侍女ウルカのある一日 ニ
そんな風に悩んでいても日常とは止まることなく廻るもので、帝国学園での日常である授業にウルカとハル向かうのだった。
ウルカやハルが受ける授業は、将来的に帝国学園学生の補佐を務める人材を育成するために組まれた教育課程であり、内容は多岐におよび種目で分ければ実際の学生が受けるものよりも多い。
授業内容は大雑把に挙げると、所領を持つ貴族の子息の従者であれば所領を管理・運営するための経理学、貴族や騎士を目指す者の従者であれば式典等の儀礼作法、変わったものでは主の夜の営みの補助ができるようにと、そちらの知識の根の深いところまで教わったりする。
しかし今日は講師である教師の都合で休講ということになり、従者であるため自由時間がほとんどない面々は久々に与えられた休息に顔を緩ませ思い思いに散らばっていった。
ウルカとハルも突然振って沸いた自由時間に若干戸惑いながらも教室を後にする。
「さて僕はレオン様に習った剣の型の練習でもしようと思うけどウルカはどうするんだい?」
「そうですね…… 図書館にでも行ってみようと思います。何か新しい発見があるかもしれない」
「そうか、では昼にいつもの所で。ああ、お弁当は僕が受け取っていくからウルカはいつものところに来るだけで良いよ」
「わかりました。レオン様のお世話に支障をきたさない程度にしておいてくださいね兄さん」
「わかっているよ」
そう言って手を振るとハルは寮へと続く道を歩いていく。
その背中を暫く見つめて見送ると、ウルカは幾許かの焦燥を胸に歩き始めた。
焦燥の元。それは兄であるハルは自分に出来ることを見つけたというのに自分は何も見つけられていないということが原因である。
ウルカ自身、アセリア王国との戦争後から何もしていなかった訳ではない。武術も、魔術も、少なくない時間を費やして努力したがウルカが求める水準に至ることは無いということが確認できただけに終わってしまった。
それ自体は無駄ではなかったと思っている。今後それ以外に努力する時間を割けるとわかったのだ。しかしその後がいけない。
何に時間を割けばいいのかが定まらないのだ。
「才能というのは売っていませんからねぇ」
溜息を吐きながらウルカは図書館への道を歩く。そんなウルカに声がかけられる。
「可愛い子が溜息なんて悲しいなぁ、悩み事かい?」
それは耳に息が吹きかかるほど近くで囁かれ――――
「ヒィッ!?」
ウルカは反射的に声がした方の反対側へと飛び退った。
「うわぁ~、そんなにあからさまに避けられるとお姉さん傷つくなぁ。もうウルカちゃんの今日の下着の色とか叫びだしたくなるくらい傷ついちゃった、ってことで…… スウッ、今日のウルカちゃんの下着の色は――― むぐっ」
不穏な発言の後に大きく息を吸い込み、実際知っているのか定かではないが自身の今日の下着の色を叫ぼうとしている赤い縁取りの眼鏡をかけた黒髪の少女の口を両手で塞ぐ。
「貴方が言うと真実で無くても事実と勘違いされる恐れがありますので止めて下さいコニー様!!」
「むぐむぐむぐ」
口を塞がれたまま目だけで笑う少女にウルカは先程よりも大きく溜息を吐いた。
コニー・リン・レイヴン。
帝国学園で彼女の名を知らない者はいないだろう。
学生達からは恐れから様々な二つ名で呼ばれている。いくつか上げると【帝国学園の魔女】【千里眼】【不可視の牢獄の看守長】等不穏な二つ名に事欠かない。
彼女が恐れられる理由は一つのことに誰よりも秀でていることだ。
それは情報。
彼女の元には些細なことから重要なことまで、たとえば明日の食堂のメニューから、帝国の国政に関する最新の案件までが集まっていると噂されているほどである。
「それで? 本当にどうしたんだいウルカちゃん。完璧侍女と名高い君が人前で溜息なんて、悩み事ならお姉さんに相談してみなさい」
「コニー様でも知らないことがあるんですね」
「私をなんだと思っているのかな? 流石に人の心を読むような力は無いよ、あったら便利だとは思うけれど」
コニーはそう言って肩をすくめるとウルカに先をうながす。その瞳には未だ自分の知らない情報を得られるかもしれないという期待にキラキラと輝いていた。
「簡単です。自分の無能さに嫌気がさしていたんです」
「君が無能なら、人類の大多数は無能ってことになると思うけどね。なんでまたそんな風に思うんだい?」
「私は侍女です。なのに私は主であるカラお嬢様のお役に立つ力がありません」
「そんなことはないと思うけどね。君は十分カラちゃんの役に立っていると思うけれど」
コニーの言葉にウルカは首を振ってそれを否定する。
「いいえ!! 現に私はアセリア戦の時私はカラお嬢様達の帰りを待つことしか出来ませんでした。だから武術も、魔術も出来る限りのことはしてみましたが満足できる結果を得られそうにありません。これではまた同じようなことがあった時、また私は何も出来ない!!」
「う~ん、酷なことを言うようだけど、カラちゃんやレオン君とそっち方面で肩を並べようとは思わないことだよ。彼等は一言で言えば規格外だ。それこそ歴史に名を残すようなね。私達とは根本的にものが違うんだよ。そんなのと張り合おうと思っても私達凡人では無理というものさ」
コニーの言葉を受けウルカの顔に失望の色が浮かぶ、コニーの知識を持ってしても無理ということは限りなく不可能に近いと言われたようなものだと理解したがために、しかし次にコニーの口からつむがれる言葉がウルカへの福音となった。
「だけどウルカちゃんが望むのはカラちゃん達の役に立てるようになりたい、ってことなんだよね? それなら方法はいくらでもあるよ」
「本当ですか!?」
「そうだね、今のままで良いと思うよ。侍女としてカラちゃんの身の回りの世話をするのも立派に役に立ってると……」
コニーのの話が進むにつれてウルカの顔がどんどん険しくなっていきコニーは全て言いきる前に話を切って溜息を吐いた。
「私は本気で言ってるんだけどね。ウルカちゃんはお気に召さないかな?」
「侍女としてお役に立つのは当然のことです。私が望むのはそれ以上のこと」
「しょうがないなぁ、結論から言うと武術や魔術のような戦闘方面では望みは無いと思ったほうが良いよ。他の選択肢として神々の加護を得るってのもあるけれど、これは魂力が重要になってくるからウルカちゃんにはお勧めしない、ここから先は有料になるけど聞きたいかい? まぁ白状するけれど、ウルカちゃんの持つ能力があれば最良の結果を産むと私は確信してる」
「それは何ですか?」
ウルカの問いにコニーの顔に三日月の笑みが浮かぶ。
「それはね、情報さ」
「情報…… ですか?」
「そう!! 情報は力さ。たとえば一つの情報が万軍の兵士の命を救うこともある。たとえば一つの言葉が人一人を死に導くこともある。これに気付いている人間は今は意外と少ないのさ」
「なるほど、確かに学園のコニー様を見ればその力の一端は見て取れます」
「うん、理解が早くて大変よろしい。私の情報網は未だに帝国内部に留まっているけれどいずれは国外にも手を伸ばしていくつもりさ。本題はこれからなんだけどね、ウルカちゃんにその情報網との繋がりを作ってあげても良い」
コニーの提案にウルカの眼が見開かれる。何故ならその提案はコニーが持つ情報という力の譲渡にほかならないからだ。
「見返りはなんでしょう?」
「んふふふ~話が早くて助かるよ、たいしたことは要求しないさ。私がお願いしたときにカラちゃんやレオン君に一言口添えしてくれるだけでいいのさ」
「私の口添えであの方達の意志が変わるとは思いませんが……」
「そこは私の腕の見せどころさ、上手に私が望む着地点に誘導てしみせるさ。ウルカちゃんには最後の一押しをお願いしたんだ」
コニーの提案にウルカはなるほど、と頷くと返答を口にした。
「お断りします」
「へっ?」
「それでは失礼します」
断られるとは考えてもいなかったコニーの口から素っ頓狂な声が上がる。そんなコニーを尻目にウルカはスタスタと歩いていく。
「ちょっ!? 待った待って、自分で言うのもなんだけど、こんな機会は多分二度と無いよ。それを棒にふるのかい?」
「確かにコニー様の提案は今の私には喉から手が出るほど欲しいものです。ですが、それを得るために主に意見するのは私の侍女としての誇りが許しません」
そう意志の強い瞳で見つめられてコニーの口元に諦めの笑みが浮かぶんだ。
「参った降参だよ。ウルカちゃんを甘く見てたみたいだね。お詫びといってはなんだけど、私の情報網は好きに使って良いよ。もちろんさっき言った見返りも無しだ」
「…… よろしいのですか?」
「お詫びと言ったでしょう? 遠慮しなくて良いよ」
「ありがとうございます!!」
嬉しそうな笑顔でお礼を言って駆けていくウルカの背中を見送ってコニーは一人笑みを深くする。
(やっぱり欲をかいては駄目だね。だけどこれでカラちゃんとレオン君、魔導師となった二人との接点も増やせたし結果良しだ)
遅くなりました。
今回も読んで下さりありがとうございます。
次回から新章へ入りたいと思います。




