侍女ウルカのある一日 一
鳥達のさえずりが聞こえ目が覚める。
重い瞼をこすりながら身体を起こしベッドから足を下ろす。
「んっ……」
自分が起きた音に気付いたのか向かい側に置かれたベッドから吐息が聞こえた。
起こしてしまったかと思い暫し音を立てずにジッとしていると規則正しい寝息が聞こえてきてホッとする。
自分が仕える主は朝が弱い。
そのため朝は少しでも寝かせて差し上げたいのだ。
極力音を出さずにベッドから立ち上がり身支度を整える。
グローリア帝国の首都カルワリオにある帝国学園の学生に仕える従者用の制服に袖を通していく、華美な装飾はないが素材は上質な物を使っており肌触りも良く何より動きやすい、街などに出れば他の館に仕える侍女や奉公人から羨望の眼差しで見られるのも少なからず優越感に浸らせてくれる素晴らしい制服だ。
鏡の前で服装の乱れがないのを確認して部屋を出る。
目指すのは自分達が現在生活している東部寮『シルフ』に備え付けられた井戸だ。
井戸の中に手桶を落とし、水を汲み上げていると人の気配がしたので振り返る。
「おはようウルカ」
そこにいたのは見慣れた顔。自分より二つ年上の兄のハルだ。自分の主の兄君であるレオン様に仕えており、男性用の従者用制服に身を包んだ姿は我が兄ながら様になっている。
「おはようございます兄さま」
「カラ様の洗面用の水を取りにきたのかい?」
「ええ、兄さまもですか?」
「いや、僕は……」
「―――― 私の付き添いだ」
ハルが応える前にハルの後ろから声がかけられた。
驚いて顔を向けると金髪の髪を肩まで伸ばした少年が笑顔で近づいてきた。少年から青年へと差し掛かった身体を包む白いシャツは運動でもしていたのか少しはだけ胸元が覗き、うっすらとだが汗が滲んでいた。内心赤面しながらも挨拶する。
「おはようございますレオン様」
「ああ、おはよう。カラの奴はまだ寝ているのか?」
「はい、お起きになる前に洗顔の用意をしておこうと思いまして水汲みに」
「世話をかけるな」
「いえ、務めですし私もカラ様の世話を楽しんでおりますので苦にはなりません」
レオンはウルカの返答が可笑しかったのか苦笑すると頭一つ分は低いウルカの頭をポンポンと撫でた。虚を突かれた行動に見上げるとレオンの微笑が目に入る。
「ありがとう」
それは本心だろうと確信させる感謝の言葉であり、普通の少女であれば一発で恋におちるような言葉であり、微笑だった。
しかしウルカは大きな溜息を吐いてレオンを見上げる。
「レオン様。不用意にこのようなことを他の婦女子にされていないでしょうね?」
「ん? 何故だ?」
この方は自分の魅力が分かっていない、いや分かっていて垂れ流しているのか、どちらにしても性質が悪い。
帝国学園学生、従者の女子の間でもレオンの人気は高くレオンに叶わぬ恋心を抱いている者は多いのだ。そんな人物の従者である兄には正直同情する。
「もう少しご自分の魅力を自覚してください、ことあるごとに乙女の心を奪っていてはいつか酷い目にあいますよ?」
「フッ、よくわからんが気をつけよう。カラには早く起きないと朝食を食いっそびれるぞ、とでも言っておいてくれ」
そう言うとレオンはハルを伴って寮へと戻っていく、その後ろ姿を溜息を吐きながら見送るとウルカは水を溜めた桶を持って主が待つ部屋への帰路につく。
部屋の扉を開けると、銀髪の髪を千々に乱れさせたカラがベッドの上で手を頭上に高く上げ身体を伸ばしているところだった。
体のラインがうっすらと透けるレースがあしらわれたネグリジェを最初は嫌がったカラだったが一度着てその快適性を気に入って今では部屋で過ごす時は常にこのままで、淑女としてはどうかと思うウルカだったが自身の目の保養のため黙認している。
「おはようございますカラお嬢様」
「うん、おはよう~ウルカ」
欠伸をしながら朝の挨拶をするカラは可愛らしくウルカの頬が緩む。この光景は今のところウルカが独占状態であり、その事実に頬の笑みが自然と深くなというものである。
「そういえばレオン様が早く起きるよう努力しろと言っておられましたよ」
洗顔用のボウルに汲んできた水を注ぎながら言うとカラは渋い顔になる。
「うっ、ど、努力するよ」
「ええ、お願いします。その言葉を聞いたのはこれで百五十九回目ですが」
「あは、あははは~」
ウルカの言葉にカラは苦笑いすると目を逸らす。
そんなカラの態度にも慣れたもので冷たい水が入った洗顔用のボウルをカラの前に置く。
「早く支度しないと朝食に間に合いませんよ」
「うぐッ!?」
ウルカに釘を刺され、カラはいそいそと冷たい水で顔を洗うとクローゼットから帝国学園の制服を取り出して身支度を整える。最後に腰に愛用の銀鋼製の剣を下げると鏡の前でクルリと一回転して納得したのか笑顔で頷く。
「それじゃあ食堂にいこうか」
「そうですね。朝食が残っていることを祈りましょう」
ウルカの一言にカラの笑顔が引きつる。実際は貴族の子息が多く通う帝国学園の朝は遅く、現在の時間も商家で働く使用人であれば落第だが、帝国学園の学生としては及第であり攻められるほどの時間ではない、ならばなぜウルカがカラを責めているかというと、ただ単にウルカの趣味である。
自分の愛する主であるカラの表情がコロコロ変わる様を見るのが楽しいのだ。
「ウルカは意地悪だねぇ」
「全てカラお嬢様を想ってのことです」
頬を膨らませて呟くカラにウルカはニッコリと微笑んで返すのだった。
そんなこんなで食堂に着くと帝国学園の学生で賑わっていた。
「遅いぞ二人共」
食堂の入り口をくぐると横から声をかけられカラとウルカの二人は声のするほうに振り向く。
そこには先程のくだけた格好ではなく帝国学園の制服を着たレオンが立っていた。その姿にカラの顔に笑みが浮かぶ。
「おはようレオン」
「おはよう。お前達の分も用意しておいた一緒に食べよう」
「ありがとうレオン。いつも悪いねぇ」
カラが言うようにレオンは毎朝食堂が混み始めるころには自分、ハル、カラ、ウルカと四人分の席と朝食を確保してくれており、実際カラが朝食を食べそびれたことはない。
基本レオンはカラに甘いところがあるのだ。
レオンとハルが確保してくれていた席に着くと四人の食事が始まる。本来ウルカとハルは主であるカラとレオンの給仕をしなければならないのだが、入学当初カラとレオンの二人から時間の無駄だと言われ現在のように一緒に食事をするようになっている。
食卓に並ぶのは質素なもので黒麦を使った固い黒パンに野菜と申し訳程度に豚肉が入ったスープ、後はチーズが一欠。これは帝国学園を卒業したものか軍に入るものが多いため従軍中の食事に耐えられるよう日頃から慣れさせようという学園側の思惑あっての献立だ。
朝食が終わると学生と従者は別行動になる。
これは学生が授業を受けている間従者も教育を受けさせるという帝国学園の方針のためだ。
「それではまた昼に」
「ああ、頑張れよ二人共」
「昼はいつものところでね」
「わかりました」
暫しの別れをカラとレオンに告げるとウルカとハルは授業が行なわれる教室へと向かって歩き始める。
「そういえば兄さん。朝はレオン様と何をされていたんです?」
「ああ、少し剣の稽古をつけてもらっていたんだ」
「ほう」
兄の返答にウルカは感心の声をあげる。武術にそれほど関心が無かった兄の意外な行動に素直に感心したのだ。
「どういった心境の変化です?」
「いや、以前から考えてはいたんだ。アセリア王国との戦の時からね」
ハルの口から出た言葉にウルカの顔に苦いものを噛み潰したような表情が浮かぶ。それに気付かずに横を歩くハルは言葉を続けていく。
「あの戦場で私は何も出来ず、ただレオン様の帰りを待つことしか出来なかった。それが不甲斐なくてね」
ハルの口から語られる言葉はウルカの内心を代弁していた。
ウルカもあの戦争では自分の無力に歯噛みしていたのだ。そして今も自分の無力を補える術を探している。自覚はしたくないがウルカの武術と魔術の才は並だ。どちらも鍛えたとしても一般兵より上といった域にしか至れないだろう。
それでは規格外の主であるカラやレオンの役に立つことは出来ない、武術や魔術以外の術が必要だった。
仕事を理由にしたくはないですが、更新速度が遅れてすいません。
正直ここまで遅くなるとは予想外でした。
次回も頑張って更新するつもりですが、いつになるかわかりません。
読んで下さってありがとうございました。




