シンデレラになってみました 13話
「お願いがあるのですけれど」
花梨は意を決して、声に出した。
本当は夕食が始まる前に、切り出すつもりだった。それが、食事中に変わり、結局全てを食べ終わるまで、口に出せなかったのだ。
「はい、何ですか?」
悠人は食後のコーヒーを優雅に口に運んでいた。
悠人の動作は何をしていても様になる。
育ちが良いとはこういうことを言うのだろう。
花梨は声を掛けたが、なかなか続きを切り出せずに、悠人の所作に見とれていた。ゆったりとした時間が流れている、忙しなさが皆無なのだ。
そこが、父に似ている。
花梨は、昨日から何度となく感じていたことの答えを得た。
「何でしょう?随分言い難い事のようですね」
花梨は我に返る。
「ちょっと、だけ・・・」
悠人は花梨が切り出すのを待っている。
「一緒に、行きたい所があるのですが・・・」
覚悟を決めて言い出したが、どうにも歯切れが悪い。
「どこですか?」
悠人が話を進めようと、促した。
花梨はあっと、目を剥いた。
「ど、どうしました?」
悠人はその顔に面食らう。
「ちゃんと始めから話せば良かった事に気づきました」
いつもの顔に戻ると、花梨は堰を切ったように話し始めた。
「7月の第三週の土日で学園祭があるのです。そこで、私たち桜組は舞台での催しをすることになりました。その催しを向日葵のワンマンショーとそれを応援するという形で、その他の生徒でオタク芸を披露することに決まりました。向日葵のワンマンショーというのは毎年やっているのです。これはもう学園祭では定番というか鉄板というか、もうやらなければいけないことなんですね。やらないなんてなったら、学園中はもちろん、OGの方たちからも抗議が殺到してしまいます。なので、桜組では毎年向日葵のショーと、もう一つ何かをやるのですけど、食べ物系とか、クラスでお化け屋敷とか、ゲームとか。今年はもういっそ、一緒に舞台に立っちゃえ、ということになったんです」
やっと、一息つく。
「そういえば、学園から学園祭の招待状が届きましたね」
悠人は花梨の勢いに押されたのか、テーブルに手を置いた状態から、椅子に寄り掛かるという体勢に変わっている。
「それ大切なので失くさないで下さい。うちの学祭、もの凄くセキュリティが厳しいので、父兄といえど招待状失くしたら、学園に入れませんから」
「わかりました」
花梨は悠人が頷くのを見て安心すると、お茶を口にした。花梨の食後はいつもハーブティだ。
「美味しい。今日はアニスヒソップだったかな?」
ゆっくり味合うと山崎に確認する。山崎は軽く頷く。
「それで、何がお願いなのですか?」
すっかり寛ぎモードに入った花梨は、慌ててティーカップをソーサーに戻した。
「そうでした。何処まで話しましたか?」
「向日葵さんと一緒にみんなで舞台に立つ所です」
「そうでした。それで、演目が決まったので、練習に入るのですが、クラス長の朝宮一伽がどうしても本物を見学したと言い出しまして」
「本物?なんの?」
「そうですよね。疑問はもっともです。何の本物かと言うと、オタク芸の本物を見たいと」
「オタク芸の本物?」
「そうですよね。私も初めて知ったのですが、地下アイドルを見に行くと、もれなくファンの方のヲタ芸が見れるそうなのです」
「見れるのですか?」
「ええ、ええ?たぶん」
改めて聞かれると、自信はない。
「それで、外出許可が欲しいのですね」
悠人は、話が随分ためらった挙句、前置きの長い話だったので、少し拍子抜けしていた。
「はい。それも、そうなのですが、クラス長と矢代彩桜さんの外出許可を取って頂きたいのです」
言い終わると、花梨はテーブルに頭を付けた。
「えっ?どうして私が?」
「私たちのクラスではどの方も放課後の外出許可をとるのが、とても大変なのです」
過保護だとは思うが、桜桃へ通う家ならあるだろうと悠人は頷いた。
「それで、朝宮も矢代も、そのお父様方のお仕事が藤グループの傘下なのだそうで・・・」
言い難そうに花梨は今一度下をむいた。
「保護者として悠人さんからお電話頂ければ、許可が下りるそうなのです」
最後は一気に言い切った。
「保護者としてですか・・・」
悠人は言葉を吟味するように、口の中で繰り返した。
「これは、向こうの親御さんにただ電話すればいいという話ではなく、当日も保護者として同行するということですか?」
「無理ならば、お電話だけでいいと思います。山崎もいますし、向日葵のお家からもボディガードを借り受けることが出来ると思います」
花梨は、「無理はしないで下さい」と念を押す。
「わかりました。同行しましょう。日程は?」
「本当ですか?」
花梨は両手で小さくガッツポーズをした。
「早ければ、早いほど。悠人さんの都合に合わせます」
「村瀬」
控えていた村瀬がタブレットを持ってくる。悠人はスケジュールを確認する。
「金曜日は時間が取れます」
「わかりました」
食い気味に返事をすると、すぐ脇に控えていた山崎から、携帯を受け取る。
「そんな即答で大丈夫ですか?」
今日はもう火曜だ、明々後日のチケットがそんな簡単に手に入るものだろうか?
「取れたそうです」
「もう?」
花梨が、携帯のラインやり取りを見せる。
「見てもいいのですか?」
花梨には一切の躊躇いもないが、悠人は躊躇する。なにしろ女子高校生の生の会話を盗み見るのだ。
『悠人さん金曜日OK』
『本当!すごい!』
『了解、6時半から良いのがありました。押さえます。押さえました』
『早っ』
『ありがとうございました。了解いたしました』
「簡潔ですね」
悠人はラインの文面のシンプルさに感心する。
「では私は、朝宮家と矢代家に電話をしますね」
今度は花梨が面食らう。
「え、今ですか?」
「善は急げでしょう」
悠人はまったく気にした様子がない。
「村瀬」
村瀬がさっと携帯を差し出す。
手品のように差し出された携帯に、花梨はびくっとする。
「忍者」
花梨は慌てて、ラインに打ち込む。
『今から、悠人さんが電話します』
「朝宮哲司さんですか?紫藤悠人です」
既読が点いた時には、会話が始まっていた。
花梨は居ても立ってもいられず、悠人の隣に駆け寄り、会話を見守った。今日の今日の話なのだ、一伽の親御さんが信じてくれない可能性もある。
「えっ」
相手の第一声は聞こえたが、続きは聞こえない。
「今週の金曜日に学園祭の打ち合わせのために、お嬢さんをお借りしたいのです。・・・ええ、もちろん帰りは責任を持ちまして送り届けます。はい、よろしいですか?・・・・では、よろしくお願いします」
あっさりと電話が終了する。
「あっさりとOKがでましたね。まったく疑われてませんでしたね」
花梨は驚きの視線を悠人に送った。
「ああ、掛けたのが会社役員しか知らない電話番号だったので」
「そ、そんなものがあるのですか?」
「本来は私も知らないのですよ、でも村瀬が調べました」
花梨は尊敬の眼差しで村瀬を見る。
「忍者、ではなくて、村瀬さんすごい!」
村瀬は美しいお辞儀で返事を返した。
同様に矢代家も一発OKが出た。
「紫藤家の力とは本当にすごいものですね」
花梨はひとしきり感心する。
悠人は黙ったまま携帯を見つめていた。
「ありがとうございます」
花梨は近づいて、頭を軽く下げた。
「・・・いいえ。学園祭楽しみですね」
「ええ。とても」
花梨は全身で笑った。
「では、私は仕事があるので、部屋へ」
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」
花梨は元気いっぱいに悠人の背中に手を振った。




