を終わらしたのだった。

 「何だか、急に眠たくなった。久々に飲んだから酒が回ったぞ」

 悠人は凍り付くような視線で十三を見ると、立ち上がった。

 「お休みなさいませ。私は失礼します」


 館に帰り、部屋に入ると悠人は飲み直した。

 「24時間パーティ漬け」十三の言葉が心にしこりのように居座っている。花梨が頑張っているのは知っていたが、そこまでとは思っていなかった。新しいホテルのオープンに向けて仕事が大詰めのこともあり自分は村瀬に任せきりだった。もちろん花梨もそうだと思っていた。仕事で夕食は一緒に取れないことも多く朝食時に花梨がパーティの準備について相談することは余りなかったからだ。

 「私はダメだな」

 パーティーが終わった後、百合と向日葵を見送った花梨は皆の片づけを見守りながら寝てしまった。椅子から落ちかける花梨に気づき山崎が慌てて抱き留めたのだ。

 その寝顔を見て愕然としたことを思い出す。

 白い磁器のような肌にいつものピンクの指し色はなく、蝋のように見えた。

 心臓が大きく跳ねた。

 「よく、がんばりました」

 山崎が労いながら抱き上げるのを制して、悠人は花梨を抱き上げた。

 「このところ余り眠れなかったようです」

 「そんな風には見えなかった」

 「ご本人もまったく自覚がなかったみたいです。よく休めばすぐ回復されますよ」

 山崎の言葉に安心してしまった。

 悠人はグラスのウィスキーを飲み干した。

 翌日、昼に目覚めた花梨は「こんなに寝たのは子供の頃以来だ」と笑った。その笑顔がいつも通りだったからまた安心した。

 でも、たしかに花梨はパーティ後ボーとしてることが多かった。疲れが残っているのだ。

 「明日は朝から農園に行くと言っていたな」

 止めさせようと考えたが首を振る。花梨が農園に行くのを楽しんでいるを知っている。

 「様子を見に行くか」

 呟くと悠人は明日すべき仕事をやり始めた。


 一緒に行こうと思ったが、驚く顔が見たくて少し遅れて農園に行った。

 「それりゃ!」

 大根を抜いて満面の笑顔になった花梨に声を掛けようとした瞬間だった。

 「おお、いい顔だね」

 手を叩きながら農園のオーナーが近づいて行く。

 悠人は出しかけた声と伸ばした手を止めた。

 花梨が猛然と抗議を始めた。

 心臓を握られたような痛みが襲う。

 悠人は完全に動けなくなってしまった。

 この場から離れたかった。

 だが、足は動かず、目は花梨たちから反らす事も出来ない。

 友人たちに接するように自然にオーナーに接している。楽しそうに笑い、抗議の声をあげ顔を歪める。

 自分には見せない自然さで。

 「花梨」

 悠人が呼ぶと、花梨は少し身体を固くする。

 百面相を見せてはくれるが、悠人の視線に気づくとすぐに表情は戻ってしまう。

 敬語で話し、いつでも悠人を気遣う。

 それでも、異性の中では自分に一番打ち解けてくれている、そう自負していた。

 ああ

 悠人は胸を掴む。

 私が恩人だから、花梨は家族になってくれた。

 私に恩を返そうと、花梨は私に愛情を向けてくれる。

 目の前で全身で喜びながら大根を抜く花梨。

 自分は何をしてあげたのか、高校最後の夏の貴重な時間をつかって。彼女は眉間に皺をよせいつもブツブツ言っていた。私に紫藤家に迷惑を掛けないよう必死に。

 彼女が恩に勝る愛情を見つけたらどうなるのだろう。

 私は彼女の手を放せるだろうか?

 私は

 もう

 彼女の手を放すことは出来ない。


 「おはようございます。まだ、朝早いから眠たいですか?」


 マダムの声が聞こえる。

 もっと自由に愛していいの。

 大丈夫、壊れたりしないわ。

 愛は強く、したたかなものですもの。


 


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