妹が教わること
アイリーンに手を引かれ、売られていく羊のように不安げな顔で連れて行かれるカラを見送って、執務室にはレオン、アーク、カリンの三人が残されていた。
「それで特訓というのは?」
アイリーンがそう言ってカラを引きずっていったため、何かの特訓をするために彼女が呼ばれたのは解ったが、その内容が解らない。
「簡単に言えば、宮廷作法の――― いや、貴族女性としての知識の学習だな」
「貴族女性…… ですか?」
「そうだ帝国学園は帝国中の貴族の子息が集まる学校だ、別名、騎士学園と言われるだけあって授業内容も実戦的なものが多く、帝国の騎士の実力を底上げしている場所ではあるのだが」
「だが?」
一旦言葉を切るアークにレオンが先の言葉を促すと真剣な眼差しでアークはレオンを見る。
「裏の顔がある」
「裏の顔?」
レオンの言にアークは頷くと先を進める。
「帝国学園に通う生徒の大半は貴族の子息だ、一般民の富裕層から来る者や、奨学金を受けて入学する優秀な若者もいるが、それは一握りにすぎない。そうなると帝国学園は貴族の社交界の将来を担う若者が、毎日顔を合わせる場所ということになる」
「なるほど、つまり」
「そう、つまり将来帝国の社交界に出る若者達の勢力争いの場ということだ」
行き着いた結論にレオンは面倒くさそうにソファーに体を埋める。態度だけでなく口にも出す。
「面倒くさいですね」
「ああ、心底な。私も慣習として仕方なく行ったが、途中で馬鹿らしくなって友人達以外とは距離を置いた。辺境伯であるため宮廷へ行く機会も少ないしな」
「ああ、それなら私も…… ん? んん?」
「気付いたか?」
自分もそうします、と口に出そうとして何かに気付いて止まるレオンに、アークは乾いた笑みを浮かべる。
「そこにカラも連れて行く訳ですか? 私と一緒に?」
「だから頭を抱えているんだ」
「なるほど、はぁぁぁぁぁ。面倒くさい」
レオンは長い、長い溜息をついて両手で顔を覆う。そうすれば嫌なものが見えないとでもいうように。しかしそんな願いも虚しく嫌な予感が暗くなった視界を埋めていく。
現在カラは六歳、いや、もう七歳になる。一年後には八歳である。その頃には今より多少背も伸びて、顔も大人びていくだろう。そうなるとどうなるか、身内の贔屓目から見ても今現在既にカラは母親のカリンに似て美少女である。それに辺境伯の娘という地位と財産が加わるのだ。それが貴族の子息がひしめく帝国学園に入り年々美貌に磨きがかかっていったらどうなるか、胃が痛くなるような厄介ごとが考えつくだけでも二桁に昇る。
ちなみにレオンに降りかかってくるであろう数だけでそれである。当事者であるカラはその比では無いだろう。
「それでアイリーンさんの貴族女性……でしたっけ? それの特訓ですか」
「ああ、付け焼刃でも無いよりはマシだろうと思ってな。しかしそれだけではどう考えても乗りきれんだろう。だからレオン」
アークはレオンの両肩に手を置くと視線を合わせる。
「カラを守ってやってくれ」
「わかっています父上。任せてください」
そうやってミスラ家の男二人が頷きあうのを、ミスラ家の女筆頭のカリンが、微笑みながら見ていた。今からカラが受けるであろう特訓に、少しの心配を残して。
そんな場景が自分がいなくなった執務室で展開されているなどとは夢にも思わないカラはアイリーンと共にミスラ邸にいくつかある応接室へと移動していた。
「さて、これからの特訓を始める前に、私の他にもう一人教師の方がこられることになっています。その方が来てから内容の説明をしましょう」
「はあ、その教師の方というのは誰なんですか?」
「貴女に近しい方ですよ。私も浅からぬ縁のある方ですが」
「私に近い人ですか?」
カラは自分の頭の中の人物録を検索するが、該当するような人が思い浮かばないため首を捻る。そうしていると応接室の扉が三回叩かれた。
「どうぞお入りください」
アイリーンが応えると扉が開く。入って来た人は確かにカラのよく知る人物だった。
「エルダお婆――― !?」
「久しぶりねぇカラちゃん。久しぶりすぎて忘れちゃったのかしら? 私を呼ぶときはエルダお、姉、さ、ん、って呼ぶように教えたでしょう?」
カラが驚きの声を言い終わる前に、一瞬で間合いを詰めると、未だ皺一つ無い手でカラの口を塞ぐとニッコリと微笑むエルダ。カラが了解の意として頷くと、ゆっくりカラの口を塞いでいた手を放す。
「お久しぶりですエルダお姉様」
「はい、良く出来ましたカラちゃん。もう忘れたら駄目よ?」
「ふふ、お久しぶりです、エルダ様」
そんなやりとりが可笑しかったのか、アイリーンが口元を押さえながらエルダに頭を下げる。
「ええ、久しぶりねアイリーン。まだ裏社交界に顔を出してるそうじゃないの、流石ねぇ」
「相変わらずの情報網ですね。まあ、顔を出すといっても、最近は見所のある娘を紹介するくらいで昔ほど派手に関わってはいませんが」
「あら、そうなの?」
「ええ、私を歳をとりましたからね」
「それはどうかしら?」
「本音ですよ?」
「あらそう?んふふふふ」
「ええ、ほほほほ」
自分の目の前で笑いあう二人の女性を見ながら、カラは顔には当たり障りの無い微笑みを浮かべながら内心冷や汗が止まらなかった。
二人は優雅に笑っているが、それは顔だけで目がまったく笑っていないのだ。それどころか二人の間の空間が緊張して歪んでいるようにすら見えている。そんな二人の間にいることが耐えられなくなり口を開く。
「二人はどのような関係なのですか?」
そのカラの問いに二人は振り向くと、気まずそうな顔でお互いの目を交し合う。それは「貴女が言いなさいよ」「いいえ、貴女にお任せします」と相手に擦りつけようとしているのが傍目から見ても解った。
暫く目で語り合っていた二人だったが、アイリーンが勝利してエルダが諦め顔で説明を始めた。
「簡単に言えば、この女は私の夫の妾だった女なのよ」
その言葉にすぐには返答せずにカラは頭を高速で使って理解に務める。そして行き着いた結果は言葉通りのものだった。
「え~と、つまりお爺様の愛人の方……ですか?」
「六歳、いえもう七歳になられるんでしたね。それにしても素晴らしい理解力ですね」
「そうね、カラちゃん愛人なんて言葉誰に聞いたの?」
前世の知識だとは言えないカラは、高速で言い訳を考えるが良い案が浮かばず、妥当なところに逃げ込む。
「侍女達が話してるのを聞いたんです、それでなんとなく調べてみて」
「なるほどね、だけどあの子達の噂は話半分くらいで聞いておきなさいな。ほとんどが尾ひれがついているはずだから」
「わ、わかりました」
なんとか信じてくれたことにホッと胸を撫で下ろすと、アイリーンがエルダの言葉を補足しはじめた。
「愛人と言ってもこちらの大旦那様に囲われていた訳ではありません。一つの大きなサロンがありまして、そちらで時たま相手をさせていただいただけにすぎません。形は違いますが娼婦のようなものですね」
「娼婦…… ですか?」
「ああ、娼婦をご存知ありませんか? 無理もない。簡単に説明しますと、報酬のために男性に体を売る女性のことです。この者達は相手を選ぶことが出来ません。ただ私がいたサロンでは女性が男性を選ぶ権利を持っていました、私と娼婦の違いがあるとすればそれです」
カラの言に勘違いしたアイリーンが丁寧に説明してくれるのだが、正直困惑顔を隠せないカラである。どう考えても、六歳の少女に聞かせて良い内容ではない。それを二人は必要なことだとでも言うように淡々と説明していくのだ。何かがおかしかった。
「そこに私の旦那が通っていたのよ。まあ、貴族の男として妾を囲うのは一つのステータスだから、怒ることではないのだけれど。やっぱりその相手が目の前にいると…… ね」
「それに関しては申し訳ないと思っています。なのでアーク様には一度お断りしたのですが、どうしてもと言われまして」
「ええ、だけどこれに関しては貴女が適任だと私も思うわ。だから一緒にカラの特訓を頑張りましょう」
「ありがとうございます。ええ、私の知る全てをカラ様に教えるつもりです」
自分をだしに蟠りが無くなったのか、頷きあう二人に恐る恐る当初の疑問を口にする。
「それで、そのアイリーン様とエルダお姉様が私に何を教えてくださるんですか?」
二人は顔を見合わせてからカラを見ると声を揃えてカラの問いに答えた。
「「女の技」です」
しばらくは大人しい日常が続く予定です。
まあ私の予定は狂いっぱなしですが……。
やっぱプロットとか書いたほうがいいのでしょうか?
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