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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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シンデレラになってみました 26話


 十三の別荘だというその場所は一般人が気軽に訪問出来る場所ではなかった。

 交通手段がヘリコプターしかないという立地に建っていたからだ。 

 花梨は慈善パーティが始まる前から驚くことばかりだった。

 準備も兼ねて前日入りしてみたものの、もちろんまるでやることはなかった。この日のために雇われた多くの人々が働くのを、邪魔にならないよう柱の陰から見守っていた。

 「・・・・・・」

 花梨は背中が少し暖かい気がして後ろを向いた。

 「ひっ」

 目が大きく開く。

 「ぷっ」

 悠人は口元を隠した。

 「すいません、驚かせましたね」

 花梨は思い切り睨んだ。

 「もう絶対わざとしてますよね?」

 「まさか。隠れて何かを見てるようでしたから静かにしていたのですよ」

 「うっ」

 花梨は言葉につまる。

 「覗いていたわけではありません・・・。皆さんの邪魔にならないよに作業を見ていたのです」

 「それなら行きましょう」

 悠人は花梨の手を引いて歩き出した。

 「どこへ?」

 「キッチンです」

 キッチンでは鈴木が待っていた。

 「遅かったですね。料理が冷めてしまいます」

 「すまなかった。花梨を探すのに手間がかかった」

 花梨は足を止めて悠人を見上げた。

 「花梨座って」

 悠人は椅子を引いた。花梨は悠人のいた場所をまだ見つめている。

 「花梨?」

 「はい。花梨です」

 花梨は急いで悠人の引いた椅子に座る。悠人も向かいの席に座った。

 鈴木が給仕に下がっていく。

 「明日の料理の確認です。たくさん食べて」

 悠人が微笑む。

 花梨は嬉しそうに悠人を見つめている。

 「どうしました?」

 「悠人さんが初めて私の名前を呼んでくれました」

 「初めて?」

 自覚がなかった。

 「ええ、いつもあなた、君でした。すごい新鮮です」

 はにかむ花梨の顔に赤味が差す。

 「名前を呼んでもらえるのってうれしいものですね」

 鈴木が料理を持って戻ってきた。

 小皿にもられた料理が次々運ばれてきた。花梨の目の前はあっと言う間に皿でいっぱいになった。

 「すごい。どれも美味しそう」

 花梨の目が輝く。

 「一口づつ味を見て下さい。まだスイーツもありますから、食べ過ぎないように」

 「ふぁ、スイーツもあるのですね」

 花梨は気合を入れると皿に箸を伸ばす。自分の皿に半分盛ると丁度後一口分料理が残った。それを悠人が口に運ぶ。

 「美味しい」

 花梨も食べた。

 「本当、おいしい」 

 二人は目を合わせて頷いた。

 花梨の心臓が急にギュッと縮んだ。一瞬息を飲む。

 花梨は目の前の悠人を見つめる。

 結婚して二カ月経った。すっかり悠人と過ごすのが当たり前になっている。こんな風に過ごせるとは思っていなかった。

 案ずるより産むが易し、自分はすごく運がいいのだと花梨は思った。胸のあたりがポカポカと暖かい。

 「へへ」

 自然と笑みが漏れる。 

 「それも美味しいですか?」

 「美味しいです」

 赤らんだ顔のまま花梨は次の皿に手を伸ばした、その手を止めて悠人は自分の食べた皿を花梨の前に差し出す。花梨はその皿の料理を口に運んだ。悠人はじっと花梨を見つめている。

 「美味しい」

 悠人の顔が正面から見れず、花梨は目を伏せた。

 「手伝いに来たぞ」

 沈黙を破るように、山崎に案内され向日葵と百合がキッチンに入ってきた。

 「明日の料理か」

 向日葵はずかずかと近づくと手近にあった皿の料理を手でつまんで口に入れた。

 百合がその手を叩いた。

 「はしたない」

 吐き出した声は冷気のように冷たい。

 「もう、二人とも座って」

 花梨は手招きして隣の椅子を引く。二人はおとなしく席に着いた。

 「二人も食べて、一口づつとはいえこの量はさすがに食べられないかもと思っていたの」

 「了解」

 二人も加わり料理は数段早く片付いていく。

 「和食も多いいんだな」

 「日本食を望まれるゲストが多いいみたい」

 「ああ、なんだか杉さんの伊達巻が食べたくなりますわ」

 「やだ百合。私にお杉さんの味を思い出させるなんて」

 くっ、と花梨は目頭を押さえて天井を見る。

 「昨日食べたばっかじゃん」

 「昨日食べたからこそ思い出したのよ」

 「確かにあれは、美味しい」

 悠人の口元が緩む。

 「何だ思い出し笑いなんかして」

 「この間、花梨が作ってくれたのですよ」

 百合と向日葵が顔を見合わす。

 「花梨が・・・」

 花梨は二人の沈黙に足を踏むという行為で答えた。二人の顔が歪む。

 「花梨の料理は素材が優先なんですよね」

 悠人が真剣な顔で付け足す。

 「ばかにしてますね」

 「まさか」

 「素材の味を生かすことは料理の神髄です」

 睨んだ花梨の視線をサラリと悠人は受け止める。

 「杉さんの料理は確かに素材の味を生かした素晴らしい物だけど、花梨のは素材その物だからな」

 足の痛みを忘れたのかケラケラと向日葵が笑った。

 「そう素材の味が堪能できる素晴らしい料理だと私も言いたかったのです」

 「イィー」と花梨は顔を歪めた。

 「これ、花梨の好きな味だと思いますよ」

 悠人は新しい皿を手渡した。花梨はイィーの顔のままそれを口に運ぶ。

 「・・・美味しい」

 「でしょう?」

 「はい」

 二人はまた元の様に味見を続けた。

 「悠人様、ちょっとよろしいですか?確認して頂きたいことが出来まして」

 村瀬がキッチンに入って来た。

 少し立ち話をすると、「こちらのことは任せます」と言って悠人と村瀬は足早にどこかに行ってしまった。

 「花梨と悠人さんはずいぶん馴染みましたね」

 もともと小食の百合はもう十分とばかり箸を置いた。

 「そうでしょう?」

 花梨は嬉しそうに笑う。

 「そうだな、すごい普通だな。悠人も花梨の扱いに慣れてきちゃって」

 向日葵は憎々し気に言うと、カモのスモークを口に放り込んだ。

 「うまっ」

 「始めは食事の時も緊張して料理ばっかりを見て、とにかく喋ってばかりいたんだけど。今ではほんと向日葵の言う通り普通なの。今日もしみじみそれを感じたわ」

 花梨もカモを口にする。

 「うまっ。悠人さんって父さまに似てるのよ」

 「えっ?似てないだろ」

 「顔はもちろん似てないわよ、雰囲気が似てるの」

 「そうか?」

 「静かな佇まいとか、実は黙って見守ってくれてる所とか、すごく父さまを思い出すの」

 「そう雅秋さまを」

 百合は意味深に頷いた。

 「結婚する時、まったく知らない人と暮らすのってどんなだろうって色々考えたわ。でも、分からなかったからどんな方でも相手に敬意を払って暮らそうって覚悟を決めて嫁に来たのよ。その人の良いところを見つけて少しづつでも好きになれたらいいなって」

 花梨は別の皿を空にする。

 「でも、そんな心配はまったくいらなかった。悠人さんはいいとこなんて見つけようとしなくても素晴らしい人で、私は本当に普通に毎日を楽しく過ごしていて、私はすごくラッキーだったなって思うわ」

 「それで、少しづつではなく一気に好きになったの?」

 「うん。悠人さんは十分過ぎるほどいい人だもの、好きよ」

 百合が向日葵を見る。

 「花梨、私が好きか?」

 突然の質問に花梨は眉を寄せる。

 「何急に言い出すの?それはすごく好きよ」

 「私は?」

 「百合まで、なんで急にそんな分かり切ったことを聞くの?」

 疑問を口にしながらも花梨はまじめに答える。

 「もちろん、好きよ」

 「千歳さんや杉さんや欅は?」

 「それは家族だもの。好きよ」

 「私らと家族の好きに違いはあるのか?」

 「えっ、何その意味深い質問?」

 「ちょっと真面目に考えて見て下さい」

 百合が真顔で言うので、花梨の眉がますます寄って眼球が上を向く。

 「それは違うわよ。家族はもう絶対家族だから何をしてもいいっていうか、とにかく好きだけど好きじゃなくても家族という関係は絶対だから大丈夫な好きで、百合と向日葵は大好きでずっと変わらない自信はあるけど、でも家族ではないからずっと絶対一緒に居られるわけではないから、もっと好きよ。嫌われたり終わったりしたくないもの」

 言葉を探しながらもしっかりと花梨は言った。向日葵と百合の口は知らず知らずに、にんまりと微笑んでしまう。

 「そんな風に私たちのことが好きなのね」

 二人とも緩んだ口元を嬉しそうに隠す。百合の方が先に自我を取り戻すと姿勢を直して本題に入った。

 「では悠人さんの好きは?」

 花梨は一瞬瞳を上に向けたが、すぐに答えを出した。

 「それは結婚して家族になったんだもの、家族と同じような好きかな。悠人さんも私を家族と認めて下さったからこそ、日々私に優しく接して下さっていると思うもの」

 向日葵と百合は二人同時に「ふーん」と答えた。


 食事の確認が終わると本格的にやることのなくなった三人は学生らしく定期テストの勉強でもすることにして、書斎に移動した。このお屋敷で唯一ネットの繋がる場所なのだ。外部の医大を目指す百合には校内テストなど余裕の代物だが、向日葵には付け焼刃な勉強が必須だった。花梨も紫藤家に嫁に来てからは何かと忙しく学校の勉強はかなり疎かになっていた。

 書斎の前で花梨は二人を止めると、最新のセキュリティーを解除した。

 書斎のドアは厳重なセキュリティーがあるが、それさえクリアすればドアは音もなく開く。目の前の襖がすっと両側に開いた。もちろん襖に見えるが襖ではない。

 「・・・・・」

 ドアの向こうに現れたのは女性の上に倒れこんでいる悠人だった。

 三人は足を止めじっとその光景を見つめる。本当になんの音もなくドアが開いたのでどうやら身体を重ねて倒れている二人は新たな侵入者に気が付いていないようだ。

 「・・・胸揉んでるぞ」

 向日葵の声に驚き悠人の身体がバネ仕掛けのように跳ね上がった。

 「花梨、もしかしてこのお部屋は悠人さんが男性としての性を処理する場所なのでは?」

 百合は花梨の耳にささやくような仕草をしていたが、一言一句ハッキリと聞こえるようないい声で話をしている。

 「違う!」

 自分でも驚くような声で悠人は否定した。

 「違うって」

 ちょっと呆けた顔で花梨は百合と向日葵に告げる。

 「さすがにそうだ!と認める男はそういないだろう」

 「そうね」

 百合が花梨の肩を優しく抱く。

 「花梨、悠人さんも大人の男性。きっとどうにもできない衝動がおありなのよ」

 「本当に違うんだ!百合さん花梨に余計なことを言わないでくれ」

 普段の悠人とは別人だ。

 「花梨、こちらは明日来るVIPの付き人だ。明日のセキュリティーの確認をしていただけなのだよ」

 真剣な顔で悠人が近づく。

 「なんだここのセキュリティーは床に寝ころんで胸を触りながらチェックすんのか?」

 悠人はグシャと頭を抱えた。

 「嘘のようだが信じてくれ、あの本棚の後ろにセキュリティー用のモニターが隠れている。それを閉じた時の振動で彼女がバランスを崩したんだ、それを支えようとして、なぜかあんな格好になってしまった」

 悠人は説明していて自分でも信じられないと訴えた。

 「ああ、そうなのですね。そのような少女漫画の定石のような奇跡が本当にあったのですね」

 花梨はうんと大きく首を縦に振った。

 悠人の歩みが止まる。

 「信じるのか?」

 向日葵が呆れた声を出す。

 「だって、こんなところでそんな行為をしていたと信じるほうが無理だもん」

 「まあ、確かにそうですわね」

 百合がつまらなそうに味方する。

 悠人は心底安心したように大きく息を吐くと、ネクタイを緩めた。

 「テスト勉強をしようと思ったんですけど、いいですか?」

 花梨は申し訳なさそうに悠人と客人に目線を送った。

 「それは構わないが・・・」

 客人が三人に向き直り、きちっと頭を下げる。

 「私の不注意で奥様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 上げた顔を改めて眺めてみると、その付き人なる人物はスラリとした美人だった。身体中から出来るオーラが発せられている。

 花梨も慌てて頭を下げる。

 「いえ、こちらこそお仕事中に乱入してしまいすいませんでした」

 「いえ、奥様に落ち度はございません。では、私はこれで失礼します。明日はよろしくお願いします」

 美しい姿勢で踵を返すと、美人の付き人はあっさり部屋を退出してしまった。

 悠人はまだすっきりとしない表情のまま花梨の前に進み出た。

 「花梨、本当に何の誤解もないと思っていいですね?」

 真剣な顔で確認を迫る。こんな悠人を見るのは初めてなので花梨は慌てる。

 「ええ。これっぽちも誤解していません。悠人さんもお仕事がまだありますよね?大丈夫ですから仕事に戻ってください」

 笑顔に手振りも付けて悠人を送り出す。

 「・・・わかりました。勉強頑張って下さい」

 花梨の後ろで疑わし気な顔をした向日葵と、口元が妙に綻んでる百合を横目に悠人も部屋を出て行った。

 「さあ、勉強しましょ。秘密のモニターではなく、このパソコンを使って」

 花梨は目の前のノートパソコンを開く。これは花梨が持ち込んだ花梨のパソコンだ。

 「なあ、花梨本当に偶然あの格好になったと思っているのか?」

 一番勉強が必要なはずの向日葵はすっかり勉強をする気を失ったようだ。

 「それはそうね。偶然ではないかもね」

 「え、そうなの?偶然じゃないならどうして?」

 悠人がこの場所でいちゃつく必然性がないと思っていた百合は驚いた。

 「あの付き人という方、すごく鍛えてた。どのくらいの振動か分からないけど、震度7でもふらついて倒れるとは思えないわ。付き人と言っていましたけど、護衛も兼ねていると思うわ」

 「そんなに強そうだったか?」

 「たぶん、ね。私の見立てなんか当てにならないけど、山崎さんに見ていただけたら本物かわかるかも」

 百合は出口を見つめる。

 「どなたのお付きなのかしら?」

 「それも、山崎さんに聞くのが早いと思う」

 「でも、花梨の見立てが当たっていたら、その達人付き人は、わざとぐらついて倒れて悠人に抱きつき乳を揉まれたのか?変態だな」

 「言い方はひどいですが、そういう趣味の方なのかもしれないわね」

 花梨は呑気に頷くとPCを開いた。

 「二人には感心するわ」

 百合はため息と共に身体を反転させPCを閉じた。

 「そんなわけないでしょう。もし本当に彼女が花梨の見立てたような方なら、すべて計算された演技ということでしょう。花梨があの部屋に入るタイミングで悠人さんを誘導してわざと倒れ、悠人さんの手も胸の上に導き、花梨に見せつけたのよ」

 「何のために?」

 花梨は驚く。

 「それは花梨を動揺させるためか、悠人さんを動揺させるためか、どちらかかしら?」

 「何のために!」

 「知らないわよ」

 百合は向日葵の惚けた顔を睨みつけた。

 「・・・そうか、知るわけないよな」

 向日葵は一歩後ずさった。

 花梨は額に二本の指を置き考えをまとめると、カッと目を見開いた。

 「私が標的なら動揺していないので失敗、悠人さんが標的でも別に動揺する理由もないので失敗ってことじゃない?」 

 「いや、悠人は動揺していただろう」

 「えっ、本当に?」

 「そりゃ、不意に若妻にあんな痴態を曝したら動揺するだろうよ。現にすごい後ろ髪引かれるように退場していったじゃないか」

 「えっ、そうだった?」

 「そうだったよ。もっとしっかり言い訳をしたいって顔だったよ。花梨は本当に鈍いな」

 「十分な説明だったじゃない、むしろ私は鋭く状況を理解したと言えるわ」

 向日葵の鈍い呼ばわりに花梨は異議を唱えた。

 「・・・そこが鈍いの」

 話は終わりと向日葵は手を振る。

 「本当にどなたの付き人なのかしら。何のために悠人さんにハニートラップを仕掛けたのかしらね」

 百合はもう一度出口を見つめた。

 「明日は波乱の予感がするわ・・・」

 「やめてよ、現実にメロドラマ持ち込むの・・・」

 百合のうっとりとした表情を見ながら、花梨と向日葵は肩を震わせた。



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