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第三皇子の憂鬱

 新入生が入学してきて初めての休日である闇曜日。

 エレンは数日前から気炎を上げ続ける親戚でもあり、友人でもあるハインケルとその取り巻き達に辟易していた。

 気炎を上げる原因は新入生として先日入学した三方辺境伯の令息達が新しく造った派閥が原因だ。


「聞いているんですかエレン殿下!?」

「聞いてる、聞いてるよ」

「じゃあ僕が何を言っていたか、言ってみてください」

「新しく派閥を造った辺境伯の令息達への対処をどうするか――― だろ?」


 数日前から耳にたこができるほど聞かされ続けているのだ、聞いていなくても答えられる。


「良いでしょう。それで? エレン殿下はどうすれば良いと思いますか?」

「別に今は何もしなくて良いんじゃないか? 聞いた話では今は辺境伯の三人以外に二人しかいないらしいじゃないか」

「甘いですね、今は他の者達も様子見をしているだけです。帝国の有力貴族である三方辺境伯の令息達の派閥です。時間が経てば経つほど人員は膨れ上がります」


 危機的状況です、と鼻息荒く語るハインケル。権力にそれほど執着心が無いエレンからすれば、別にいいんじゃない? という心境なのだが間違って口に出せば矛先がこちらにむきかねないので口を(つぐ)む。御輿は担がれるのが仕事である。


「今のうちに潰して、出来れば我々の派閥に吸収できるのが最上なのですが―――」


 そんな上手くいく訳ないだろう、と内心思いながらも話が進んでいくのに任せていると、おかしな方向へと流れ始めた。


「中心人物である三人には、今は手を出さずに周りから切り崩してはどうでしょう?」

「ほう、具体的に目星がついているんですか?」

「現在彼等は総数五人、中心の三人以外の構成は一人が平民の商会の娘です。そしてもう一人が東部辺境領令嬢、中心人物である頭部辺境領令息レオンハルトの妹です。これを我が派閥に迎え入れることが出来ればレオンハルトも我が派閥に組み込むことが出来るのではないでしょうか?」

「なるほど一理ありますね」


 ハインケルが賛同することで一同の空気が変わる。今にも腰を浮かして走り出しそうな一同を止めるためエレンは口を挟むことにする。


「ちっと待とうか。それは全部上手くいった時の話だろう? 下手に手を出して警戒される可能性のほうが高いんじゃないかな?」

「ええ、ですからエレン殿下に動いてほしいんです!」


 エレンら向かってキラキラとした目を向けてくる少年の言葉を受けて首筋に嫌な汗が流れる。今こいつは何と言った?


「第三皇子である殿下から誘われれば断れる女性はいないでしょう。ですから殿下お願いします!!」

「はっ?」

「ですから、殿下みずから勧誘して欲しいと彼は言ってるんですよ。私も良い考えだと思います。申し訳ないですがお願いできますか殿下(・・)


 そう言うハインケルの顔を見て、エレンの顔が引きつる。永い付き合いである。言葉丁寧なお願いだが彼が言っているのは、はい以外の選択肢が無いお願いだ。

 諦めの溜息を吐きながら肩を落とす。


「わかった」


 それ以外にエレンに許された答えは無かった。



 善は急げということで、それから派閥の総員を動員して東部辺境領令嬢の捜索が始まった。

 三百近くになる人数の学生達が集められ学園だけでなく、帝都から、禁断の女子寮まで捜索の範囲はおよび、発見の報告があったのは昼を回ってからだった。


「見つかりました!!」

「ご苦労様です、どこですか?」

「学園内にいました。学園の高台にある庭園です!」


 その報告にエレンは苦い顔になり、ハインケルは眉を(ひそ)めると報告に来た派閥内の少年に問いかける。


「そんなところに庭園などありましたか?」

「はい、僕達も初めて聞きました。しかしあるのは確かです。案内するのでついてきてください」


 エレンとハインケルは少年の後をついて高台にある庭園へと向かう、進むほどに見覚えのある道を通るのにエレンは嫌な予感がどんどん増していくのを感じていた。

 案の定そこはエレンが隠れ家として、いつもお世話になっている庭園であり、目的の人物は庭園に備え付けの長椅子に腰掛けていた。

 その姿を見てエレンの心臓が跳ねた。


「彼女か?」

「は、はい」


 以前見た時には広げていた銀髪を一つの三つ編みに結んで肩に垂らし、物憂げな表情をして座る少女は初めて見た時と同じように幻想的で、一枚の絵画のようだった。

 全員で暫く見惚れていると、視線に気付いたのか少女がこちらを向いて首を傾げる。


「気付かれましたね」

「そうだな、どうするんだ?」

「後は任せましたエレン殿下。吉報をお待ちしています」

「なっ、ちょ、ま」


 ハインケルはそう言うと、取り巻き達と共に走り出し、あっという間に見えなくなる。

 その迅速な行動に、感心と懊悩(おうのう)していると、いつの間にかエレンを見上げるように少女が立っていた。


「やあ先輩、また会ったねぇ」

「あ、ああ、久しぶりだな」


 微笑みながら言う少女にエレンはなんとか返事を返すことが出来た。少女の髪からフワリと良い匂いが舞い上がり、エレンの鼻を(かす)める。


「――― そういえば名乗っていなかったね。僕はカラ、先輩の名前は?」

「私はエレンだ」

「なるほど、なるほど、改めてよろしくお願いしますエレン先輩」


 そう言って小首を傾げると花が咲いたような笑顔で見上げてくるカラを抱きしめたくなる衝動に駆られるエレン。

 

「今日は僕になにか用ですか?」


 カラの問いかけに、お花畑へ飛んでいたエレンの思考が現実に戻る。


「あ、ああ、実はそうなんだ」

「なんでしょう?」


 話し易い雰囲気に後押しされてエレンはハインケルに頼まれていた件も、もしかしたら上手くいくかもしれない、などと思ってしまう。しかしその雰囲気はカラによって作られていることにエレンは気付いていなかった。


「私達の派閥に入ってほしいんだ」


 エレンの頼みにカラはニッコリ笑うと。


「嫌です」

「――― 何ですって!?」


 どこで聞いていたのか、ハインケルとその取り巻き達が凄い勢いで二人に肉迫してきた。


「貴女解っているのですか!? この方は皇帝陛下の第三皇子エレン・ザトゥース・ソウ・アドラー殿下ですよ!! そのエレン殿下のお誘いを断ることがどういうことか解っているのですか!?」


 カラに口付けでもするのかと思うほど顔を近づけて怒鳴りつけるハインケル。それに対して唾が飛ぶのを迷惑そうに眉を(ひそ)めながら受けるカラを見て、エレンはハインケルの肩を掴んで引き離す。


「止めろハインケル」

「ですけどねエレン殿下!? 貴女それを聞いても断るというのですか!?」

「はい、断ります」

「なっ!? なばぁ!?」


 今度は真剣な表情で断るカラ。その瞳には確固たる意思の光があり、ハインケルや取り巻き達は気圧されてエレンの後ろまで下がってしまう。

 

「非礼を詫びよう、私は帝国第三皇子エレン・ザトゥース・ソウ・アドラー。もう一度誘わせてもらっていいかい? 私達の派閥に入ってもらえないだろうか?」

「丁寧な名乗りありがとうございます。僕はカラ・レティーシア・ミスラ。申し訳ないですが、何度誘って頂いてもお断りします」

「どうしても?」

「はい、|兄を裏切る訳にはいかないので(・・・・・・・・・・・・・・)」


 自分の瞳を真っ直ぐ見つめ返すカラに、エレンは清々しい表情を浮かべると同時に、諦めの溜息を吐くと吹っ切れたように頷く。


「解った」

「エレン殿下!?」「カラ!!」


 ハインケルが驚きの声を上げるのと、庭園入り口で金髪の髪を振り乱しながらレオンが叫ぶのは一緒だった。


「お兄さんの到着だ」


 血相を変えてカラの元に走ってくるレオンを見て、エレンは可笑しそうに笑う。

 次の瞬間にはカラとエレンの間にレオンが割り込み、カラを守るように背中に庇った。


「御無礼を皇位継承権第三位、第三皇子エレン・ザトゥース・ソウ・アドラー殿下」

「問題ないよ、レオンハルト・アルバ・ミスラ。君は妹を守っただけだ」

「そうだよ~レオン。話はついてたんだよ」


 二人の言葉に、眉間に皺を深く刻むと黙り込み、そのまま口を開くことは無かった。

 カラは一つだけ気になっていたことがあったので、エレンに向かって尋ねることにした。


「エレン殿下、僕の名前は学園に来てから初めて聞いたんですか?」

「…… そうだが? それがどうかしたのかい?」

「いえ、ありがとうございました」

「そうか、ではまた会おう二人共」


 再会の約束を告げてエレンは二人に背を向けて庭園を後にする。ハインケル達取り巻きもその後ろをついていき、庭園にはカラとレオンだけが残された。


「やっぱり僕はいないことに(・・・・・・)なってるんだねぇ――― ねえレオン僕はどこにいるのかな?」


 そうこぼすカラを、優しくレオンの手が包む。


「お前は、お前だ。今私の目の前にいる」

「うん、そうだね。ありがとうレオン」


 レオンの腕の中で礼を言うカラの肩は震え、二人しかいない庭園には少女の嗚咽(おえつ)が響き、それが止むまでカラの身体を包む手がとかれることは無かった。

 

 一日空けてしまいましたすいません。

 エレン君のキャラに迷いまして、三回ほど書き直してしまいました。

 意地悪系、へたれ系、生真面目系、どれもピンとこなかったので後者をブレンドしてみました。

 次回はガラッと変わって帝国学園の授業を本格化させていこうと思います。

 今回も読んでくださりありがとうございました。


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