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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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20/52

シンデレラになってみました 20話



 花梨の目は冴えに冴えていた。

 明日は学園祭当日なのだ。何度も眠りに付こうと、丹田呼吸法を試したり、枕を一つ抱きしめたり、挙句は羊を数えたりしたが、眠れなかった。

 花梨は仕方なくベッドから下りると、ベランダに出た。

 窓を大きく開けて、夜風を吸い込んだ。

 日中は夏日の様に熱い日もあるが、夜はまだ少し過ごしやすい。

 見上げれると、素晴らしく月が美しかった。

 「お月様、どうぞ私を眠らせて下さい」

 花梨は真剣にお願いする。

 「眠れませんか?」

 急に声を掛けられて花梨は飛び上がった。

 引きつらせた顔で振り返る。

 「悠人さん、急に背後から声を掛けるの止めていただきたいです」

 声にも恨めしさが籠ってしまう。

 「すいません。気を付けます」

 悠人の口元が僅かに微笑んでいる。

 「村瀬さんは勿論の事、悠人さんも物音をださないから、すごくびっくりするんですから」

 花梨の抗議はまだ続いている。

 「振付も完璧に覚えたと夕食の時に豪語していたじゃないですか」

 「豪語っ、そんなつもりはなかったですけど・・・」

 「そうですか。すごい勢いがありましたよ。ああ、早く明日がくればいい。こんなに明日が待ち遠しかった日はない。きっと素晴らしいステージになりますって。あなたからの風圧に押されて、私は椅子に張り付きましたからね」

 花梨の顔が見る見る赤くなる。

 「そんなでしたか。お恥ずかしい限りです」

 しゅんとして小さくなる花梨の頭をポンポンと悠人は軽く叩いた。

 「随分緊張しているのですね」

 悠人の手の下から花梨は悠人の顔を覗く。

 「はい。学園祭は毎年してましたけど、いつもは裏方でしたから勝手が違います。緊張もしてますけどワクワクが止まらない感じなのです」

 「そう」

 悠人が身体を屈めて視線を合わせた。ゆっくりと頭を撫でた。

 「あなたの可愛い顔にクマでも浮かんでいたら、私が怒られそうだな」

 大きな瞳がさらに大きくなり瞬きをする。

 「可愛い顔ですか?」

 自分の言葉で更に花梨の顔は赤くなった。

 「ええ」

 悠人が微笑んだ。

 花梨はその場で飛び上がった。

 悠人が驚いて身体を反らす。

 「す、すいません。条件反射です。何でかは分からないですが身体が勝手に」

 花梨はくるりと向きを変えると「おやすみなさい」と部屋に駆け込んだ。

 後ろ手にドアを押さえると、花梨は大きく深呼吸した。心臓が飛び出しそうなほど大きく動いている。花梨はぎゅっと服の上から鼓動を押さえる。

 「心臓がおかしくなりそう。悠人さんの滅多に見せないあの微笑みは凶器だわ」

 ベッドにボンと身体を投げ出した。

 「あああああ、もう眠れそうにない。どうするの私~」

 ベッドの上をゴロゴロ頃転がりながら花梨は身もだえを繰り返した。


 学園祭は盛況である。

 普段の桜桃の落ち着いた雰囲気とは違いやはりお祭りの派手やかさで満ちている。

 花梨たちの桜組は午前午後とステージが一回づつだけで、他にクラスでの催しがないためゆっくりと他を見て回る時間があった。

 「百合、おじい様はいつくるの?向日葵は?」

 有名パティシエがつくったマカロンをほうばりながら三人は高等部一年のクラス椿組の前を歩いていた。

 「午前のステージを見に来るっていってましたわ」

 「家は午後。悠人は?」

 「午後のステージにおじい様といらしてくれるそうです」

 「じいさまも来るのか?大丈夫かよ」

 「向日葵、口が悪すぎる」

 花梨の眉間に皺が出来る。

 椿組では本格的なお化け屋敷が催されている。

 出口と書かれた扉から悲鳴を上げて抱き合った女子が出てきた。勢いで向日葵にぶつかった。

 「すいません」

 謝りながら、ぶつかった者を見上げて「きゃあー」と悲鳴を上げる。

 「向日葵様」

 「こちらは大丈夫だよ。君たちは?」

 向日葵が笑顔を向けるともう失神しそうな勢いだ。

 「だ、大丈夫です。本当にすいませんでした」

 真っ赤な顔で何度も頭を下げながら去って行った。去りながらも、「きゃーどうしよう」とか「身体のこちら側は洗えないわ」という声が聞こえてくる。

 花梨はしばらく去っていく二人を見つめていた。

 「どうしたの?」

 「あの子たちは向日葵のファンよね?」

 「ええ。そうね」

 「ファンって何?同性の向日葵をなぜあんなに好きなのかしら?恋をしてるのではないのよね。友達でもないし、知り合いでもない」

 「なんとなく向日葵を見てると幸せになれたり、さらに応援してると嬉しかったり、するのよ」

 「好きな人にもそう思うのよね」

 「そうね、でも好きな人とは両想いになりたい思うものですけど、ファンの方は、もっともっと多くの方にその方のよさを知って頂いて、分かち合いたいと思うものではないのかしら」 

 「そうか、そうね。その気持ちとてもよく解るわ」

 花梨は大きく頷いた。

 「まあ、向日葵には素質があるものね」

 「ああ、向日葵もね」

 花梨は付け足しのように言う。百合は聞き返そうとしたが、

 「何の素質があるって?私の隠せないスター性のことかな?」

 嬉しそうに向日葵がすり寄ってきたので会話を止めて、さっとかわした。

 「そんなこと一言も言っていませんわ」

 花梨の腕をとると、どんどん廊下を進んだ。

 「あ、私お化け屋敷入りたい」

 百合は「もう」と不満げに頬を膨らませると、仕方なしに待ち構えている向日葵の所に戻った。


 午前の部の開演時間もせまり、桜組の皆は舞台裏に集まっていた。

 緊張を和らげようと皆それぞれに、踊りの振付を確認したり、ストレッチをしている。

 一伽は舞台袖から舞台の様子を見ていた。

 「あっ」

 一伽は慌てた様子で楽屋口に向かった。

 「一伽?」

 「ちょっと出てくる」

 見かけた彩桜(あおい)が声を掛けると一伽は一言投げかけた。

 一伽は走って、客席の中央出入口を入って行く。舞台袖から見つけた人物はすぐに見つかった。ドアのすぐ脇に立っていたのだ。

 「ごきげんよう。悠人様」 

 悠人は声の方を見る。暗がりだがすぐに声の主が分かった。

 「こんにちは、一伽さん。こんな所にいていいのですか?」

 腕時計を見て時間を確認する。

 「どうしても、この間のお礼がいいたかったのです」

 言葉を切って、綺麗なお辞儀をする。

 「本当にありがとうございます」

 悠人も礼を返す。

 「どういたしまして。あのような怖い思いをさせてしまい、こちらは心苦しいばかりです」

 「それは悠人様のせいではありません。たしかに怖かったですが、喉元過ぎればなどと言うのはお恥ずかしいですが、あのような経験出来ないですもの、あの経験込みでとてもいい思い出ですわ」

 一伽は涼しい顔で言ってのけた。

 「そう言って頂けると、少しは気が楽になります」

 一伽はじっと悠人の顔を見つめている。

 「何か?」

 「悠人様は良い方ですね」

 「えっ」

 「私、とても安心しました」

 一伽はすっきりした表情で舞台の方を見た。

 「花梨さんがストーカー被害にあったことがあるのはご存知ですか?」

 「ええ」頷いたが内心悠人は驚いていた。新聞沙汰にもなっていない事件だ。

 「私たちは4歳でしたが当時の事は本当によく覚えています。花梨さんは入学当初からとても人目を引く存在でした。学園に来られない理由はすぐに通達されました。みなが同じような目に会う可能性がありましたので学園側が公表したのです。もちろん学園内だけのことで、この情報が決して外に漏れないことは学園も父兄もよく知っての事です。ストーカー行為と言うものがよくは分かっていない子供でしたが、あの天使のような方が卑劣な男に追い回されていると聞くだけでゾッとしたものです」

 「そうでしたか」

 「でも、もっとゾッとしたことがあるのです」

 悠人は一伽の横顔に視線を見つめた。

 「それは妬みという感情でした。花梨さんは半年ほどの休学後元気に登校されました。少しお痩せになってはいましたが、そのやつれた姿さえ輝くばかりに美しかったのです。でも、恐ろしいものですね、そんな花梨さんに苦言を言う方々がいたのです。

 人目を引く容姿をしているというのに、それを隠そうともしてないのは花梨さんの方も落ち度があると」

 悠人の眉が寄った。

 「花梨さんのお家の方は歯牙にもかけませんでしたが、その中傷が花梨さん自身の耳に入ったのです。それで花梨さんがどうしたと思います?」

 悠人は黙って首を振った。

 「坊主になってこられたのです」

 ふふと、一伽は笑った。

 「花梨さんはこれで男の子に見えるでしょう?とクラスの皆に言ったのです。向日葵さんと百合さんは半狂乱になって泣きわめいて、綺麗な長い髪がなくなってしまったのですから。私たちもそれはつらかった。それに、坊主になった花梨さんはちっとも男の子には見えませんでしたから、すごく無駄なことに思えましたもの。その時、クラスの皆で誓いましたの。この可憐な天使を皆で守らなくてはと。

 ここは檻のようなところですが、この学園祭だけは違うのです。知ってます?この学園祭の別名は公開お見合い場なのです」

 悠人もその別名の事は知っていた。学園祭の招待状は学園の生徒の父母から三枚だけ信用のおける第三者に渡されるのだ。もちろん祖父母、親族の場合もある。だが、大体が社交の道具として使われているのもたしかだ。 

 「花梨さんの容姿はあまりに人を引き付ける、それがいい人の目に留まるとは限らないし、またそれが元でひどい妬みを買うこともあるので、隠すことにしていたのです。この日は一日中被り物を被って裏方仕事、もちろん花梨さんは文句の一言もないですけど、やっぱりちゃんと楽しみたかったはずです」

 一伽は悠人の方にちゃんと顔を向けた。

 「だから、本当にありがとうございます。花梨さんがあんなに毎日嬉しそうにしてる学園祭は初めてでしたわ」

 悠人は微笑んだ。

 「私のほうこそ、あなたちにお礼を言わなければ。ありがとう」

 一伽は悠人に一瞬見とれてしまった。

 こんな風に笑う方だったのね、これはヤバいわ。

 これで使い方は合っているのかしら、と一伽はぼんやりと考えた。

 「ところで、今日見に来られるのは午後の部ではなかったのですか?」

 「時間が出来たので」

 悠人はいつもの澄ました顔になっていたが、何故か一伽には笑っているように見えた。

 




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