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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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シンデレラになってみました 15話


 花梨は張り切っていた。

 朝4時に起きるのも、何の苦でもなかった。

 「さあ、今日はがんばるわよ」

 迎えに来た山崎をドアの前で迎え、花梨は気合いを入れた。山崎の性別に対しての、昨日のこだわりは嘘のように消えていた。

 「奥様は切り替えが早いですね」

 山崎が感心する。

 花梨は少し考えて、「そうですね。余りくよくよすることはないですね」と軽く答えた。

 玄関を出ると、鈴木が待っていた。

 「おはようございます」

 鈴木の口が「お」と発音する前に、あいさつする。

 「おはようございます、奥様」

 慌てて鈴木が続く。

 「本当に行かれるのですか?」

 「もう、昨日から何度も同じ事を言うのですね。行きます」

 「そうですか」

 鈴木の肩が明らかに落ちる。

 「奥様、どうぞ」

 山崎が軽トラックの助手席のドアを開けた。

 「あの、二人にお願いがあるのですけど、私のこと、名前で呼んでくれませんか?」

 「名前?」

 「ええ、奥様ではなく、花梨と」

 山崎と鈴木は顔を見合わせた。

 「では、お客様のいないところでは、花梨様とお呼びしますね」

 鈴木に異議はないので、頷く。

 「よかった。なんだか奥様はすこし早い気持ちなんです」

 花梨は照れ笑いを浮かべた。

 「では、花梨様、車に乗ってください」

 山崎に促されて、花梨は車に乗る。

 「じゃあ、鈴木さんはバイクでお願いしますね」

 「はい」

 山崎は運転席に乗り込むと、車を出した。

 外はまだ薄暗い。

 「畑までどのくらい掛かるのですか?」

 「この時間ですから、20分ぐらいですよ」

 「そうですか」

 花梨は外を眺めた。

 「凄く、綺麗ね」

 山崎はハンドルの前に顔を出して、外を見渡す。

 「そうですか?何だか曇りっぽくないですか?」

 「そう?清々しいですよ」

 「それはそうですね。朝ですものね」

 山崎の返事は、取り合えず話を合わせたものだったが、花梨は気にも留めなかった。本当に、景色が輝いて見えるのである。朝早く起きて、身体を動かすのが好きなため、早朝はもともと好きな時間帯だった。それでも、特別に思えるほど、今日は何もかもが違って見える気がする。

 目的地には山崎の予測通り、20分で着いた。

 着いた場所は、かなり立派な畑だった。

 「おお」

 花梨は感嘆の声を上げた。

 「素晴らしい畑ですね。もっと小規模な農園を想像していました」

 「本当ですね」

 山崎も感心している。バイクで先に着いていた、鈴木が若い男を連れて近づいてきた。

 「こちらがこの農園のオーナーの尾池彬さんです」

 鈴木が紹介すると、尾池はさっと頭を下げた。

 「初めまして、尾池彬です」

 焼けた肌に白い歯が光る。爽やかとしかいいようのない笑顔だ。山崎は「眩し」と思わず目を覆った。

 「三条、ではなかった、紫藤花梨です」

 花梨も頭を下げる。

 「鈴木と一緒に行動しますので、お仕事の邪魔にならないようにいたします」

 「あ、はい」

 尾池は笑顔で答えると、鈴木の方に向き直った。

 「今日お分けできる野菜はこちらです」

 先頭に立つとどんどん進んで行く。鈴木が花梨の横に並んだ。 

 「いつも、収穫した中から分けてもらえる物を見ます」

 「収穫を手伝うわけではないのですね」

 「ええ、もちろんです」

 「こちらは、有機農法と珍しい野菜を作ることで、野菜をブランド化して、有名料理店やホテルと契約しているのです。それ以外にも、地元の農民市場などにも野菜を卸しているので、そちらに出荷する前に見せて貰っているわけです」

 「おお、すごいですね。農業の最先端ですね」

 花梨はひときしり感心しながら、道行く畑を見つめていた。

 多くの種類の野菜が見られるのである。

 「見たことのないような、お野菜もありますね」

 路地だけでなく、奥の方にはハウスも見て取れた。

 畑の端に着くと、前を行く尾池の足が止まった。収穫された野菜が土がついたまま、簡易性の収穫箱に入れられていた。

 青菜や豆類が多く見られる。

 鈴木は真剣に箱の中を覗き込んだ。花梨も後ろから邪魔にならないように、覗く。鈴木はキャベツ、レタス、そら豆、ズッキーニを手に取り、自分の肩に下げていたクーラーボックスに移した。

 「じゃ、今日はこれで」

 尾池は、鈴木が手に取った物を素早く書き留めていた納品書を、ざっとちぎった。

 「ありがとうございます」

 鈴木はそれを受け取ると、反対に下げていた鞄からファイルを取り出し、それに収めた。

 「奥様、こんな感じで終わりですが・・・」

 鈴木が振り向いた所に花梨はいなかった。花梨は収穫箱の奥に見える畑の赤紫蘇に吸い寄せられるように近づいていた。

 「これは赤紫蘇ですよね」

 「ええ」と、尾池が返事している。

 「奥様」

 鈴木が駆け寄ろうとすると、山崎が肩を掴んでそれを止めた。

 「奥様のしたいように」

 鈴木は肩の手を振り払った。

 「いいのか?」

 「十三様から、危険な事以外はすべて、何より花梨様の意思を一番に尊重し、それを実現出来るようお仕えするよう言われています」

 「・・・そうなのか」

 花梨はどうやら赤紫蘇を分けて貰おうとしているようだ。尾池が自分の家で使う用の物だと説明している。

 鈴木は黙って、花梨と尾池のやり取りを見守った。

 山崎も隣に並び見守る。

 花梨は三キロの梅干しを作る分だけと、更にお願いしている。そのぐらいならと、尾池が了承した。すると花梨はそのまま赤紫蘇を抜きにかかった。

 尾池が慌てるが、花梨はお構いなく一本を抜き切った。そのまま二本目に向かう。こちらは少し根がしっかり張っていたようで、少し手こずっていたが、「はっ」と言う勇ましい気合と共に見事に抜き上げた。尾池にお礼を言って、うれしそうに二人に笑顔を向ける。

 鈴木は目を細めてそれを見つめた。

 「そんな顔もするんですね」

 山崎の問いに鈴木は怪訝の目を向けた。

 「どんな顔だ?」

 「優しい顔ですよ」

 鈴木は眉を寄せた。

 「その顔はいつもの顔ですね。いつもの苦虫を嚙み潰したような顔」

 山崎はいたずらを思いつた子供のような顔をして、鈴木を見た。

 「なんだ、お前は」

 鈴木はそっぽを向く。

 「あなたはどちら側の人ですか?」

 鈴木には質問の意味が分からない。

 「悠人様側か、それとも煩い外戚たちの回し者?」

 「ああ」

 鈴木は納得する。

 「御前には何て聞いてるんだ?」

 「十三様は、何にも。あなたという人物については心配ないとだけ」

 鈴木は「へー」と呟く。

 「でも、私はいちおう警備担当なので調べましたわ。あなたは美佳子様の紹介で雇われたということだけ、分かったのです」

 「別に隠していない」

 鈴木の表情は変わらない。

 「十三様には、美佳子様に対する自責の念がおありになる。今でも」

 「奥様にはもうないよ。恨んでいた時間より、感謝している時間のほうが、もうずっと長くなった」

 「では、なんで新婚の家庭にあなたを送り込んだのですか?」

 鈴木は小さく吹き出した。山崎は驚く。

 「笑った所を初めて見たわ」

 「俺も聞いたんだよ。なんで、そんな所に行かないといけないんだって。そしたら」

 また、吹き出す。

 「悠人様が信じられないのだと。可愛い息子といえど、男のことだから。そんな強引に決められた嫁にどんな仕打ちをするか分からないと言い出して聞かなかった。だから、近くでちゃんと監視して、いざ酷い仕打ちをしたら、連れて逃げてくるように言い付かってきたんだよ」

 「まあ」

 山崎は驚きを隠し切れない。

 「以外か?六歳の子供を捨てていったひどい母親だと、聞いているのか?」

 山崎の驚きに、鈴木は冷たく言い捨てる。

 「そういう噂が一般的ですけど、私は産れたときから、十三様に仕えてきたので、美佳子様がどんな方かよく存じているつもりです。だから、意外と言ったら意外ですね。悠人様のために、花梨様を追いだしたいのだと思っていました」

 「ええ、なんでだ?」

 今度は鈴木が驚く。

 「だって、かわいい一人息子が、あんなに嫌っていた政略結婚をしたんですよ。そりゃ、嫌でしょうそんな嫁。本人を見れば、あんなに可愛いらしいから、そんな気も起きないでしょうけど」

 「政略結婚か、やっぱり」

 「まあ、実際は十三様の意向を汲んでのことですけど、花梨様は金目当てと言われても仕方ない形ですからね」

 「金目当てね」

 「だから、私はあなたを警戒していたんですよ」

 「そうか」

 鈴木は神妙に頷いた。

 「それは、なんだ、大丈夫ってことだな。さっきのお前の質問に答えるなら、俺も花梨様側の人間だ。奥様は外戚の攻撃からは勿論、悠人様からの扱いでも、花梨様が辛そうなら、すぐにフランスへ連れてこいと言われている。御前から話を聞いた時、これを条件にOKを出したそうだ」

 「それは、それは。私はあれだけ悠人様が結婚を嫌がっていたから、美佳子様も反対なのかと」

 「結婚は早くして欲しかったんだよ。でも、情緒に問題があると思ってて恋愛結婚は無理だから、見合い結婚はむしろウェルカムだったそうだぞ」

 「ぷ」これに、山崎が吹き出した。

 「悠人様、お母様にかなりの思われようですね」

 「まあ、可哀想なぐらいだ」

 二人が顔を合わせて、にやにや笑っている所に、花梨が赤紫蘇の束を抱えて戻ってきた。赤紫蘇の枝から葉が広がり前が隠されている。

 「山崎さん、鈴木さん」

 駆け出した途端、花梨は思い切り転んだ。が、抜群の運動神経を活かして、赤紫蘇を抱えたまま受け身を取ると、くるりと一回転して立ち上がった。

 「転んじゃいました」

 付いた土を払おうと少しの間思案していたが、すぐに諦めてそのまま歩いてくる。

 山崎が「あら、まあ、困ったこと」と駆け寄って、泥を払う。

 鈴木は動かなかった。

 「すいません」

 花梨がはにかみながら笑っている。

 その笑顔が記憶の中の少女と重なる。

 その少女も、いつも笑っていた。慣れないことに一生懸命取り組みながら、いつも笑顔だった、あの頃の少女がそこにいた。

 十三様には美佳子様に対する自責の念がある。

 同じ思いが鈴木にもある。

 時間が戻せるなら、今まさに目の前にある光景の場所に帰りたい。

 屈託なく笑うあの人のいる、場所へ。

 「鈴木さん!すごくりっぱな紫蘇なんです。鈴木さんは梅干し作ってませんか?」

 花梨の声に、鈴木は我に返った。

 「ええ、梅干しは作っていないですね」

 「そうなんですね。では来年は一緒に作りましょう」

 「ええ。ご実家では作られたんですね?」

 「はい。私梅干し大好きなんです」

 鈴木は手を出して、紫蘇を受け取る。花梨は素直にそれを差し出した。

 「梅干しか。そういえば、何年も食べてないかな」

 「ええ」

 花梨がのけぞって驚く。

 「花梨様、顔」山崎が慌てて忠告する。

 鈴木は笑った。山崎も笑った。

 「なんで、二人して急に笑うんです?顔に何かついてますか?」

 「いいえ、大丈夫です。ただ驚いただけです」

 「鈴木さんは驚くと笑われるのですか?もう、山崎さんもそんなに笑って」

 不服そうに抗議する花梨の顔は、元に戻って普通に可愛い。

 「花梨様はずっと変わらずそのままでいて下さい」

 鈴木はありのままを口にした。

 花梨は意味が分らず、きょとんとしている。

 「さあさあ、帰りましょう、学校に遅れてしまいますよ」

 山崎に言われて、花梨も慌てて車へ急ぐ。

 「お気をつけてくださいね」

 鈴木は花梨の後ろ姿を見送った。



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