皇帝への謁見
その場所はただあるだけで、その場に来た者を威圧するような威厳を放っていた。
煌びやかな装飾を施された壁や柱、敷き詰められた大理石で出来た石畳、何枚もの硝子を合わせて作られたステンドグラスの窓からは全ての焦点である玉座を照らすように光が集まる。
帝都に聳える王城の謁見の間。
その玉座に座るのは、グローリア帝国第五十八代皇帝【戦王】クラウス・ヴォルフガング・ソウ・アドラー、帝国史上、もっとも多く戦場に立った皇帝であり、もっとも勝利を味わった戦神に愛されし戦の申し子。
短く整えられた灰色の髪の上には、皇帝の正銘である黄金の冠、初代皇帝の頃から伝えられる帝国の至宝。鍛え抜かれた身体には軍服を身に纏い、襟に大鷲の羽をあしらった狼の毛皮で出来たマントを羽織っている。そして全てを見透かすような知性を湛えた碧眼からの視線が、今開いた謁見の間からこちらへと歩き進む二人の幼子を迎えていた。
その幼子とはカラ・レティーシア・ミスラとレオンハルト・アルバ・ミスラの二人。二人は帝国学園の制服を着て並んで歩を進める。
二人は先日起こった飛竜の襲来を飛竜の討伐という形で解決したことにより、ここに来ていた。
理由は皇帝から賛辞を受けるため。
飛竜の襲来は災害と言っても良いものであり、本来ならば討伐までに村の一つや二つ、悪ければ一つの町が壊滅していてもおかしくない惨事だ。それを言い方は悪いが、たった二人の人的被害で解決出来たのは僥倖としか言いようが無い、故に二人は解決過程を知った帝国上層部により褒賞を与えられることになり、王城に召喚されていた。
帝国を動かす地位にいる家臣団が立ち並ぶ間を二人は臆せずに歩いていき、玉座へと続く階段の前で止まると跪き、臣下の礼を取る。
「二人とも面を上げよ」
皇帝の言葉に二人は顔を上げて上段に座す皇帝を仰ぎ見る。その視線を受けてクラウスはカラ、レオンへと視線を動かすと口を開く。
「久しいなレオン。余を覚えているか? ――― 余の頼みは守ってくれているようだな」
その言葉に謁見の間に居並ぶ家臣団の間で疑問の声が飛び交う。なぜなら公式に皇帝とレオンが会った記録は無いのだ。それよりも家臣団が注目したのは皇帝の後の言葉。皇帝がこの金髪の少年に何を頼んだのかということだ。しかしそれを知る者は少なく、この場でそれを知るのは頼んだ皇帝と頼まれたレオン、そしてカラだけだ。
当然レオンは約束の内容を口に出すことは無く、ただ肯定の言葉を返すのみ。
「はい」
尚も話を続けようとする肯定を止めるように家臣団から声がかかる。
「陛下。そろそろ本題のほうに」
不敬とも取られるそれを行ったのは老齢の紳士、侍従長を勤めるフェイマーである。その顔には孫を慈しむような優しい笑顔を浮かべてクラウスを見ている。
「ん? ああ、そうだったな」
クラウスは崩れていた態度を改めると、王座から立ち上がり二人の元へと階段を下りていく。それを出迎えるように侍従が近づくと、その手に持っていた装飾された箱を開ける。そこから取り出されたのは銀に輝く狼を象った勲章。
「レオンハルト・アルバ・ミスラよ立て。汝は今回、飛竜討伐という国難を退けてくれた。よってここに銀狼勲章を贈る」
皇帝の家臣団からおお、と感嘆の声が上がる。
狼勲章とは軍事に関することで与えられる勲章であり、等級は上から金、銀、黒、赤、青となっている。レオンに与えられたのは最上位となる金の次の銀であり、本来これを与えられるのは戦場で死を遂げた者がほとんどで、生きたまま与えられるのは稀である。それを上回る金は帝国始まって数回しか作られておらず、受け取った者達も歴史書に名を残すような帝国の危機を救った英雄ばかりだ。
ちなみに政治に関することで与えられるのは鷲勲章となっており、これは帝国の国旗にある狼と鷲を意識している。国を支える二枚看板である政治を鷲に、軍事を狼にたとえている訳である。
レオンへの受勲が終わると次はカラの番である。クラウスはレオンの前からカラの前へと移動する。
「次にカラ・レティーシア・ミスラよ立て。汝は今回、飛竜討伐という国難を退けてくれた。よってここに銀狼勲章を贈る」
カラに渡された物もレオンと同じ物で、クラウスの手がカラの胸に勲章を止める。
その光景を見る家臣団の中で涙を流す者がいた。フェイマーである。彼は二人が血を分けた親子であることを知る者の一人であり、クラウスとカラの初めてといっていい邂逅に喜びと悲しみという相反する感情を同時に抱いていた。
「お労しい」
フェイマーの胸中に渦巻くのは、主君であるクラウスとその娘であるカラが再会出来た喜びと、公けには親子の再会が果たされぬ二人への悲しみだ。
そんなフェイマーの眼前で、手を握ることも、抱き合うことも無く二人は離れる。その光景にフェイマーの目から新たに涙がこぼれていった。
「さて勲章だけでは味気ない、他に欲しい褒美はあるか?」
フェイマーの胸中を察した訳ではないのだろうが、クラウスはレオンとカラに勲章を渡し終えるとそう言った。
それに対して答えたのはレオン。
「いえ、陛下の臣下として当然のことをしたまでのこと、これ以上は貰いすぎとなりましょう。ただ一つ我が侭を聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 言ってみよ」
「妹を、カラを抱きしめてやってはくれませんか?」
「レオン!?」
レオンの言葉にカラが驚愕の悲鳴を上げた。自分はそんなこと望んでいないと言外に言い放つ。
「妹君は望んでいないようだが?」
クラウスの言葉を受けて家臣団の視線がカラに突き刺さる。何故ならカラの態度は不敬罪と問われても仕方ないのだ。
しかしフェイマーや他に事情を知る家臣達の反応は違った。ある者は目を閉じ、ある者は涙を流した。何故ならカラが自分の身の上を知っていると気づいたからだ。知っている上で自分は皇帝とは関係ないと、余計なことはするなと、気丈に振舞っている。それのなんといじましいことか。
そしてそれを全て解った上でクラウスに頼むレオンに、彼等は自分より遥か年下である少年に畏敬の念を覚えた。
「照れているだけです。実際に陛下に抱きしめられれば喜びに打ち震えましょう」
「そうか?」
レオンに促され、クラウスはカラの前に片膝をつくと腕を広げる。
「抱きしめても良いかな姫君?」
そう言っておどけた笑顔を浮かべるクラウスにカラは泣きたいような、叫びだしたいような顔で後ずさる。
その背中をレオンが押した。
突然自分にかかった圧力に驚きながら、カラはクラウスの胸へと飛び込む。
それをクラウスの胸が抱き止めた。そのままクラウスの手がカラを優しく強く包みこんでいく。
「あっ……」
自分がクラウスに抱きしめられたと気付いたカラは顔を上へと向ける。そこには慈しむような優しい光を湛えた碧眼があった。
その眼差しを受けてカラの手がおずおずとクラウスの背に回される。
クラウスの胸に顔を埋めたカラから誰にも聞こえないような小さく震えた声がこぼれた。
「ありがとうございます陛下」
それにクラウスは答えず、ただカラを抱きしめる手へ更に力を籠めるのだった。
親子の邂逅です。
今回も読んでくれてありがとうございました。




