シンデレラになってみました 30話
「それりゃ!」
花梨は思い切り腕に力を込めた。
ズボッといい音と共に大根が抜けた。
「おお、いい顔だね」
尾池はパチパチと手を叩きながら、大根を受け取った。
「どうして顔を褒めるのですか?褒めるべきはこのりっぱな大根でしょう?」
花梨は不服を申し立てた。
「まあ、大根もいいけど、花梨ちゃんの場合はどうしても顔に目がいっちゃうよね」
「なぜですか?」
花梨は引かずに詰め寄る。
尾池は顎に手を置き、しばし沈黙する。思案する尾池の顔を花梨はじっと睨み続けた。
「やっぱり、かわいいからかな」
溜めてから出た答えに花梨は脱力した。
「なんですか~。なんで尾池さんまで、そんなことを」
花梨は地団駄を踏んで抗議する。
尾池は、はははと軽く笑った。
「容姿の可愛さだけのことを言ってるんじゃないよ。花梨ちゃんは、すごく綺麗なのによくよく知り合うとただ綺麗なんじゃなくて、かわいい子だと感心してしまう魅力があるんだよ」
花梨は、ああそうですかと話を切り、新しい大根に挑み始めた。
「今日は何だかいつもと違うね」
尾池はそんな花梨を横目に山崎に近づいて行く。
「今日だけではないんですよ。ここ数日、ちょっと様子がおかしいんですよ」
山崎は大根以外の野菜をトラックに積み込んでいる。今日は鈴木は来ていなかった。
「ああ、そういえば大きなパーティがあったんですよね?花梨ちゃん、色々がんばっていたでしょう。野菜見てもしかめっ面でずっとぶつぶつ言って」
「そうなんですよ。本当にがんばりました。初めての接待でしたから、覚えることも沢山ありましたし」
山崎はしみじみと言葉にする。
「うまくいきましたか?」
「もちろん。大成功でした」
笑顔で答えてから、山崎は顔をしかめた。
「そういえば・・・、パーティの後から様子が変だったような・・・」
声は小声だったので、尾池には聞こえなかった。
「うりゃっ!」
威勢のいい花梨の声に釣られ尾池が花梨に駆け寄って行った。
「これはまたりっぱな」
引き抜いた大根を受け取り横に置くと、花梨を引っ張り起こした。
「ありがとうございます」
花梨は立ち上がると、パンパンと土を叩く。
「学校で何か気に入らない事でもあったの?それともお屋敷でかな?」
「えっ」
「何か忘れたくてがむしゃらになってるように見えるけど」
花梨はじっと尾池を見返した。
「尾池さんって先生みたいですよね」
尾池が吹き出した。
「なんで?」
「結婚してから知り合った大人の方々は、私のこと紫藤家の若奥さんとして扱われるんです。でも、尾池さん私を高校生として扱って下さるし、こういう接し方知ってるなとずっと考えていたんですよ」
「おお、鋭い観察眼だね。僕は農業始める前は教師だったんだよ」
はははは、すごいよ花梨ちゃんと、尾池は笑った。
「まあ、先生風吹かして済まなかったけど、人生の先輩だからさ何かあったら話聞くよ。花梨ちゃんの周りにはいない、まったくの第三者だから気がねしないで話せるかもよ」
花梨は少し考えた。
「ありがとうございます。たしかに紫藤家と関係のない唯一の大人ですね」
一端、言葉を切る。
「でも、今は大丈夫です。モヤモヤは大根に解消してもらいます。モヤモヤの正体も何かわかっていませんから。また何かわかったら相談するかもしれないです」
「そうして、そうして」
気軽い尾池の言い方に花梨は笑みで答えた。
「ありがとうございます、先生」
「あー、今度それ言ったら収穫手伝わせないからな」
尾池の不平に、「わかりました先生」、というと花梨は走って逃げた。
「イエローカード一枚だからな」
尾池の声を後ろに聞きながら、花梨は山崎に駆け寄る。
「大根これで最後」
大根を差し出した花梨の手が止まった。
山崎は受け取りながら花梨の固まった視線を追った。
「悠人様」
山崎の声に悠人は手で答えると、「おはよう」と付け足した。
「おはようございます」
花梨は笑顔で近づく。
「まだ、朝早いから眠たいですか?」
「えっ」
「顔が強張ってますよ」
花梨の言葉に悠人は自分の顔に触った。
「そう?」
「ええ。そうですよ」
「寝てないので眠たいということはないですよ」
ふふ、と悠人は笑うと、花梨は「また徹夜ですか!」と軽く悠人の肩を叩いた。
このやり取りが紫藤家の日常になっていた。山崎はこのやり取りを目にするたび、ついニンマリしてしまう。二人の間に新たに生まれている愛情が微笑ましいからだ。
「帰りましょうか」
いつもならもう二、三のやり取りがあるのだが、今日のじゃれ合いはあっさり終わってしまった。山崎は首を傾げた。そういえば様子がおかしいのは花梨だけではなかった。悠人もここ数日様子が変ではなかったか?やはりパーティの後ぐらいからか・・・思い至って山崎は考え込んでしまった。
「モヤモヤする~」
花梨は叫びながらラケットを振った。ボールはジャストミートし、向日葵のラケットに吸い込まれる。
パン!
ボールは花梨の打ち易いフォアハンド側に戻ってくる。
「何なのですか~」
花梨はまた心の叫びをボールに込めた。
向日葵は黙ってボールを打ち返す。
「何だかわからないから、もっとモヤモヤする~」
パン!
向日葵が黙っているのには理由があった。
花梨のこの状態はかなり前から続いているもので、初めの頃は百合と一緒に心配になり、根掘り葉掘り理由を尋ねたのだが、何だかわからないの一点張りで話が進まないのだった。始まった時期はパーティ明けだったのだが、向日葵にも百合にもピンとくる事柄は何も浮かばなかった。
パン!
一時間ぐらい二人は汗を流した。
子供頃から一緒にテニスをしていることもあり、花梨のテニスの腕前はかなりのものだった。一緒にテニス部にと思ってはいたが花梨の家庭事情の変化がそれを許さなかったのだ。
「久々だとキツイわ。半分の力とはいえ日本屈指のトッププレイヤーと打ち合うには体力がないわ」
肩で息をしながら、花梨はドリンクを飲み干した。
「花梨のショットは正確だからいい練習になるよ」
向日葵は汗を一拭きすると軽くストレッチを始めた。花梨も横に並んで身体を伸ばした。
「まだ、モヤモヤが何なのか分からないのか?」
「うん」
思い切り身体を伸ばす。
「でも、こうして身体を動かすといいの。気分が晴れる。この前も大根狩りに行ったら数日よかったの」
「大根狩り?なんだそりゃ」
「大根を抜いて抜いて抜きまくったのよ」
花梨が大根を抜く姿を想像して、「可愛いからいいか」思わず向日葵は呟いた。
「何が可愛いの?」
しかめっ面で花梨が詰め寄る。その表情もたまらなく可愛いのだが、向日葵は後ずさった。
「そういえば、欅のゴルフの日程が決まったんだ」
矛先を変える。
「え、本当?」
「アメリカのコースになったよ」
「え、本当!」
「国内じゃ何かと目立つからな」
花梨は目を何回か瞬く。
「少し慣れてきたとはいえ、すごいわね金持ちって」
「悠人の方にも連絡がいったはずだよ。日程はこちら任せでいいって話だから、来週はアメリカだな」
向日葵は嬉しそうだ。
「向日葵も行けるの?」
「もちろんだよ。百合も行けるって」
「うそ」
花梨は手を前に出す。向日葵は手を合わせた。
「海外旅行は修学旅行ぶりだな」
「やった、うれしい」
すっかり気分の良くなった花梨を見て、向日葵も最高に気分が良くなった。
「夏休みいっぱい向こうにいようぜ」
「うん。百合は大丈夫かしら?」
「勉強なんてどこでも出来るだろう」
「そうだよね」
二人は浮き浮きと旅行計画を練り始めた。




