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ある神の話  作者: あると
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少女の目覚めと動乱の兆し

「ここは…?そうだ、強風に巻き込まれて…綾!綾はどこだ?」


 病院でもなさそうな見慣れぬ薄暗い部屋のベットで彼、桐山 敬太は目覚めた。目覚めてすぐに彼は最愛の妻を捜す為に起き上がり周囲を見渡し、自分を見ている人影に気付いた。


「敬くん…私はここ」


 隣のベットに見慣れぬネグリジェの様な長いワンピースを着た妻の綾が腰掛けていた。いつもニコニコと快活な女性なのだがその時ばかりは真っ青な顔で真剣な表情をして夫をみつめていた。


「良かった!無事だったんだな」


「無事…確かに生きてはいるんだけど…」


 そう言って深いため息をついてから彼女は無事を喜び抱きしめる夫に対して信じがたいことを語った。


「驚かないで聞いてね。ここ異世界みたい」


「はっ?…綾、まさか頭を打ったのか!医者に見せなくちゃ…」


 慌てて妻の手を取り、部屋の外に行こうとする夫を綾は必死で止めた。


「うってないから!大丈夫だから!本当なの!信じてよ!私、魔法見せられちゃった…」


「へっ…本当なのか?」


「うん、敬くんが隠してた本みたいな展開!平凡な人が召喚されて勇者に!さしずめ私は聖女枠?」


「マジか!って見たのか」


「だって~こそこそ隠してるからエロ本かと…読んだら私もはまっちゃって」


 彼にとって、てへっと笑う結婚2年目の妻に交際以来隠してきたオタク趣味に溢れた隠し本棚が知られていたことの衝撃が異世界に召喚された衝撃を上回った瞬間だった。


 そして彼らは魔術師長からこの世界の説明と召喚の理由を聞かされた。魔族との戦いは望んでいないということと王都を魔族から守るために王の近くに住んでほしいということを説明されたのだった。もちろん日々の生活の援助や仕事の斡旋はするし、2人で一緒にいられるようにするとのことだった。


 大学の冒険サークルで出会い、登山が趣味で異世界召喚系のライトノベル好きの夫婦といえども命がけの戦いは勘弁して欲しかった。だからこそ、いるだけで存在価値があるというのは安心したのだ。


 ペットもいないし、お互いに家族の縁が薄かった為に、向こうの世界に未練も無かった。なによりも登山中だった為に遭難したと探されて、莫大な捜索費用を請求される可能性が高かったので帰りたくなかったともいえる。慣れた山だからと山岳保険に加入しなかったのが仇となった。

 

 そして、この世界から戻れた人がいないという事も二人の諦めの理由だった。身寄りのない夫婦なのですぐに捜索は打ち切られただろうし、二人一緒ならどうにかなるだろうと楽観的なのか現実的なのかよく分からない考えの夫婦だった。



 そんなのんきな二人をよそに、王都の外れの孤児院で目覚めた少女がいた。召喚に巻き込まれた魔力が無いと判断されたあの少女だ。


「ここは?」


 不審げに周りを見渡した少女はベットの脇の椅子に座っていた老女に気付き、質問を投げかけた。


「大丈夫?ここは王都にあるミュゼ孤児院よ」


「あなたは?」


「私はここの院長のライラよ。貴方の名前は?」


「分からない」


「まぁ…ここに来るまでのことは覚えている?」


「いいえ」


 ライラは記憶が無く不安そうな少女に過酷な現状を教える必要もないと考え、違う世界に巻き込まれて召喚された上に魔力が無いからといって孤児院に捨てられたことは伝えなかった。少女は若く、また外見がこの世界でもありふれたものだったこともあり、教えない方がこの世界に馴染みやすいと考えたからだ。平凡な容姿に茶色の長い髪、光の加減では金色に見える目が唯一、特徴的といえた。

 

だからこそライラは少女には事故に巻き込まれて倒れていたのを保護されたのだと語ったのだった。そして、不憫な少女には強く生きて欲しいという思いから金色の目を持つ戦いの女神であるミレイファの名からとってミレイと名付けた。名付けられた少女が一瞬、懐かしそうでいて何かを耐えるような表情をしたのがライラには印象的だった。


そしてライラは少女ミレイにこの世界のことを教えた。少女には魔力がないが、魔力を持たない者が他にはいないことも。彼女は他の人には気付かれないようにミレイには魔石を持たせることにした。そうすれば魔力を持っているように見せかけられるからだ。なぜなら、魔力に敏感な人でも魔石の魔力なのか本人の魔力なのかを判別出来る人はいないからだ。

 

 ライラはミレイを安心させる為に穏やかな笑顔で、ここで暮らすことをすすめた。世間は年若く無知な少女が一人で生きていけるほど優しいものではなかったからだ。ここはライラ一人で切り盛りしている小規模な孤児院なのだが、魔術師長からの寄付金もあることから、この少女の世話をすることは可能だった。また、10人ほどしか居ない子ども達も翌週には年長の3人が住み込みの仕事が決まった為に出て行く予定だったこともあり、少女はすんなりと受け入れられた。


 次の日には、仲良く小さな女の子に絵本を読んでいるミレイを見てライラは安心した。ミレイの記憶喪失は自分の過去の事だけで生活面などにサポートはいらなかった。そう不自然なほどにミレイはこの世界に適応していた。トイレすらままならなかったある夫婦とは違って…。


「言葉も文字も大丈夫ね」


 そう呟きながらミレイを見守るライラは知らなかった。召喚陣には言語魔術が掛けられているが、それは言葉だけで、ミレイのように文字が読めるわけではないということを。


 ライラは孤児院で仲間と楽しそうに暮らす少女に安心したが、4年前に召喚された人が亡くなってから高魔力保持者がいない隣国で魔族がたびたび目撃されるようになったという噂を聞いてから、少女は深く悩むようになった。そして行商人から聞いたといって王都から馬車で3日ほどの所にある大神殿に行きたがったのだ。

 

 そんなときに魔族が召喚者を擁する国の王都近くに出没するようになった。今までは理由は不明だが、高い魔力の持ち主がいれば近くには来なかったはずなのにだ。ライラたちが住むこの国も例外ではなく今回は二人もの高魔力保持者がいるのになぜか、何かを探すように、何かに導かれるように魔族たちが王都に集まってきた。だが、彼らは遠巻きに見ているだけで出入りする人を襲ったりもしなかったために、民衆は安心していた。召喚された高魔力保持者のおかげで王都は安全なのだと思ったのだった。

 

 だが、安全だといくら説得されてもミレイは魔族を怖がった。そんな彼女が行きたがった大神殿は多数の神々を祀る神殿で、神に守られているのか魔族に襲われたことが無かった場所だ。だからこそ、ライラは少女の旅立ちを許した。大神殿なら安全だろうと思い敬愛する神官長様への紹介状を持たせ、行商人に供を頼み少女を旅ださせたのだった。


 そんなミレイが旅立ってすぐのことだった。驚くべき一報が彼女達の召喚を命じた王の元にもたされたのは…。北にある大きな国が一夜にして魔族によって滅ぼされたのだ。そう魔王を名乗る者によって…。

魔王は己を退治できる存在を召喚されることを嫌ったのか、民に被害は無かったが王と魔術師達は一人残らず殺され、召喚の魔術陣は復元不可能なほどに傷つけられていた。そして、残虐な魔王はいかなる方法なのか、ある宣言を世界中に響き渡らせた。

 

 召喚を行った者や命令した者を狙う。彼らを差し出せと…。

 

 それに怯えた召喚者を擁する各国の王や召喚が出来る魔術師は召喚した異世界の者を護衛にして大神殿に逃げていった。ライラたちが住む、この国の王も例外ではなかった。確かに魔王に狙われている者たちが王都を離れるのは一つの手段なのかも知れないが民達を見捨てたことに変わりはなかった。


 本来なら政教分離の為に大神殿では俗世の権力は意味が無いために安全地帯でもあり、一国の王がここに避難するのはありえないことだったが、魔王の宣言と北の国の滅びは彼らの王としてのプライドを消し去った。もちろん、自らを魔王に差し出そうとした心ある王もいたが、その数は少なかった。


 この時、召喚された人は召喚の事実を隠されていたミレイを除き桐山夫妻を含めて8人ほどだった。ライラがミレイの旅立ちを許した時は、王が大神殿に民を捨てて避難するなんてことは想像も出来ないことだったのだが、大神殿には6人の召喚者と4人の王が揃ってしまった。


 民を捨てて逃げ出した王達は魔族が自分達の後を追うように大神殿に向かうとはかけらも思わなかった。だが、なぜか魔族は召喚者たちがいた各国の王都から大神殿に移動を始めたのだ。それは魔王が狙う王達を追ってなのか、また別の何かを追ってなのかはこの時はまだ分からなかったが、自らを差し出す覚悟をした王達は去り行く魔族の姿に安堵し、召喚陣を二度と使わぬ事を決めた。なにしろ、魔族から民を守るための召喚が魔王の注意を引く原因となってしまったのだから…。


 

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