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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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シンデレラになってみました 12話



 車内でも花梨はずっと運転席から覗く、山崎の後頭部を睨み続けていた。

 「さっきから気になっているのだけど、どうしてそんなに山崎を睨んでいるのですか?」

 悠人が話しかけても、花梨は答えず、今度は悠人を睨んだ。


 悠人と花梨は放課後病院で待ち合わせ、花梨の実家に挨拶に行ったのだった。

 挨拶といっても、花梨の母、千歳は夫の雅秋が亡くなってすぐに精神を病み、その病状は改善していないので人の判別は出来ない。花梨のことは判るが、雅秋の生きていた状態で時間が止まっているため、まだ幼い少女だと思っていた。

 雅秋を小さな頃から世話していた、杉という女性が雅秋亡き後もずっと千歳と花梨の世話をしてくれたのだった。

 その杉が小さく丸まった背中を更に丸め、悠人の手を握った。

 「本当にありがとうございます」

 皺の中の小さな瞳から涙が一筋零れた。

 「本当は号泣しているのですよ、ただもう身体全体の水分が枯れはてていて、一滴しか出ないのです」

 「お杉さん、笑いにくいから」と、隣で杉を支えながら囁いている。

 「本当に、花梨お嬢様は、いい娘なのですよ。今はまだ分からなくても、50年連れ添えばきっとわかりますからね」

 「50年連れ添うことが出来たら、それはそうね、きっと何かしら分かるわね」また、小声で囁く。

 悠人はその合いの手のようなやり取りがおかしく、口元を手で隠しながら、頷いて応える。

 千歳に挨拶すると、千歳は微笑んで、「こんにちは」とだけ答えた。

 悠人の方を見ることもなく、脇息にもたれ庭を眺め始めた。

 「花梨ちゃん、見て」

 庭を指す。

 「鉄線が咲いたわ。今年は少し遅かったわね。雅秋さんにお知らせしないと、あじさいと鉄線が咲いたからきっと喜ぶわ」

 「ほんとね」

 花梨が並んで外を見る。

 千歳はそれ以上は何も言わず、外を眺め続けた。

 「さあ、お嬢様お茶、いただきましょう」

 杉が立ち上がる。悠人と花梨も後に続いた。

 襖一枚隔てた台所で二人は杉の入れたお茶を飲んだ。それはとても美味しかった。

 「美味しいですね」

 悠人はしばらく湯飲みを眺めた。

 「お杉さんの入れるお茶は絶品です。安い茶葉でもとても美味しく淹れてくれるのです」

 「限度がございますけどね。この間のはひどかった」

 しみじみと言う。

 「悪かったわ、反省したでしょう。しかも、この間なんてひどい、一年前の話なんです」

 花梨が悠人の湯飲みを受け取り、杉がお代わりを淹れる。

 「しかも、そのお茶を脱臭剤替わりに私の靴の中に入れたんですよ」

 「ただ捨てるわけにはいかないから、一番有効に使ったまでですよ」

 「下駄箱でよかったじゃない、直接靴の中なんて」

 「茶葉を直接、靴の中ですか?」

 悠人は驚く。

 「やだ、悠人さんガーゼの袋に入れた物をです」

 ああ、と悠人は納得する。

 「私もさすがにかわいいお嬢様の靴が臭うからと、そのままの茶葉は入れませんよ」

 杉が口を窄めて笑った。

 「やはり、お坊ちゃまですね。雅秋様もよくとんでもない事を言ってました」

 「私の靴は臭いませんから」

 杉の思い出を消し去るように花梨が畳みかける。

 「まあ、お嬢様がお幸せそうで何よりです。足のことは50年も連れ沿えば何ともなくなりますから」

 「だから、50年連れ添わなくても、大丈夫なの。私の」

 「お嬢様をよろしくお願いいたします。奥様は杉がしっかりお世話しますから」

 杉がまた深く頭を下げる。

 「お杉さん、すぐ耳が聞こえないふりをするのです」

 悠人の横で花梨が囁く。「私の足は臭くありませんから」

 「お嬢様も毎日ここにお寄りにならなくていいですからね。奥様には明日も一週間も変わりありませんから、その分紫藤家に早くお慣れ下さい」

 「やだ、お杉さん、毎日寄るわよ。母さんには変わらなくても、お杉さんには変わるじゃないの」

 「杉にも、そう変わりません。ここはもう半分はあの世みたいな所ですよ」

 「やだ、お杉さん、また笑えないこと言って。悠人さんがびっくりしちゃう」

 花梨が慌てて悠人の前で手を振る。

 「冗談ですよ、お杉さんはシュールな冗談が好きなの。本当に寒くなっちゃうの」

 ははは、と最後に笑って見せる。

 悠人はそっぽを向いて咳をした。

 「分かりました。慣れる様に心がけます」

 花梨は胸に手を置いて脱力した。その絵に描いた様な姿に悠人は本格的に笑いが込み上げてきた。今度は一歩引いて咳払いを繰り返した。

 「大丈夫ですか?お茶飲みます」

 「だ、大丈夫。ではそろそろお暇致しましょう」

 

 こうして花梨の実家を辞した後、車に戻ったのだが、迎えに出てきた山崎に花梨は堅い表情で応えると、すぐに車に乗り込んだ。その後は後部座席からずっと、山崎の後頭部を睨んでいたのである。

 「何故、私も睨むのです?」

 心当たりのない悠人は、平然と花梨の瞳を見返す。

 「睨んでいません」

 花梨は眉間の皺を指で伸ばした。

 「色々、複雑な気持ちなのです。少し腹立たしい気持ちもあるし、戸惑いもあります」

 「何故?」

 聞かなければ分からないので、悠人は聞き返す。

 花梨はまた眉を顰めて、少し間を置いた。

 「今日、山崎さんが学園に迎えに来てくれました」

 悠人は、黙って頷く。


 「早くこないかな」

 向日葵は首を伸ばして送迎車の列を見ている。完全送迎の桜桃学園の送迎用ロータリーは、幼稚園、初等部、中等部、高等部とちゃんと場所が分かれている。しかも各学年、正確な下校時間がメールで知らされるため渋滞という渋滞には滅多にならない。

 「あっ、来た」

 山崎の運転する車が見えた。

 所定の位置で車が止まり、山崎がドアを開けに降りてきた。

 「ピュー」と、向日葵が口笛を吹く。そんな向日葵に冷たい視線を送る百合。運転手用の制服を着た山崎が三人前に止まり、挨拶をした。

 「初めて御目にかかります、山崎と申します。今後、よろしくお願いします」

 山崎が完璧なお辞儀を終え、顔を上げた瞬間だった。

 「男じゃねーか」

 「男性じゃないですか」

 二人の声がピッタリと合った。

 花梨は二人のセリフに驚き目を見張った。

 「男?」

 山崎はあの人懐こい笑顔でニコニコしている。

 「やだ、違います」

 「おかまか?」

 向日葵の頭を百合が叩いた。

 「言葉を選びなさい」

 「おかまではありません。間違って男の身体を与えられた女です」

 「長っ」

 今度は足を踏む。

 「で、でもこんなに可愛いし、ぷっくりして・・・」

 花梨はしどろもどろで事態を飲み込もうとしていた。

 「男の方なのですか?」

 「いいえ」

 山崎は堂々と首を振る。

 「昨日も今日も、着替えの時一緒にいましたよね?」

 「はい、仕事ですから」

 大きく頷く。

 「男の方ではないのですか?」

 「もちろん、間違った身体に生まれただけで、女です」

 花梨の混乱の理由が分かり、向日葵が詰め寄る。

 「見たんか?」

 「目は伏せていたので、見てはいません」

 山崎の方が背が高いので、向日葵は久々に下から睨みつける格好になった。

 「本当だな?」

 「はい」

 山崎も負けじと向日葵を見返す。

 「紫藤本家にて、徹底した教育を受けております。決して、ご主人様を不快にするようなことはありません」

 向日葵が言い返そうとした時だった。

 「お前、山崎って幕下から一気に」

 一瞬だった。山崎が瞬時に向日葵の後ろに回った。

 「私のワンレン時代の話はNGでございます」

 「ワンレンって」

 聞き返したが、地の底から響くような低い声に、向日葵は黙った。黙ったまま首を縦に振る。

 「何、急にどうしたの?」

 百合が山崎の動きに驚き、眉を顰めた。

 「いや、なんでもない。実力を見せて貰っただけだ。花梨、安心しろ。お前の裸は見てないって」

 「そもそも、裸にはなってないから」

 花梨は納得いったような、いかないような、複雑な顔をしている。

 「花梨が嫌なら、明日からは別室にいてもらえよ」

 ポンと花梨の肩を叩く。

 「ボディガードの腕は確かだ。安心した。これから花梨をよろしくな」

 向日葵は早口で挨拶を言い切る。

 「ほら、乗った、乗った。後がつかえるからな」

 「そうね、花梨また明日。例の件、悠人さんに頼んでみてね」

 百合も怪訝な顔をしたまま、見送る。

 花梨は複雑な顔のまま下校の途に着いたのだった。


 「悠人さんも、もちろん知っていらしたのですよね?」

 「・・・ええ、もちろん。知ってましたよ」

 「どうして、教えて下さらなかったのですか?せめてメイド服ではなく、スーツだったら、今日の格好もスカートでなかったら。でも、間違っただけで男の方ではないのだから、スカートでいいのか」

 途中からは自問自答の様になってしまっている。

 悠人の口元はつい綻んでしまう。

 可愛いのだ。

 「本当は制服はスーツの予定だったのです。でも、結婚式の襲撃の件で、女性の格好の方がよりあなたを近くで守れる、ということになったのです。後、まさか気づかないとも思わなかったので、説明が足りなかったですね」

 「頭では分かっているのです。もちろん山崎さんのせいではないです。でも、ただ、何というか」

 「それで、あの顔になってしまったのですね」

 「そんなに、しかめっ面でしたか?」

 「そうですね、初めて見る顔でしたね」

 悠人の声は弾んでいる。

 「馬鹿にしてませんよね」

 「まさか」

 すぐに否定する。

 「あなたがいやなら明日からスーツにしましょうか?」

 「私は反対です」

 運転席から声が掛かる。

 「このままで大丈夫です。山崎さんは女性なのですから」

 何度も自分に言い聞かせる様に花梨は頷いた。

 そうしているうちに、強張った表情も解れてくる。

 悠人はくるくると変わるその表情を、楽しそうに眺めていた。




 

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