過去の場景 前編
切り立った崖の上に立っていた。日は昇り始めたばかりで、遠くに見える地平線から顔を出したばかりだ。
眼下には幾重にも城壁が築かれた都市が見える。それを囲むように八万はいるであろう軍勢が囲んでいる。それは異形の人種で構成された軍勢だった。
背が低く緑色の表皮をした小鬼、それよりも背の高い中鬼、見上げるほどに大きく筋骨隆々で同じく緑色の表皮をした大鬼、豚が二足歩行をしたような姿の豚面人、大蜥蜴が人型に進化したような蜥蜴人、他にも様々な獣の容姿を持つ獣人達に森の民として名高い耳長族達、空には竜族から借り受けた飛竜が群れをなして旋回している。
「魔王様、城攻めの準備整いました」
自分に向けられた言葉に振り向く。振り向いた先にいたのは銀髪の耳長族の男性。良く知る顔であり、自分が治める国の宰相兼軍師を務める男だ。
耳長族の特徴である長い耳に丸ふちの眼鏡をかけ、思慮深い意思を感じさせる緑の瞳がこちらを見つめている。美形が多い耳長族の中でもその美は際立っており、国中の女性に人気があるが本人はそっち方面に興味がなく仕事一筋の姿勢を崩さない。
そんな彼を見て、なぜか懐かしいという思いが溢れてくる。そんな風に彼を見つめる自分を不思議に思ったのか彼は首を傾げる。
「どうかされましたか? 魔王様」
「いや、少しぼうっとしていたようだ、すまないなナリス」
「いえ、少しお疲れなのではありませんか? 気をつけていただかないと、魔王様の変わりはいないのですから」
「ああ、わかっている。今回の遠征が終わったら少し休むとしよう」
「それがよろしいかと。さて、それならば早く魔王様にお休み頂くためにも、さっさとここを落としてしまいましょう。では魔王様出陣前の檄をお願いできますか」
「わかった」
そうだ自分は隣国の小国を侵略中だった。そして今その国の王都を攻め落とそうとしている。
別に土地が欲しいわけではない、ただ仇敵を打倒するためには質の良い魂が大量に必要であるために仕方なくしているにすぎない、その点で人族は魂の純度も平均して良く繁殖率も強い、なにより大陸で一番の勢力をほこりその数が多いため贄としては理想的だった。
それには人族に迫害を受けていた亜人種達を率いるのが効率が良いと思い、大陸の端にあった小国で奴隷とされていた獣人達を率いて旗揚げしたのが十数年前、今では大陸の三分の一を治めるに至っている。
軍勢が整列する場所に着くと櫓が築かれており、その前には全身を黒い毛皮で覆われた獣人の男性が立っていた。顔は獣人の中では珍しくない狼の形をしており、漆黒に輝く毛皮の上には申し訳程度に軽装の鎧を着て、背中には身の丈を超える大剣を背負っていた。
旗揚げ以来の付き合いであり、戦場で共に駆けたのは一度や二度ではない。自分が一番信頼する武人であり、面と向かって言ったことはないが親友だと思っている。彼に対しても懐かしさを覚えて足を止めると自分より頭一つ高い彼の顔を見上げる。
「どうかしたか魔王様?」
「いや、少し昔を思い出していただけだガルカ」
「うむ昔か! 今でも魔王様が我等の前に現れた時のことは昨日のことのように思い出せるぞ!! 貴方は我等の救いだ!! 貴方が行くところには我等は常に従うのである!!」
「ありがとう。だが、俺が死ねと言っても死ぬ必要はないぞ、その時は私を見限って去れば良い」
「ガハハハハハハ。それは聞けぬ!! 我等は死の淵より救われた! ならばこの命は貴方の物だ!! 我等の命が必要だというなら遠慮なく使うがいい!!」
「そうか…… そんな時がこないことを祈るとしよう」
「うむ。我も死にたいわけではない!! そんな日は来ないほうが良いのである!!」
「一々叫ばないでくださいガルカ将軍。耳に響きます」
「むう、すまぬなナリス殿。戦前ゆえ、つい気が昂ぶってしまってな」
耳を押さえながら不機嫌そうに言うナリスに、怒られた犬のようにうなだれるガルカ。その光景を笑いを堪えながら見つめる。
利用するだけだと思っていた彼等を、今ではかけがえのない宝石のように感じる自分がいることを、悪くないと思えることが嬉しく思える。
「それくらいにしておけ二人とも」
「「はっ!!」」
二人を嗜めると櫓にかけられた階段を上り壇上に上がる。
壇上からはさきほど見えた自軍の兵士達がこちらを向いて整然と並び、壇上に立つ自分の言葉を待っていた。その数多の視線の重圧で身が引き締まり心が高揚し背筋が震える。先程までの和やかな二人とのやり取りを置き去り、意識を彼等の絶対的な象徴となる【魔王】へと切り替える。
「魔王様よりお言葉がある。皆、姿勢を正し静聴せよ」
一緒に壇上に上がったナリスが魔術で拡声した声で言うと、皆が背筋を伸ばし足を揃える音が辺りに響く。それを合図に前に出ると軍勢の端から端へと視線を移動してから口を開く。
「皆、大儀である」
八万の軍勢が一斉に敬礼する音が響いた。
「我等が人族と続けてきた戦争も一つの節目を迎えている。なぜなら今我等の目の前にあるガリア王国の王都スピリタス。ここを落とせば我等が国土は、北に広がり竜族が住むジオ山脈、東から南にかけて広がるクアトラ洋によって他国は西以外からの大規模な侵略は不可能となり、西への防備を固めることによって、我等は建国以来初めて安心を得られる」
兵士達の口から感嘆の声や、喜びの歓声があがる。今まで奴隷として、劣等種として扱われてきた自分達に初めて安生の地が与えられるという魔王の言葉に軍勢の全ての兵士が喜びに拳を握っていた。
「我等の安生の地を得るためには眼前の都市が邪魔だ。邪魔ならばどうする? 我等を虐げた人族の都を我等はどうする?」
「「「「「「「「「「 滅ぼす!! 」」」」」」」」」」
魔王の問いに兵士達は一糸乱れず答える。魔王の言葉は続いていく。
「よかろう。我等は眼前の都市を滅ぼそう。城壁を破壊し、家屋に火を放ち、城塞を打ち壊した後に我等が旗を打ち立てよう。では兵士は? 住人は? 貴族は? 王族は?」
「「「「「「「「「「 殺す!! 全て殺す!! 」」」」」」」」」」
更なる魔王の問いに兵士達は武器を掲げ答える。魔王は頷くと大きく手を広げて兵士達に向かって宣言する。
「よかろう――― 殺せ。男も、女も、老人であろうと、子供であろうと一切容赦するな。彼等がしてきたように、我等が悲しみを教えてやれ、我等が怒りを教えてやれ」
「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
軍勢の全ての口から雄叫びがあがる。大気が震え肌を叩くのを感じながら腕を動かし眼前の都市を指差す。
「滅ぼし――― 殺せ」
「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
魔王の号令を受け、雄叫びをあげながら軍勢が動き始めた。
それは角砂糖に群がる蟻のように城壁を黒く染め上げていく。城壁には梯子が立てかけられ次々と身軽な小鬼、中鬼、大鬼達が登り、城壁に取り付けられた鉄扉を破ろうと豚面人、蜥蜴人達が破城槌を打ち込み、獣人達と耳長族は城壁を跳び越すように矢を放つ。
都市側も負けずに梯子を打ち倒し、矢を打ち返してくるが、物量的に差があるため徐々に押し込まれていく。城壁上には小鬼達によって拠点が出来始め、鉄扉は歪みひびが入っていく。
「今日中には落とせそうですね」
戦場を見渡せる丘の上に移動して椅子に座し戦況を眺めていると、隣に佇んでいたナリスが眼鏡を押し上げながら言ってくる。
「油断はするな。奴等は我等が退くことはないと知っているのに篭城の手を取った。つまり―――」
「つまり援軍のあてがある、ですね?」
自分の言葉をさらってナリスが言うのを頷いて肯定する。それを見てガルカが嬉しそうに笑う。
「ほう、では我の出番もまだあるということか?」
「そうなるな。来るとしたら西からだ、警戒を怠るな」
「既に飛竜の小隊に四方を警戒にあたらせています。なにかあれば知らせに来るでしょう」
「では敵が来たら知らせるのである!! 我と我の部隊が蹴散らしてくれる!!」
「ええ、その時は頼みますねガルカ将軍」
「うむ! 任されたのである」
ガハハハと笑うガルカから戦場に目を移すと、城壁の上を飛竜の火の息吹が駆け抜け、城壁上にいた兵士達を消し炭にしているところが目についた。
「援軍は無駄と諦めて引き返すかもしれんがな」
そう言って魔王は椅子の肘掛に頬杖をついたのだった。
太陽が空の頂点に到った頃、目の前の都市のいたるところから火の手があがっていた。三層あった城壁は二層まで突破され、それを守っていた兵士達は全て殺され、通行の邪魔にならない場所に何箇所にも分けられ堆く積み上げられている。
最後の城壁も既に風前の灯で、城壁に設置された階段を死守する形で都市の兵士達が階段周りに少数残るのみであり、他の城壁上は魔王軍が埋め尽くし、最後の鉄扉には何度も破城槌が打ち込まれ、その後ろでは城塞に避難していた住人達が、最後の希望を守ろうと身体を押し付けて何度も打ち込まれる衝撃に怯えながら鉄扉が押し倒れないように支えていた。
「援軍は間に合わんか」
「そのようですね。六百年続いた古都と言う割にはあっけないものです」
「ふん、過去の栄光に胡座をかいて、防備に備えなかった愚か者の都市だ。過去の偉大な王達も嘆いているだろうさ、自分達が築いた栄光が後継達の愚鈍を招いたのだから」
「辛辣ですね。まぁ、事実だけに弁護は出来ませんが」
「精々仇敵を打倒するための良い糧になってくれることを祈ろう」
「まさに……」
魔王とナリスがそんな会話をしている横でガルカだけが苛苛としながら西を凝視していた。
「まだであるか援軍は!!」
とうとう我慢出来なくなったのかガルカが叫ぶ、それを呆れ顔で見るナリス。
「敵軍の援軍をそこまで待ち望むのは貴方くらいですよ将軍」
「すまぬナリス殿。しかしおかしいではないか! 友軍が危機にさらされているのだぞ何故奴等の援軍は来ぬのだ!!」
「それは簡単です、私達の進軍が彼等の想定以上に早かったためですよ。私達は通常の軍であれば十日はかかる距離を七日で行軍しました。八万の軍勢でこれを行うのは人族では不可能。異種族を混成して作った我が軍だからこそ実現できたのです。それゆえに彼等の対応は遅れ、援軍が間に合わない現状が生まれているのです」
「ぬぅ、なるほど。援軍が来ぬのは我等のせいであったか」
「来たとしても救援を間に合わせるために駆け続けた人も馬も疲れはて、容易に撃退できる状態になっているでしょうね」
「なんと! それでは援軍が来たとしても強敵との遭遇などないということであるか!!」
「それでいいんですよ!! 軍の損失を減らすのが目的のためなんですから!! この戦闘狂が!!」
さすがに堪忍袋の緒が切れたのかナリスがガルカを怒鳴りつける。そうして肩を落として落ち込むガルカに二人の前に座る魔王から笑いを含んだ声がかけられる。
「喜べガルカ。お待ちかねのお客様の到着だ」
その声にすぐさま二人は西に目を向ける。そこに見えたのは騎馬の部隊一万程が砂煙をあげてこちらに向かってくる姿だった。
「来たか!!」
「予想より多いですね。ガルカ将軍直下の兵一万では被害が大きくなる可能性があります。私直下の兵一万も加えて迎撃して魔王様の守りは近衛隊五千に任せます、よろしいですか魔王様?」
「ああ」
「では、ガルカ将軍は正面から私は右と左の二面から攻め込みます。油断は禁物ですよガルカ将軍」
「愚問である!! 武人同士の戦いはつねに全力を出すのが相手に対する礼儀なのである!!」
そんなやり取りをしながら二人は自分の直下軍へと向かうと軍を動かしてこちらへ向かってくる敵の援軍を迎え撃つ。本陣であり魔王である自分がいるここを狙うつもりなのか敵軍は槍状に軍を展開し一直線にこちらに駆けてくる。それに対しこちらは先程ナリスが言っていたように、ガルカ率いる獣人主体の騎馬軍が正面から激突し、ナリス率いる耳長族主体の騎馬軍が両側面から矢と魔術によって発生させた風刃や岩弾を打ち込みによって敵騎馬の数を減らしていった。
一話で終わるはずが終わりませんでした(汗
次回は後編となります。
最近お気に入りや評価してくれる方が増えて嬉しいです。読んでくれる人がいると思うとやっぱりモチベーションが上がるものですね。
意見、感想もお待ちしていますのでよろしくお願いします。
ではまた。




