その後色々ありまして
食堂がら出たレオンは、寮の自室となる部屋の扉の前に来ていた。
ドアノブを握って回す、鍵はかかっていない。
扉を引いて開けると一人の少年が出迎える。短く切りそろえられた黒髪に大きな碧眼を持つ彼の名前はハル。ハスラーの孫に当たり、今回レオンの従者として共に帝国学園へ来ている。その証として、レオン達と同じ形式で金糸の装飾がされていない制服を着ていた。
帝国学園では学生と共に従者にも教育を施している。もちろん正規の学生と同じように、とはいかないが、そこは天下の帝国学園、正規の学生の授業より劣るとはいえ、そこらの家庭教師とは比べられないほど高度な教育を受けられるため、入学が決まった者の縁者は自分の子供を従者として差し出すことも珍しくない。
今回レオンはハスラーの孫で歳も近いハルを紹介され、学園に連れてきていた。そんなハルがただ事ではない雰囲気を漂わせて帰ってきたため首を傾げる。
「どうされましたレオン様? 歓迎会の最中では?」
質問にも答えず、自分のベッドへ突っ伏するレオンを見てハルは異常事態だと眉を寄せる。普段のレオンであれば考えられない行動なのだ。
ベッドに顔を埋めたまま動かないレオンに近づくと「失礼します」と言って肩を掴み、引き起こす。目線を合わせるとやっとレオンから反応があった。
「ハルか……」
それにホッと息を吐くとハルは言葉を重ねる。
「本当にどうされました? レオン様らしくありませんよ?」
ハルの問いにレオンは何かを思い出したのか、難しい顔になる。本当にらしくない。まだ仕えて間もないハルだったが、それだけは解った。
「いや、ちょっと思いがけないことがあってな、気が動転していたようだ」
「なるほど、レオン様が動転されるとは余程のことだったのですね。解決はされたのですか?」
「解決は…… していないな」
「それはいけませんね。解決に向けて動かれないのですか?」
「動きたいところだがどうしたものか」
そう言って困った顔になるレオン。とうやら相当な厄介事だと認識してハルは気を引き締める。主がそれに向かうなら自分は手足となって動かないといけないのだ。逃げたり、避けたりする選択肢は最初からない。
「なんでも御命令下さいレオン様。私はそのためにここにいます」
自分の決心を主であるレオンに宣言するハルに、レオンは苦笑した後、ハルに初めての命令を口にする。
「カラの様子を見てきてくれるか?」
ハルはレオンからレオンの妹であるカラの様子を見るため東部寮『シルフ』の女子棟に来ていた。最初は歓迎会の会場である食堂に行ったのだが、部屋に戻ったとしか聞けなかった。教えてくれた学生の顔が引きつっていたのが気になったが詮索してレオンの評判を落とすわけにはいかないため自重した。
男子棟とロビーで区切られたそこには、女性の職員が常時二人勤めており入棟者の管理をしている。ハルは職員に頼んでカラとの取次ぎをお願いする。職員はすぐ女子棟の奥へと消えると一人の少女を連れて来た。
見覚えのある顔を見ると、自分と同じ黒髪碧眼の顔が怒りに歪んでいた。ポニーテールにした腰まである髪も普段はストレートの筈が今は若干乱れている。学園指定の侍女服に身を包んだ小柄な体が近づいて来て目の前で止まった。
「何用ですか兄さん?」
「君が怒るとは珍しいねウルカ、レオン様にカラお嬢様の様子を見てくるよう頼まれたんだが――― 何かあったのかい?」
ハルの口からレオンの名前が出ると、ウルカの目尻が一段上がる。元々切れ長の美人顔のため、凶悪な形相になっている。それに若干引いていると上目使いで睨まれる。妹からこんな目で見られるようなことをした覚えは無いのだが。
「何も聞いていないのですか?」
「何かあったとは聞いたが、詳しいことは話してくださらない。何か知っているかい?」
「口で言うよりも見てもらったほうが早いかと、こちらへ」
そう言ってウルカは職員に許可を得ると、ハルを伴って女子棟の廊下を歩き始める。
同じ建物内だというのに女子棟の廊下は甘い香りが辺りに漂い、免疫の無いハルが内心ドキドキしながら進んでいくとウルカが一つの扉の前で止まる。ウルカが扉を四回ノックすると中からナニワ訛りの声が返ってくる。
「はいな~」
「失礼します」
部屋に入ると狐耳糸目の少女が二人を出迎えた。忙しなく頭の耳を動かす様は落ち着きが無く、余程のことがあったのだとハルに思わせる。
「良かった~ウルカはん、カラはんが蓑虫になってしもたんよ」
「はい?」
そう言ってコルンが指差す方向には成る程、確かに蓑虫のようなモノがあった。ベッドの上にあるそれはシーツで出来ており、時折動くので中になにかいると解る。おそらくあの中にカラがいるのだろう。
「本当にどうされたんだ?」
「茫然自失の体でここまで運ばれて来てベッドに寝かせて置いたのですが、私はその後すぐに兄さまの呼び出しを受けて部屋を出ましたので、部屋に来たばかりのカラ様は本当に酷い状態で…… 私も少々取り乱してしまいました。なので、こうなった理由は現場を見ていた方に説明していただいたほうが良いでしょう。コルン様お願いできますか? こちらは私の兄のハル。兄さまこちらはカラ様とレオン様のお友達でコルン様です」
「よろしくお願いしますコルン様」
「はい、よろしゅうなハルはん」
ハルとコルンが簡単に挨拶を交わすと、コルンから二人は説明を受けた。寮生から歓迎の印として歓迎会を開いてもらったこと、その会でコルンを含めた三人が質問攻めにあったこと、そこでカラとレオンが体勢を崩し重なる形で倒れたこと、そしてその時二人の唇が重なっていたこと、その後レオンは夢遊病者のように食堂を出て行き、カラは目を開けたまま茫然自失の体で動かなくなたこと、を聞いてハルとウルカの二人は首を捻る。
「それで何故こうなるのです?」
「わからん……」
兄妹間でのキスは別に珍しいことではない、幼少時なら尚更で、頬に、額に、朝のおはようの、夜のおやすみの、なるほど口同士は兄妹でもそうそうしないだろう。しかし皆無というわけではない、ハルとウルカももっと幼い時に親愛の印として交わしたことが何回かある。
レオンとカラの態度はまるで他人のそれだ、今まで意識していなかった異性が突然異性として見えてしまったような、そんな印象を受けるのだ。
「わいも解らんな~」
コルンも似たような経験があるようで同じように首を捻っている。
そう、兄妹なのだから別にここまで照れたり、困惑したりする必要は無いはずなのだ。なのに自分達の主二人は同じように、照れ、困惑している。どうすれば良いのか解らないと、自分の心に翻弄されている。
「カラ様私達に出来ることはありますか?」
ウルカが自分の主である蓑虫に近づく、その顔は何も出来ない自分に怒りと悲しみをぶつけている。白い蓑虫はビクッと震えると中から銀色の髪をボサボサに乱れさせた少女の顔を吐き出した。
「大丈夫だよウルカ、コルンとハルも心配かけたねぇ」
「本当に大丈夫ですかカラお嬢様?」
疲れた笑顔で笑うカラを心配してウルカが近づくと、その体をカラに抱きしめられた。
「カ、カラお嬢様!?」
「ん~、ウルカは良い匂いがするねぇ、香水か何か使ってるのかい?」
「え!? い、いえ、多分昨日使った石鹸の香りだと思いますが、どうされたのですか?」
「なんでもない~、ウルカのおかげで落ち着いたよ、やっぱり女の子は良いねぇ」
ウルカは最初こそ驚いていたが、カラが元気になるのなら、と抱きつかせるに任せていると、突然カラから解放されたので首を傾げた。
「もう宜しいのですか?」
「うん、それに呼ばれたからちょっと行って来るよ。三人ともありがとう」
そう言ってカラは三人を置いて部屋を後にする。
「呼ばれたとは誰にでしょう?」
「さあ?」
「わからんなぁ」
残された三人は呆然とその背中を見送った。
カラは女性棟の廊下を抜け、寮館の横に造られた石造りのガーデンハウスへと足を運ぶ。そこには先客として備え付けの長椅子に腰掛けたレオンがいた。カラの姿を見つけると、レオンは立ち上がりカラに向かって頭を下げる。
「念話で会話するのも久しぶりだねぇ、それで? 呼び出してまでする話っていうのはなんだい?」
「いや、侘びをいれるのに念話というのも不味いと思ってな。先程はすまなかった」
「ぐっ!?」
レオンの謝罪にカラは言葉を詰まらせる。こちらも謝ろうと思っていたので出鼻を挫かれた形になったのだ。
「別に良いよ、僕も悪かったと思っているし」
「そうか」
そう言ってレオンは頭を上げて、椅子に座りなおす。カラもレオンの隣に腰を下ろした。
「それで、どう感じた?」
「何がだ?」
カラの質問にレオンは無表情で答える。明らかに何を聞かれているのか解っている。
「僕とキスした感想だよ、どう感じたのかな?」
レオンは直球で投げられたカラの質問に手を組んで真顔になると答えた。
「吐き気がしたな」
言うと同時にレオンは首を横に傾げる。次の瞬間レオンの顔があった空間をカラの拳が突き抜いた。
「もう少し言い方があるんじゃないかな!?」
「考えてもみろ。現在は美少女の皮を被っていても、前世では血風舞う戦場の鉄火場を鼻歌混じりに駆けた益荒男だった漢とだぞ、確かに前世でも少女のように愛らしい顔ではあったが、唇を重ねたいとは一度も思ったことは無いわ!!」
「そう言うなら言わせて貰うけどねぇ、未だ女としての心構えが出来ていないのに男に唇を奪われた僕はどうしてくれるのかな!? 被害的には僕のほうが甚大なんですけどねぇ!?」
「ぬぐっ!?」
これにはレオンも言い返せないのか言葉に詰まる。
そうコルン、ハル、ウルカの三人は勘違いしていた。カラもレオンも、兄妹同士の、男と女の、などでダメージを受けていたのではなく。男同士のキス、という前世のことを知らなければ受けないダメージに悩まされていたのである。
その後は憂さ晴らしに何度か言い合って、結局なあなあになってしまいお開きになった。精神衛生上深く考えないほうが良いという結論に至ったからである。
二度も人生を経験していながら恋愛方面にはまったくと言っていいほど発展しない二人だった。
騙された人いましたかね?
このまま恋愛に発展するのか!? と思った人。
残念でした~。
うん、作者もそのつもりだったのですがね~、毎度のことながら作者の思い通りに動いてくれない人達です。
いよいよ次回から帝国学園本格始動です。
次回もよろしくお願いします。




