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女の技

「女の技…… ですか?」

「そうよ」


 カラが鸚鵡(オウム)返しに二人に返すと、大きく頷くエルダとアイリーン。

 逃げ出したくなった。


「えっと、それは、どういう?」


 ソファーの端まで移動して、扉を確認する。次の言葉が予想通りのものだった場合すぐさま逃げることが出来るように。

 そんなカラを逃がさないとでも言うように両肩にエルダの手が置かれる。


「大丈夫よカラ。私達が貴女を立派な女にしてあげるわ」

「あは、あははははは」


 逃げることも出来ずに、涙目で笑うことしかカラには出来なかった。


 その日からすぐにカラの特訓が始まった。

 幸いと言っていいのか、特訓の内容は危惧していたようなものではなく、それをエルダとアイリーンに言うと。


「あらあら、おませさんねカラちゃんは、だけどそういうことを覚えるのはまだ早いわ。そうねぇ、あと五年たったら色々教えてあげようかしら」

「そうですね。それに、そちらに詳しい女性が好きな男性もいますが、大抵の男性は初心(うぶ)な女性を自分色に染めたいという幻想を見ていらっしゃるので、それにつきあってあげるのがよろしいでしょう。下手に自分のほうが詳しいと、相手のプライドを傷付けてしまう恐れもありますし」

「あら、そういうものなの?」

「ええ、公娼などで処女を切らさないようにするのも、そのためです。まあ、それだけではありませんが」

「まったく男ってやつは、しょうがないわねぇ」

「それが可愛らしいと私は思いますが」


 などと生々しい返答が返ってきてげんなりさせられたりしたのだが、最悪の事態は避けられたと言って良い。しかし元男としては何故こんなことしなければならないのか、という思いが湧いてくるカラだった。

 そんなカラが二人に受けている特訓の内容というと。


「はいテンポ良く歩く一、二、三、四。」

「正中線を崩さないように、視線は前を向いて、背筋は伸ばす。はい良いですね。もともと姿勢が良いので矯正する所が少なくて助かります」


 四センチはヒールのある靴を履いて、頭の上に何冊も本を載せて、大広間の真ん中にひかれた白線の上を延々歩かされていた。


(かかと)を先につかない!! 踵とつま先が同時に着くように、そう! そうよ! 良くなったわ」

「歩く軌跡が白線から出ないように、両足が一本の線を歩いているように常にイメージして。最終的にはイメージしなくても出来るようになってもらいます」


 初めて履くハイヒールはバランスが上手くとれず、何度かこけそうになったけれど、エルダとアイリーンの指導が良かったのか、カラの平衡感覚が良かったのか、数時間で慣れ歩くだけならば問題なくなったのだが、それからが長かった。

 数歩歩くごとに間違いを指摘され矯正。それを直すと他の箇所を指摘され矯正。良くなったと言われた次の瞬間に矯正、と矯正、矯正、矯正の嵐。

 歩くだけのことにここまで指導が入るとは思わなかったカラである。やっと及第点をもらって休憩のためにソファーに腰を落としたときには痛みで足の感覚が無かった。恐る恐る靴を脱いで足を見ると、案の定靴擦れが起きていて足の至る所の皮がベロリと剥けていた。

 痛みには慣れていても、やはり自分の足がこんな状態になると良い気分ではない、自然と溜息が出る。

 そんなカラを見てエルダとアイリーンがカラの剥き出しになった足を覗き込む。


「あら、カラの足に合わせて作ってもらったけど合わなかったみたいね」

「私が次の時までに手を加えておきましょう。それで大分良くなるはずです」

「お願いするわね、さっ、それじゃ休憩が終わったら次よカラ」

「次はどうしましょう?」

「そうねぇ、この足ではダンスの方は後日に回したほうが良さそうだわ。次は化粧の練習にいきましょう」

「その前にこの軟膏を傷口に塗っておきましょう」


 カラの足の状態を見てそう言うと、二人は手早くカラの足を治療する。次にアイリーンが化粧品が詰まった化粧箱をカラの近くにあったテーブルの上に置いた。その間にエルダがカラの顎に手を添えると右、左と顔を向けさせる。


白粉(おしろい)はカラには必要ないわね。見て、この真っ白な肌、嫉妬しちゃうわ」

「ふふ、同じ理由でつけぼくろもいりませんね。紅はどうしましょう? 今の流行ではこちらですが、カラ様には少し色が強すぎます。こちらの方が映えるかと」

「…… 良いわね。カラちょっと唇を閉じて、そう―――― 良し。紅だけでも良さそうね」

「素が良いですから。平時なら紅もいりませんね」

「教えがいが無いわねえ、ほらカラ見てみなさい」


 そう言ってエルダが鏡をこちらに向けてくるので鏡の自分を見る。毎日着替える時に見ている顔だが紅をさすだけで雰囲気が大分変わっていた。化粧とは怖いものである。

 そのカラの様子に気付いたのか、可笑しそうにエルダが言う。


「紅をさすだけでも雰囲気が変わるでしょう?」

「え、あ、はい」


 なんと答えて良いのかわからず、ただ頷くカラ。


「他にも色々と種類がありますが、カラ様にはあまり必要ありませんからね。何種類かカラ様に合う紅を今度持ってきましょう。何か希望の色はありますか?」

「あ、えっと。お任せします」

「わかりました。何か希望があったら遠慮せずに言ってください。今回の特訓にかかる費用はアーク様が全額払ってくれることになっているので」

「遠慮しなくて良いわよカラ。娘が綺麗になって喜ばない男親なんていないんだから」

「さて化粧は紅をさす練習だけしてみましょう。こちらで今つけているものを拭ってください」


 アイリーンから受け取った布で唇を拭く、口紅を拭き取った布を見ると小さいキスマークがついていた。それが妙に気恥ずかしくなり、キスマークが見えないように折るとアイリーンに返す。

 これにはエルダもアイリーンも気付かなかったようで、ホッと胸を撫で下ろすカラだった。


「先程よりは明るめですが、こちらをつけてみましょう」


 そう言ってアイリーンは桃色の紅が入った、小さな丸い容器を手渡してくる。それを受け取ると首を傾げる。どうつければ良いのかサッパリなのだ。

 そんなカラを見兼ねてエルダが細い毛先の小筆を渡してくる。


「指でもつけれるけど、広がりすぎてしまうことがあるからお勧めしないわ。この筆を使いなさい。はい、鏡持っていてあげるから」


 銀髪紫眼の見慣れた自分の顔が映し出された鏡と向き合いながら、言われたまま自分の唇に震える手で桃色の紅を塗っていく。

 そんな時に大広間の扉が開いた。


「姉さまご飯なのよ~」

「姉さまお昼なのよ~」


 聞き慣れた妹達の声に振り向く、そして眼に入った光景に全身が固まった。


「あら、もうそんな時間?」

「呼びにきてくれたのですか? ありがとうございますクリスティナ様、アリア様」


 エルダが懐中時計を開き時間を確認する横で、アイリーンがクリスとアリアにお礼を言い、双子に合わせていた目線をあげる。


「レオン様もありがとうございます」


 扉から動かずにそう言われたレオンは、なにやら気まずそうに視線を彷徨(さまよ)わせながら答える。


「いえ、妹達に付き添っただけですので……」


 見てはいけないものを見てしまったと言うように、何かと視線を合わせないようにするレオン。それをいぶかしんだアイリーンがレオンの視線を辿ると何を避けているのかが解り、なるほど、と頷いた。


「どうですレオン様? カラ様は可愛くなりましたでしょう?」


 笑いを含んだアイリーンの言葉に観念したレオンはカラを見る。自然と視線が重なった。

 そこには唇をいつもより明るい桃色に染めたカラの顔。もともと美少女のカラである。雰囲気の変わった今もまちがいなく可愛らしいのだが、中身を知っているだけになんと言って良いのか困るレオンである。なので口から出るのはありきたりな言葉になるのも仕方なく。


「に、似合ってるぞカラ」

「あ、ありがとうレオン」


 ぎこちない作り笑いを交わしあう二人だった。


 その後、妹達に手を引かれながら食堂に向かうとアークとカリンが先に席についていた。純白のテーブルクロスがかけられたテーブルの上には、数種類のパンと各椅子の前には食器が置かれている。

 全員が席につくと侍女(メイド)の一人が鍋を持ってきて、各自の皿に骨を綺麗に取り除かれ塩茹でされた鶏肉をのせていく。その後ろを違う鍋を持った侍女が追い、柑橘系の香りがするソースを鶏肉にかけていく。そうして配膳が終わると、アークが神と精霊に感謝を捧げ、皆がそれに続き食事が始まった。

 しっかり塩味のきいた鶏肉に爽やかで甘酸っぱいソースがよくあった鶏肉と、一口大に千切った白パンを頬張っていたカラの横でアークとアイリーンの会話が聞こえてきた。


「どうですカラは?」

「ええ、優秀ですよ。これだけ素質のある()は滅多にお目にかかれません。これからの授業が楽しみですね」

「そうですか。それを聞いて安心しました」

「お任せください。私とエルダ様とでカラ様を立派な淑女にしてさしあげます」

「よろしくお願いします」


 それを小耳に挟んで、どうしてこうなったのか考える。自分は帝国学園に行きたいと言ったのに何故淑女にされようとしているのか。謎である。その謎は午後の授業で明かされた。納得出来るものではなかったけれど。


「うん、良いたいことは解るわカラ。なんでこんなことを教わらないといけないのか、そう思ってるんでしょう?」


 不満顔か疑問顔が表面に出ていたらしく、食事が終わって大広間に戻ってくるとエルダにそう言われ間髪をいれず頷くと、エルダは真剣な顔でこう言ったのだ。


「良いカラ。貴女が行こうとしているのは、人として一癖も二癖もある人種である貴族の子息がひしめく所なの、そこに何もしらない貴女を放り込んで見なさい、どうなるかなんて目に見えているわ。もみくちゃにされてポイよ」

「エルダ様の言い方は厳しいですが、間違ってはいませんね。今のカラ様は殿方風に言うならば、剣も盾も持たず、鎧も身につけずに戦場にいくようなものです」

「そう、だから女としての剣と盾を持たせて、鎧を纏わせるために今から教えることは必要なの」


 そう言われて渋々午後の授業に入ったが、カラは数十分で音をあげた。


「ほら、もう一回やってみなさい!」

「無理!!」


 そう言ってしゃがみこんで既に小一時間が経過していた。何を強要されているかというと。


「微笑みは常に絶やさない」

「いや常にとか無理だよね!?」


「さり気なく体にふれるのよ、わざとらしくては駄目。いやらしくても駄目。立っていたら胸元、座っていたら太ももとかが良いわね。ふれるのは一瞬でも良いわ。同時に上目使いで目を合わせると効果的」

「意味がわからない!?」


「目に意志を乗せなさい。誰が闘志を乗せなさいと言ったの!? 相手に対する好意を乗せるの。嫌いな相手にも乗せられるようになりなさい!!」

「そんな器用なこと出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 等々、以下同文である。

 これらを習得する意味はと言うと。


「男を手玉に取る手法よ。掌の上でコロコロと転がすためのね」

「まぁ、エルダ様の言うことは露骨すぎますが。男性を自分の思うように誘導することで自分の身を殿方から守る、女の知恵ですね」


 そんなことを微笑みながら言う二人にカラは恐怖を覚えた。女性とは、こんなことを常に意識しているのかと目の前が真っ暗になる。女として生まれてしまったからには自分に出来る最上を目指そうと思ったが、自分の中に残る男であった部分が悲鳴をあげているのがわかるのだ。

 カラがしゃがみこんで顔を上げないでいると、自分を見下ろすエルダとアイリーンが、わざとらしい困り声でカラの頭上で相談を始めた。


「困ったわねぇ、これじゃあ特訓が進まないわ」

「そうですね、次の帝国学園の入学試験までに仕上げてほしいと言われているのに…… 困りました」

「仕方ないわね、今回の入学試験は見送るようにアークには私から言っておきましょう」


 エルダの最後の言葉に反応してカラが顔を上げる。その顔を見下ろすエルダとアイリーンの顔には勝ち誇った者が浮かべる笑みがあった。それを見てカラは唇を噛み締め立ち上がる。

 前世ではもっと酷く吐き気を(もよお)すようなこともしてきたのだ、今更これくらいなんだというのか、立ち止まる訳にはいかないのだ。

 カラは心に残る男のプライドや誇りを、一旦心の奥底に沈めると一歩を踏み出す。

 その背中を三日月のような笑みを浮かべたエルダとアイリーンが優しく、しかし目一杯押していた。

 こうしてカラの淑女(?)としての道のりが始まったのだ。

なんか毎回思ってる気がしますが…… どうしてこうなった?

あ~書き終わった、さて読み直しますかね……なんだこれ!?

いつものことです。

そう思っても書き直さない私。なんとかなるなる(多分)

今回の後半のエルダの指導内容はネットや雑誌から「男性がドキッとする仕草ベスト10」等から抜粋させていただきました。私の主観等では決して、決してないのであしからず。

今回も読んでいただきありがとうございました。

評価・お気に入り登録ありがとうございます、凄い励みになってます。


※騎士学校を → 帝国学園に変更させていただきました。


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