王女の思惑
属領。
それは帝国が王国の支配下に入ることを意味する。
一応の自治は認められるが、軍事、外交面は帝国が握っているため他国への発言権は無いに等しい。つまり国としての名前は残るが、実質帝国に吸収される訳でありアセリア王国という国は滅びるのと同義だ。
それを目の前の王女は自分から提示したのである。
自国を滅ぼします、と。
「本気か?」
「ええ。お恥ずかしい話ですが現在我が国は、今年の麦の収穫の人手にすら困るほど男手が足りません」
「属領となることで援助が欲しいと?」
「そういうことです。出来るのならば帝国民の移住も歓迎いたします。そうしなければいけないほどに我が国の内情は逼迫しています」
困ったものです、と首を振ってシエラは溜息を吐く。そこでクラウスは椅子へと身体を預け思案に沈む。
悪い話ではない。
この話を蹴り、その足で王国へと軍を進め滅ぼせば属領などではなく真に帝国領とすることができるが、少なくない兵が犠牲になるだろう。その上攻め滅ぼしたとなれば王国の民は帝国を怨み反発するだろう、それを払拭するためには少なくない時間と長い善政が必要となる。
だが目の前の姫を見ると、脳裏に一抹の不安がよぎる。何かを見落としているのではないか? と。確かに王国の内情が逼迫しているのは事実であり、支援を受けたいのは本当だろう。しかしそれだけで千年に届こうという王国の歴史に幕を引く理由としては弱すぎると感じるのだ。
その疑問を解消するためにクラウスは言葉の刃をシエラに向ける。
「属領となれば貴殿は王族でなくなってもらうがよろしいか?」
王権の剥奪。
これは属領となった国が反旗を翻さないよう御輿となる王や王族を排除するものである。
そうなった者は大抵、本国で監視されながらの生活を強いられることになる。その覚悟があるのか? とクラウスはシエラに問いかけたのだ。
それに対してのシエラの反応は潔いものだった。
「それは仕方無いこと、甘んじて受け入れさせていただきます。」
「拍子抜けだな、何か代案を提示してくると思ったが……」
「そうですね、あわよくば陛下の愛妾にでもなれれば――― と思いましたが」
「ほう」
シエラがほのめかせた内容にクラウスの悪い虫が一瞬頭をもたげる。
そういう目で見ればシエラは将来が楽しみな姫だ。後五・六年もすれば男達がこぞって求婚を申し込むような美姫となるだろう。
その成長したシエラの初めてを奪う自分を想像すると頬が緩む。想像の世界に羽ばたいているクラウスだったが、ふと後ろから視線を感じ振り向くと蔑みの視線で自分を見下すカラと目があい、誤魔化すように咳をするとシエラへと向き直った。
「しかし実際会ってみて考えが変わりました」
「こんな年寄りではお気に召さなかったかな?」
「逆です。私に溺れていいなりになってくれるような殿方ならば喜んで愛妾となりましたが、さすが【戦王】と呼ばれる英雄王。そんな片鱗さえないとなれば別の道を探すのが懸命というものでしょう」
「ふッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ」
余りのシエラの正直な言いざまにクラウスの口から哄笑が上がり天幕内に響き渡る。
「なかなかどうして面白い姫君だ」
「ありがとうございます。それで属領の件ですが受けていただけますか?」
面白そうに笑いを噛み殺すクラウスにシエラが可愛らしく頭を下げ、返答を求めて首を傾げる。動作の一つ一つが可愛らしく見るものの目を惹きつけるシエラにクラウスの後ろに控えるカラはかって受けた特訓内容を思い出していた。
動作一つ一つが教本のようだと内心感心し通しである。
「ふむ、どうも我が国が得をしすぎているようでな、それが返って不気味だ。他に何か隠していないかね?」
「そんなことはありません。我が国は言わば敗戦国です。本来ならば粛々と賠償金を払う立場です。それを厚かましくも援助をお願いしたいと言っているのですから」
「貴殿が犠牲になることで国が助かれば良いと? まるで聖女だな」
「聖女などと、会話して分かったと思いますが私は打算的な女です。いつか…… 私を怨んだ者に刺されて死ぬのでしょう。そんな女が犠牲になることでアセリア王国の数十万の民の命と平穏が得られるのです。これほど得なことはそうありません」
そう言ってニッコリと笑うシエラに彼女の後ろに控える兵士達から嗚咽が漏れる。今此処にいる兵士達は彼女の信奉者なのだろう、その目にはシエラのためならば命も投げ出すという忠誠心が輝いていた。齢十かそこらの少女で既にこれだけの人心掌握術を習得している事実は恐ろしい。よくもまあ、あの王からこんな姫が生まれたものである。
「鳶が鷹を生んだか……」
「はッ?」
「いやなんでもない…… 分かった。その話受けるとしよう」
「ありがとうございます!」
属領を認める。
そのクラウスの言葉にシエラは飛び上がるように立ち上がると嬉しそうに礼を言う。
「それでは細かい内容を煮詰めて文章にいたしましょう。調印はその後で」
「了解した」
その後、数時間に及ぶ話し合いが続けられ以下の内容でアセリア王国がグローリア帝国の属領となることが決まった。
一つ、アセリア王国改めアセリア領とする。
一つ、外交権、軍事権は本国であるグローリア帝国が保有するものとし、内政はグローリア帝国より派遣された領主とアセリア領の民共同で行うこととする。
一つ、元アセリア王国王族はアセリア領から退去し、今後領内へ入ってはならないこととする。
一つ、元アセリア王国の貴族、騎士は帝国の法に基づき精査し、その資格があると認められたもののみその地位を保証する。
一つ、アセリア領へ今後三年に渡り毎年本国より金貨一万枚の支援を行うこととする。
一つ、アセリア領は本国からの移民を無条件に受け入れることとする。
以上である。
調印が終わるとシエラはやりきったとばかりにドサリと椅子に沈み、仮面が剥がれたように年相応の笑顔を浮かべた。
「…… 終わりましたね」
初めて見せる素顔は清々しい笑顔であり、今後の自分の運命よりもアセリア王国の民が救われたことを喜ぶものだった。
それを見てクラウスはこの姫の心象を若干修正する。若干なのはこれすらも演技である可能性があるからだが、クラウスから見てその姿は演技だとは思えなかった。
「さて姫、いやシエラ嬢。これで貴殿はアセリア領へ帰ることは生涯できなくなった。このまま我々と帝都カルワリオへと来てもらうが、そこで何かしたいことはあるかね?」
クラウスの問いにシエラは目を見開いて驚く。クラウスの問いはシエラにとっては福音といっても良いものだったのだ。
「よろしいのですか? てっきり幽閉されるものと思っていましたが」
「あるていど自由にしてもらって構わない、もちろん監視をつけさせてもらうが」
自由という言葉にシエラは喜びに頬を染め、クラウスをおずおずと見上げると口を開く。
「それでしたら、厚かましいかもしれませんが我が侭を聞いてもらってよろしいでしょうか?」
「言ってみたまえ」
「帝国には帝国学園というものがあると聞きます、そこに入学させてはいただけませんか?」
シエラの希望を聞いてクラウスは何気なく後ろを振り向く、そこには苦い顔をしたカラとレオンの顔があった。
それを見たクラウスは悪戯を思いついた子供のような意地の悪い笑みを口元に浮かべるとシエラに返答を返す。
「良いだろう。存分に学びたまえ」
「ありがとうございます!!」
花のように笑うシエラの笑顔をクラウスは面白そうに笑いながら眺める。その後ろでは顎に手を当て考え込むカラと、額に手を当て天を仰ぐレオンの姿があった。
シエラさん帝国学園へ。
これにてアセリア戦期編終了です。
いやー長かった。
次回からは閑話を何本か入れた後学園編後編へと進みたいと思います。
後編は恋の章にしたいですね~
いつも通り、予定は未定ですが(汗
今回も読んで下さりありがとうございました。




