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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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17/52

シンデレラになってみました 17話



 ライブ会場の中に入った時点で悠人の疲れはピークに達していた。

 会場の場所は分かりにくく、山崎がしっかりした準備と下見をしていなければ、見つけることも困難だったと思う。会場入り口は狭く、暗く、馴染みのない臭いが鼻について、気分が悪くなった。

 山崎、悠人、花梨。百合、向日葵。太刀川、一伽、彩桜(あおい)。三組に分かれ、会場に向かった。山崎は何もかもがデカいので、少し離れていても何処にいるか分かる。山崎を灯台の光のように目安にして、皆無事にライブ会場に着いた。

 着いた会場は異様な熱気に包まれていた。

 悠人は会場の隅に張り付くように立つと何とか呼吸をした。

 山崎は非常口などの確認に行ってしまい、花梨は他のお嬢様たちと興味深々といった風情で回りを見渡している。薄暗い会場を見まわし、太刀川はと探していると、ドリンクを持ってやってきた。

 ちゃかっりドリンクチケットを交換してきたようだ。

 「社長も交換してきますか?」

 「いや、いい。よく飲めるな」

 そうですか、とストローを吸いながら肩を竦める。

 「奥様たちは?」

 皆、振り向いたが一斉に首を振った。よかったと悠人は心底安心した。

 「私、前へ行ってみたいのですが?」

 一伽が許可を求める。「私も」と彩桜も手を上げる。向日葵と百合も手を上げた。

 「花梨は?」

 「私はここで待ってる」

 「太刀川、付いていけ」

 悠人の声に太刀川は、「ラジャ」と飲みかけのコップを急いで飲み干すと、四人に付いて、見ているだけで血の引くような塊の中へ突入していった。

 「大丈夫ですか?」

 いつの間にか花梨が隣に並んでいた。

 目深に帽子をかぶり、太いフレームの眼鏡の奥の瞳が心配そうに瞬く。

 「気分が悪そうです」

 すまなそうな声が、悠人の心をくすぐった。

 「ちょっと、人当たりをしました。こういう場所は慣れていなくて、ダメだということを今日知りました」

 「すいません。無理をさせてしまって」

 「あなたは大丈夫ですか?」

 「実は私も気分が悪いです」

 ペロリと少し舌を覗かせる。

 「でも、楽しいです。こんな風に夜友達と出掛けることが出来るなんて、夢の様です。本当にありがとうございます」

 ちょこんと頭を下げて上げた顔には、眩しいほどに幸せと書いてあった。

 悠人は、気分の悪さを忘れて一緒に幸せ気分を味わった。急に見つめていた花梨の顔が見えなくなる。

 どうやらライブが始まるようだ。

 ステージのライトが派手に瞬き始め、曲のイントロが流れ出した。それと同時に会場内も光だした。蛍光色のライトが曲に合わせて振られ、野太い声援が掛かる。

 悠人は知らず知らずのうちに、壁にめり込むように壁に張り付いた。

 花梨は遊園地のパレードでも見ているかのように、口を開けてそれらを見つめている。

 「すごいですね~」

 呑気な声を出し、曲に合わせて手拍子を叩き始めた。

 ステージの真ん中の塊付近まで行っていた皆は、呆気にとられ身動きが取れずにいたが、暫くすると何処から出してきたのか、手にはライトを持ち、周りに同調して振っている。

 向日葵が振り返って、来いよと花梨を手招きで呼んだ。頭が一つ飛び出しているのでよく見える。

 「いいですか?」

 花梨の目はライトと同じように輝いている。

 「気分は大丈夫?」

 「はいっ」

 「私も行きます」

 何とか、壁から離れる。

 「大丈夫ですか?」

 「もちろんとは言えませんが、今日はエスコートするために来たのですから」

 「では、行きましょう」

 花梨は悠人の手を握り引っ張った。

 悠人も応える様に握り返す。

 二人は息を合わせて、混沌の中へと向かった。

 ライブは何組かのアイドルが代わる代わる登場する形式だと、合流した太刀川が教えてくれた。その都度そのアイドルを贔屓しているファンたちが、センターの位置で様々なパフォーマンスを繰り広げるということも理解した。悠人たちはセンターの位置を少し離れ、でもその場の臨場感を十分に感じる事が出来る位置に移動し応援し続けた。

 花梨たちはライトを持って、飛び跳ね、太刀川に至っては、曲の合間に熱烈なファンたちと意味不明の掛け声を叫んでいた。

 悠人は一組目が終わった時点で抜け殻に等しかったが、隣の花梨の笑顔のために何とかその場に留まっていた。

 ライブが終わった時にはり、悠人は気絶寸前だった。

 周りを見ると、太刀川もお嬢様たちもライブの高揚感に浸っていた。

 「すぐ、出ましょう」

 隣の声で悠人は僅かに正気を取り戻した。

 花梨が悠人の手を引いて出口に誘導する。

 気が付いた、向日葵が声を掛ける。

 「花梨?」

 「ちょっと、気分が悪くなりました。酸欠です。外に出るね」

 「え、まだこれから握手会がありますよ」

 と言う太刀川の声を無視して花梨はどんどん進んで行く。

 「さあ、皆様も行きますよ」

 山崎が未練が残っている、太刀川、一伽の背中を押した。

 一足早く道路に出た二人は、大きく深呼吸した。

 空気が澄んでいるとは言い難かったが、室内の空気に比べれば、よっぽどいい。

 悠人はやっと生き返った。大きく何度も深呼吸して、呼吸を整える。

 「生き返りましたね」

 「ええ」

 「顔が真っ青だったからびっくりしました」

 「そうでしたか?」

 「ええ」

 「あの、照明でよく私の顔色が分かりましたね」

 素直な疑問だった。

 「?」

 花梨は目を瞬かせて、しばし考える。

 「なぜでしょう?でも、分かりました」

 悠人は胸に手を当てた。心に火が灯った様に、身体に温かさが満ちていく。

 花梨が自分を見ていてくれることが嬉しかった。これだけの事でこんなにも自分が満たされてしまう事に戸惑いもある。でも、嬉しさが勝った。

 「大丈夫か?」

 向日葵と百合が駆けてくる。

 「ええ、大分よくなったわ」

 花梨は笑顔で答える。

 「たしかにひどい空気でしたもの」

 百合も心配そうに花梨の背中をさする。

 「ごめんなさい。つい興奮して、たしかに酸欠になりますわ」

 一伽も彩桜も深呼吸する。

 花梨が悠人を引っ張り出したことに誰も気づいていないようだった。

 「でも、とても楽しかったです」

 花梨が笑う。

 皆も、顔を突き合わせて笑った。

 『ええ。とても』

 「学園祭に活かせそうですか?」

 悠人は落ち着きを取り戻していた。

 「はい、ありがとうございます。感謝の言葉もありませんわ」

 一伽が美しいお辞儀をした。

 「ありがとうございます」

 向日葵も百合も彩桜も、お辞儀をする。

 「どういたしまして」

 悠人は応える。

 「車を回してきますから、あちらの少し道幅の広くなっている所でお待ちください」

 山崎が少し先の交差点を指した。

 悠人が手で応えると、山崎は居なくなった。

 「暑い」

 花梨がキャップと眼鏡を外した。

 百合がタオルを出して汗を拭いた。

 「ありがとう」

 花梨の素顔は興奮で色づき、いつに増して美しい。その周りに、飛びぬけて背の高いエキゾチックな少女、艶やかな黒髪の日本人形のような少女、清楚華憐といった趣の少女が二人。夜の裏通りに場違いな空気が生み出されている。

 遠巻きに花梨たちを見ていた怪しい目が近づいてきた。

 「お嬢さんたち、こんな時間に何してるのかな?」

 見るからにチンピラといった三人組だった。

 「別に」

 向日葵が吐き捨てる。

 「まあ、そう強がらなくても」

 前に出てきた男は向日葵よりデカい。

 「可愛いね~」

 粘っこい声で、背は低いが一番ガッチリした体格の男が、一伽の髪を触った。

 「きゃ」

 一伽が小さく悲鳴を上げる。

 悠人が五人の前へ踏み出した。

 「触るな」

 三人は同じ動作で、悠人を上から下まで嘗め回すように視線を這わせた。

 「えらく豪勢じゃないか。こんな美少女たちを連れまわしてんのか」

 にやにやと下卑た笑いを浮かべながら男たちは一歩前に踏み出す。背中に庇う者がいるため、悠人は一歩も引かず、その場で男たちに冷静な視線を送った。

 「おっと、いい度胸だね、あんた」

 背の高い男が悠人の胸倉を掴んだ、その瞬間。

 「走って、車が来ました」

 声と同時に、ドンと悠人は横に押し出された。よろけた悠人の脇から、花梨が出てきて、男たちのみぞおちに一発づつ掌底を入れる。

 「うっ」

 不意打ちを食らい、男たちは腹を抱えた。

 「急いで、走って」

 また、花梨が叫ぶ。悠人は体勢を立て直すと花梨の手を掴んで、走り出した。

 最初の号令で走り出していた、皆の背に向かって全力で。

 耳からの音が消え、自分の息遣いだけが聞こえてくる。

 花梨の手の温かさを握りしめる。

 バンが見えた。

 バンのドアが開き、「乗ってください」と山崎が叫ぶ。

 一伽、彩桜、百合、向日葵、太刀川の五人が飛び乗り、急いでと手招きしている。

 悠人と花梨もすぐに車に飛び乗った。

 ドアが閉まる隙間から、走り寄る男たちの姿が見えた。



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