姉妹
カラは館のテラスに備えられたガーデンチェアに腰掛けて、紅茶を飲みながら分厚い本と向き合っていた。
いつも一緒にいることが多いレオンは、アークと一緒に商会の昼食をかねた寄り合いに出席するため出かけている。辺境伯の跡継ぎとしての顔見せの意味もあるそういった寄り合いに最近レオンは出席することが増えていた。
ちなみにカラが読む分厚い本の題名は【グローリア帝国第五十八代皇帝クラウス・ヴォルフガング・ソウ・アドラーの半生】となっており、カラの実父の生誕から現在を記した本で、現在帝国で売れに売れている本である。それだけで現皇帝の人気がどれだけあるかわかる。
内容なのだがこれ本当に実話か? というほど常軌を逸しているもので、著者の誇張が入ってはいるのだと思うがそれでも凄まじい内容だ。
生誕から数ヶ月後には兄妹から命を狙われ続け、成人した後は兄弟達との国を割った内戦、それを勝利で終結し皇帝へとなったと思えば内戦で疲弊したところに王国からの宣戦布告、そのまま帝都まで攻め込まれるが奇跡の逆転劇で撃退し、その後は帝都内で悪政を行っていた貴族達への粛清、それによる貴族達の反乱、鎮圧。そうやって腐敗貴族という膿を出したことが後々帝国の強化に繋がっているため、著者はこれらは全て計算尽くだったのではないかと記している。
読んでみた感想を言わせてもらえば戦争三昧の半生だとしか言いようが無いのが困ったものである。しかし現在帝国は平和だ。王国との小競り合いは数年に一回あるが帝国も王国も牽制程度で国境を超えることはなく、経済も上手く回っている。現皇帝は良い皇帝だと民衆はそう思っているのだろう。
しかしカラとしては生後間もなく、その皇帝である実父に殺されかけたことがあるため良い印象が持てないのだ。後にレオンから事情や皇帝の想いを聞かされ納得はしたが、若干の苦手意識が未だにしこりのように残っている。
こればっかりは仕方ないと読み終わった本を閉じて、さて次は何をしようかと思っているとテラスに面した扉が勢い良く開け放たれ、そこから小柄な二つの人影が飛び出してきた。
そのまま二つの人影はカラ目掛けて突進してくるが、カラはそれを避けずに二つの衝撃に耐えると自分の平らな胸に顔を埋める二つの赤い頭を見下ろす。
「一体どうしたのかな? クリス、アリア。びっくりするじゃないか」
「メイが酷いのよ姉さま!」
「メイが意地悪なのよ姉さま!」
父であるアークと同じ赤い髪と鳶色の瞳を持ち、互いに同じ造形の顔をした幼児は髪を後ろでポニーテールにしているのがクリスティナ、通称クリス。両端でツインテールにしているのがアリアである。今日はクリスが白に橙色のレースのリボンをあしらったドレス、アリアが白に赤色のレースのリボンをあしらったドレスを着ている。アークとカリンの間に四年前に産まれた双子でカラとレオンの可愛い妹達である。
四つの鳶色の瞳が自分を見上げ、二つの口から館の侍女であるメイの名前と、メイを非難する言葉が飛び出してくるのを眺めていると、二人が飛び出してきた扉から息を切らしてメイが現れた。
「こ、ここにいましたか。クリスティナ様、アリア様」
メイの姿を確認した二人は、カラの後ろに体を隠すと顔だけを出してメイを覗き見る。それほど体格が違わないために、所々はみ出ていたりするのだけれど。
「さぁ、カラ様の背中に隠れてないで、お二人とも部屋にお戻りください!」
「嫌よ! 姉さまメイは酷いのよ!」
「嫌よ! 姉さまメイは意地悪なのよ!」
自分達を庇護するように目で訴える二人を困り顔で振り返ってからメイを見ると、メイの顔にも同じような表情が浮かんでいた。
「それで、どうしてこうなってるのかなメイ?」
「お二人お勉強から逃げているんです。家庭教師の先生がお部屋で待っているのに」
「――― なるほど」
二人の方に向き直ると、顔を引きつらせて逃げる準備に取りかかっていた。自分達が悪いことは自覚していたらしい。逃げようとする二人の首根っこを捕まえるとメイを振り返る。
「今日の先生は誰だったっけ?」
「メルシェ先生です」
「ああっ、メルシェ先生か、僕もレオンもお世話になった先生だよ。数ヶ月で、もう自分が教えることは無いなんておかしなことを言って辞めてしまったけれど。久しぶりにご挨拶するのもいいねぇ」
「それならカラ姉さまだけいけば良いと思うのよ!」
「そうなのよ!」
なんとか逃げようとする二人をしっかりと捕まえて放さずに、メイに目配せする。メイは心得た顔で頷くと二人を両脇に一人ずつ抱えて持ち上げると、二人の非難の声を何処吹く風といった風に受け流して館へと戻っていく。
カラはその後ろをついていき、途中すれ違った侍女に、テラスに置いてきたティーセットと本を片付けてもらうように頼んでおくのも忘れない。
メイが目的の部屋の扉の前に到着したけれど、両脇に双子を抱えているため扉を開けれないので扉を開けてあげる。先に部屋に入ると切れ長の瞳を眼鏡で隠した白髪の女性が椅子に腰掛けていた。
カラは片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて挨拶をする。何度も何度も、足が痙攣するほど練習したそれは六歳の少女がしたとは思えないほど完璧に行われる。
「お久しぶりですメルシェ先生。妹達がご迷惑をおかけしました」
「ええ、久しぶりですねカラ嬢。かまいませんよ、四歳のお子様とはそういうものです。貴女や貴女の兄君であるレオン様のほうが特殊なのですからね」
メイに連れられた双子を椅子に座らせて机に座らせると、メルシェ女史の授業がはじまった。
四歳に教える数式であるため難しいものではなく、加法の基本である足し算と引き算の勉強だ。メルシェ女史の教え方は生徒の自由性を考え、まず最初に答えとなる数字と数式を書き、最初に書かれた答えの数字になるよう数式の空欄に好きな数字を書かせるというもので、自分で考える力を養うため自力をつけさせるには上手いやり方である。□ は空欄として式の例を出すと下のようになる。
□ + □ = 6 □ - □ = 3
クリスとアリアは諦めたのか問題と睨みあって、首を捻ったり、唸ったりしながら問題を解いていく。
カラはメイに全員分の飲み物を頼むと、扉に近いところにある椅子に腰掛けて授業風景を眺めることにした。
メルシェ女史は双子が間違うと指摘して、質問されると丁寧に説明している。自分とレオンの時は前世で覚えたことの復習作業にすぎなかったため、今のような指摘も説明もなかったので気付かなかったが、こうやって客観的に見るとメルシェ女史が優秀な教師であることが良くわかる。
これなら妹達も優秀に育ってくれるだろうと安心する。少し我侭なところもあるが素直で可愛い妹である。劣等であっては駄目だ、などとは言わないが優秀にこしたことはない。
メイが持ってきてくれた紅茶を飲みながら観察していること暫し、授業が終了したのかクリスとアリアは椅子から素早く下りると、メルシェ女史に挨拶もせずに部屋から飛び出そうとするので、拳骨を作って二人の頭に振り下ろす。
「痛っ!?」
「あー!?」
「二人とも何か忘れてるんじゃないかな?」
「うぅぅ、メルシェ先生ありがとうございましたの」
「あぅぅ、またよろしくお願いしますの」
「はい、クリスティナ嬢、アリア嬢、今日は良く頑張りましたね。宿題を出しておくので、次の授業までにやっておくこと。良いですね」
「「分かりましたの」」
二人が頷いたのを確認するとメルティ女史は帰り支度を手早くすませると扉へと向かい、途中カラへと頭を下げる。
「それではカラ嬢、兄君のレオン様によろしくお伝えください。クリスティナ嬢、アリア嬢、今日の宿題は復習も兼ねているので、忘れないうちにするのですよ」
「ありがとうございました、メルティ先生。二人には私からも言っておきますので。メイ、正門までお見送り差し上げて」
「かしこまりました、お嬢様」
メイに連れられて帰っていくメルティ女史を見送ると、カラは妹達に向き直る。
「さて、二人とも宿題はどうするんだい?」
「夕食が終わってからするの」
「そうするの」
「やり方が頭に残っている今のうちにやっておいたほうが良いと思うけどねぇ、大丈夫かい?」
「分からなかったら姉さまに聞くから良いのよ」
「兄さまでも良いのよ」
最初から人を当てにする妹達の態度はあまり良ろしくないとは思うが、自分もレオンも答えをそのまま教えるような駄目な優しさは持ち合わせていないので大丈夫だろうと肩をすくめる。
「分かったよ、それじゃあ夕食後の時間は空けておこう。それで? 二人はこの後どうするんだい?」
「姉さま暇なのでしょう? クリスが遊んであげるのよ」
「姉さますることないのでしょう? アリアが遊んであげるのよ」
本当は自分達が遊んでほしいくせに、姉が遊んでほしいように言う双子に苦笑が浮かぶ。双子の態度は「自分達は偉いでしょう? 褒めても良いのよ」と身体で語っているが、瞳には断られるかもしれないという不安が宿っているのが可愛らしい。だから自分の方があっさり折れてあげることにするのだ。
「それは嬉しいねぇ、何をして遊んでくれるのかな?」
その言葉を待っていたのか双子はカラの手を片方ずつ握ると引っ張りはじめる。
「また、水の鳥さんを出してほしいのよ」
「私は土の小人さんと遊ぶのよ」
「はいはい、分かったよ。そんなに引っ張らなくても大丈夫だから」
キラキラと瞳を輝かせる妹達に引っ張られるままカラは庭まで歩いていくと、精霊魔法で水の鳥の群れを羽ばたかせ、土で出来た小人を作って鬼ごっこをしたりと夕食までの時間を妹達と遊んで過ごした。
夕食前になるころには妹達の白かったドレスは所々土で汚れて茶色くなってしまっていたため、カラは双子と一緒にメイに怒られることになり、夕食後に双子の宿題を一緒にみることになったレオンに笑われることになるのだった。
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