城砦都市の攻防 二
ダシュカット平原での退却戦が行われてから城砦都市イセンガルドに最初の夜が訪れていた。空には僅かに欠けた月が浮かびこちらを見下ろしている。
城砦都市の城壁上では不死者の軍勢の襲撃を警戒して、平時の五倍に及ぶ兵士達が松明を片手に巡回を行っている。そんな城壁に沿うように造られた城塔の一室では、カラとレオンが戦支度を始めていた。
「なぜお二人がこんな危険な任務に就かなければならないのですか!?」
カラの鎧の金具を留めながらウルカが納得できないと目に涙を溜めながら呟く。二人が皇帝によって遊撃隊に任命されたことで、城砦都市の後方に待機していた補給部隊から呼び出されたカラとレオンと共に従者であるウルカとハルも同行して城砦都市へと入っていた。
「仕方ないよ、上級精霊魔術の使い手が足りないんだから」
「それにしては嬉しそうに見えるのは私の気のせいですか?」
「えっ!? そ、そんな訳ないよ!?」
明らかに動揺する主人に仕えてから何度目になるかわからない溜息を吐くウルカ。
「はぁ、カラお嬢様は素直すぎます。少しは本心を隠す努力をしなければ成人されてから大変ですよ…」
「別に誰にでもって訳じゃないよ。ウルカみたいに信用した者の前だけさ」
「左様ですか」
主からの何気ない言葉に素っ気無く応えるウルカだったが、口元には嬉しさからか笑みを浮かべている。そんな二人のやりとりを支度を終えたレオンが見て微笑む。
「あまり可愛らしくじゃれあうな、二人とも抱きしめたくなる」
そんなレオンの言葉にウルカの顔が赤くなる。
鎧を着て腰に剣を吊るした姿は少年騎士といった風であり、整った顔立ちのレオンに良く似合っていた。十歳とは思えない落ち着いた物腰に、レオンの将来が違った意味で心配になるが従者としての誇りがウルカを立ち直らせる。
「そういう冗談は感心しませんレオン様。ご自分の魅力を自覚してください、勘違いする女性が現れてもしりませんよ」
「ん? 冗談ではないぞウルカ」
「―――― なお悪いです」
「わかったわかった、以後気をつける。これで良いか?」
「全然心がこもっていなくて信用できませんが、まあ良いでしょう苦労するのは私ではありませんし、ねえ兄さん?」
「あはははは、はぁぁ」
妹から言外に、苦労するのはお前だと言われたハルは深い深い溜息を吐いた。そんなハルを誰も気にせずにカラの支度が整う。
支度を手伝っていて、カラの鎧の後ろに収納された物が気になっていたウルカはレオンの鎧にも同じ物を見つけて首を捻る。
「お二人の鎧の背中につけられたそれはなんですか?」
「おっ、良い所に気がついたねウルカ」
「ちょっとした隠し球だ。まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったがな」
嬉しそうに語る二人だったが実際何に使うかは口にしない、つまり秘密にして驚かせたいのだろうとウルカは納得する。大人びていながら時々子供の顔に戻る二人をウルカは嫌いでは無かった。
二人の支度が整ったところで城砦都市の西門で開門の鐘が鳴り響いた。
その音を聞いてカラとレオンの二人は矢のように部屋を飛び出すと城壁を駆ける。後ろを必死についてくるウルカとハルに都市内部に避難するように言うと二人は更に速度を速めた。
西の城壁から身を乗り出すように下を覗き見ると、数万の軍勢が城砦都市へと入ってくるのが見て取れた。
「西方辺境伯軍だ」
軍勢の所々に掲げられる斜めに槍が描かれた旗を見てレオンが呟く、数万に及ぶ軍勢が城内へ入るにはまだ時間がかかりそうである。
さらに遠くを見つめるカラの目には月明かりの中、地平線からこちらに駆ける数騎の騎馬の影が見えていた。それが軍勢に合流するとそこから歓声が上がり、徐々に西方辺境伯軍全体が喜びの歓声を上げた。
その数騎の騎馬を先に通すように軍勢は割れ西門へと導いていく、こちらに近づいてくる騎馬を見てレオンの顔に安堵の笑みが広がる。
「ライアン様」
「へぇ~、あれがカインのお祖父さんかい? 大きいねぇ、というか片腕無くなってない?」
「――― 無いな。ライアン様が負傷するほどの相手か、少し気を引き締めたほうが良いかもしれないな。出迎えるぞカラ!」
「ちょっ!? 待ってよレオン!!」
ライアンを出迎えるために城壁の階段を飛ぶように降りるレオンに、カラが非難の声を上げながらも追いかける。ものの数分で二十メートルの階段を降りきると二人は西門へと急いだ。
二人が到着した時には、ライアンは西門を固めていた兵士達から熱狂的な歓声を受けクラウスと対面していた。
「派手にやられたな御大。不死者ごときにあんたが遅れを取るとは」
「ふんっ! うるさいわい、一体厄介な奴がおる。オーダインを覚えておるかクラウス?」
「アセリア王国軍の騎士団長だろう? 奴め何度か亡命の誘いを送ったが全部突っ撥ねやがった。オーダインがどうした?」
「奴が首無しの騎士となって不死者の軍勢を率いておる。ほっておけば一国を滅ぼす存在になりかねん」
「ほお」
「嬉しそうじゃのクラウス」
ライアンの報告にクラウスの顔が獰猛に歪む、それをライアンは呆れたように見つめていた。
「ライアン様!」
二人の話が一区切りついたのを確認するとレオンがライアンへと駆け寄る。カラもそれに続いた。
「レオン!? 何故お主がここにおる!?」
「ああ、俺が呼んだ。っと」
レオンの姿を見て驚いたライアンにクラウスが自分が召集したことを伝えると、クラウスの首元に銀鋼の槍が突きつけられた。
「落ち着けよ御大。不敬罪で投獄しちゃうよ?」
「クラウス、貴様こんな子供を戦場に呼び出すとは何を考えておるか!!」
眼前に槍を突きつけられながらもクラウスは飄々とした余裕ある態度を崩さない、ライアンもその態度には慣れているのか気にせずにクラウスを恫喝した。
その事態に慌てたのはレオンである。急いでライアンに駆け寄るとクラウスの弁護にあたる。
「落ち着いてくださいライアン様!? 私は今回帝国学園から士官候補生として従軍してこの戦争に参加しています。戦闘に加わるのは覚悟の上なのです。それよりもご自分の傷の治療を急いでください!!」
「そうです御大!!」
「血が止まったとはいえ、危険な状態なんです。誰か治癒術師を呼んでくれ!!」
レオンに同調するように、ライアンの傍に控えていた術師のディースとベルンハイムの二人がライアンをいさめる。
三人に攻められて渋々ライアンは槍を引くが、クラウスを睨みつけて釘を刺すのを忘れなかった。
「ここは一旦引き下がるが、今回の件が片付いたら覚えておれよ。レオンお前もだ!! 死んだりしたら許さんからな!!」
「わかりましたから御大!!」
「失礼しました陛下!!」
ディースとベルンハイムに引っ張られるように連れて行かれながら怒鳴るライアンを見送って、クラウスとレオンはホッと息を抜く、しかしそれを許さないというように西門の鐘が敵襲の音を鳴らし、他の門からも唱和するように鐘が鳴り城砦都市に敵襲を知らせた。
「カラ!」
「わかってる!」
カラとレオンの二人は来た道を戻ると西門の階段を駆け上がる。城壁から見える月明かりに照らされる地平線は徐々に黒く染まり、それは平原を侵食するように広がっていく。
西方辺境伯軍は四方の城門から入城しているが未だ半分の軍勢が残っている。疲れを知らない不死者の軍勢の足は速く、このままの速度で行けば全軍が入城する前に噛みつかれ、下手をすれば敵の侵入を許すだろう。
「時間を稼ぐ必要があるな」
「西方辺境伯軍が入って来てるから、門からの出兵は無理だねぇ」
「いくぞ。初めての使用がこんな場面になるとは思わなかったが仕方ない。どうやら私達はこういう星の下に産まれたらしい」
「これで失敗したら目も当てられないねぇ」
「神にでも祈るか?」
「僕はごめんだねぇ」
「私もだ」
軽口を叩きながら二人は鎧の背に仕込まれた機構を展開する。それは飛竜の骨と羽腕の皮膜を使って作られた翼だった。特殊な技術によって収納されていたそれは、二人の背中でどんどん大きくなると片羽だけで三メートル近くある。
「「 さあ初陣だ 」」
カラとレオンは同時に呟くと城壁から続く空中へとその一歩を踏み出す、それを追うように二人の呼びかけに応えた風の精霊が起こした突風が二人を追う、二人の背にある竜の翼はその風を受けて飛翔する。
そうやって二人は、月が輝く空へと飛び立つのだった。
大空へ飛び立つ二人。ハングライダーみたいな物だと思ってくださればいいかと。
次回は戦闘へ突入です。
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インフルエンザの件を書いたら身体に気をつけて、という感想、意見いただきました。ありがとうございます。頑張ります。
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