シンデレラになってみました 14話
部屋に入ると悠人はすぐに、ミニバーに行った。グラスにウィスキーを注ぐと、そのままソファーに身体を埋めた。
花梨と暮らしてまだ僅かだというのに、悠人は自分の感情を持て余す機会が増えた。
これが人を好きになるというこなのだと、思う。
自分のものではない様に、感情が揺れる。今まで知らなかった感情、喜びも怒りも振り幅が大きい。そのたびに自分を見つめる。自分に問いかける。
新たな自分を発見するのは、戸惑いが多い。花梨に対しての感情が子供っぽいからだ。本当の子供時代にだって持ち合わせていなかった、感情だ。
独占欲。
多分、そう呼ぶのだろう。
悠人はグラスの中身を一気に飲み干した。酒の通った熱の跡が喉に残る。
花梨と話をするのが楽しかった。
よく動く表情が可愛い。
なんの先入観も持たず、ただ目の前の自分を知ろうとしてくれている。
十分なはずだ、満足している・・・はずなのに。
「紫藤家の力とは本当にすごいものですね」
花梨の言葉は悠人に現実を思い出させた。
花梨の優しさや、真摯な態度にははっきりとした理由がある。
紫藤家に恩を返すこと。
花梨は必死に借りを返しているのだ。人生を掛けて返す価値があると決めた借りを。
自分と同じ思いでない事が、悲しく、腹立たしいと思う。
「まあ、仕方がないことか」
悠人は切り替えると、また一気にグラスを空にした。
トントン
控え目な音だったが、音がない部屋にはよく通った。
「悠人さん、花梨です。ちょっといいですか?」
悠人はグラスを机に置くと、ドアを開けた。
「どうしました?」
花梨は長い髪を頭の天辺で一つにまとめ、スウェットを着て立っていた。
風呂に入って出た所のようだ。
薄すピンクに蒸気している顔が、心臓を鳴らす。
「・・・入ってお話していいですか?」
悠人は身体を動かして、花梨を招き入れた。
花梨はぎこちない動きで部屋の中に入り、立ち止まった。
「すごく、シンプルですね」
首を右、左と動かして花梨は部屋を眺めた。
「あなたの部屋とは随分違うでしょ」
花梨にソファを勧め、悠人はオットマンを引き寄せ座った。
「何か飲む?」
聞いてから、部屋には酒とコーヒーしかなかったことを思い出す。
「ごめん。お酒とコーヒーしかなかったんだ」
立ち上がって、村瀬を呼ぼうとする。
「村瀬に何か持ってきてもらうけど?」
「大丈夫、いらないです」
「そう」
悠人は上げかけた腰を下ろした。
花梨はソファに浅く腰掛け、膝の間で手をもじもじと動かしている。
「何?どうしたの?まだ、何かお願い?」
悠人は花梨が口を開くのを待った。音がない部屋、緊張している花梨の鼓動の音が聞こえそうだ。
悠人はテーブルの上のリモコンを取ると、スイッチを押した。
部屋に洋楽が流れる。
静かなテンポのバラードだ。
悠人はまた花梨が口を開くのを待った。
曲が一曲終わる。
「あの、そのですね」
「はい」
「私と悠人さんは結婚しましたよね」
「はい」
花梨は下を向いて膝の上で、親指をグルグルと回している。
「戸籍的にも私は悠人さんの妻ですよね」
「そうです」
「私、悠人さんに妻としてなにかお仕事がしたいと言って、お仕事貰いました」
「ええ」
「私、何ていうか、すっかり忘れていたのです。多分、結婚式で怪我をしてしまったこともあると思うのです」
花梨の動いていた指が止まる。
「怪我してなくても、考えが及んでいなかったかもしれないです」
「何がです?」
「その普通、夫婦になったらしますよね。大事な事です」
声がどんどん小さくなっていく。
悠人はやっと花梨が何を言わんとしているのかが分かった。分かったが花梨が言い出すのを待った。
花梨はしばらく高速で親指を回していたが、やっと口にした。
「子供を作ることです」
悠人は、妙に感心した。Hでもセックスでもなく、子供を作るなのかと。
「悠人さんは子供欲しいですよね?跡継ぎのこともありますものね」
「あなたは欲しいですか?」
悠人は花梨の質問には答えず、質問で返した。
「もちろんです」
花梨の答えは明確だった。
悠人は、オットマンを花梨の近くへと寄せて、花梨の手を取った。
花梨の顔が上がる。
目が丸くなっている。
「私たちはお互いをよく知らずに結婚しました」
花梨が頷く。
「私は何も急いではいません。子供のこと、おじい様から何か言われましたか?」
「いいえ」
花梨は大きくかぶりを振った。
「誰かに何を言われても、あなたはそれを聞かなくていいです。私の言うことだけ聞いて下さい。私たちのことは私たちで決めて行きましょう」
大きく見開かれた、花梨の瞳に吸い込まれそうだ。
「私たちはまだ始まったばかりです、だから、まずこうして手を握ることから始めませんか?」
悠人は花梨の手を握りしめた。
「ゆっくり、進みませんか?人生は長いから」
花梨は何度も大きく頷いた。
そして、悠人の手をぎゅっと握り返した。




