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武術と魔術

 カラとレオンは朝食を食べると庭に出ていた。

 今日は運動する予定なので、食事は軽めにしてすぐ動けるようにしている。二人の手には木剣が握られており、服装も汚れて良いような質素なものだ。

 カラはアークとカリンから男の真似事は止めるよう言われているが、聞くつもりはなかった。前世では剣を持ち幾多の戦場を仲間達と駆け巡った自分である。今は女として産まれたからといって剣を捨てる気は無い。もちろん女としての修行も怠るつもりはないのだが。


「先生方が来る前に軽く打ち合うか」

「いいよ~」


 二人は向かい合うと木剣を構える。


「そうだ、また賭けをしようレオンお兄様」

「からかう時だけお兄様をつけるのを止めろカラ。それで何を賭ける?」

「そうだねぇ、勝ったほうが好きなことを一つ命令できる。でどうかな?」

「またそれでいいのか? 私に有利すぎる気がするが」

「いいよ~、いつまでも僕が負け続けとは思わないことだね!!」


 三つ編みにされた髪をなびかせながら木剣を上段から打ち込むカラ。それは六歳の少女が繰り出すとは思えない鋭いものだったが、レオンは危なげ無く木剣同士がぶつかった瞬間に左手の力を抜き、カラの剣筋を左に受け流すとがら空きになった細い腰に向かって容赦なく蹴りを叩き込む。


「あぐっ!?」


 この頃の子供で三歳差というのは精神年齢もそうだが体格差が顕著だ。カラとレオンもご多聞に漏れずカラはレオンの頭一つ分身長が低く、体重もその分軽い、その上男女の差もあった。

 そのためカラの体が一瞬宙に浮いて横に倒されるのも当然の結果だ。しかし、倒れると同時にカラは地面に手をつくと不安定な体制のままレオンに向かってお返しとばかりに蹴りを放つ、それを軽く下がって避けるとまだ体勢を立て直していないカラに突きを放つ、カラはそれから転がって逃げて距離を取りレオンに向かって木剣を構える。


「それで?まだ続けるのか?」

「もちろん!!」


 お互い笑顔を浮かべると木剣を打ち合わせ、フェイントを織り交ぜながら庭を駆け回る。それは六歳の少女と九歳の少年が交わせるようなものではないのだが。

 そんな攻防を暫く続けていると、正門から二人の人物が執事のハスラーに連れられて入ってくるのを見つけ二人は手を止めた。


「「おはようございますジーク先生、ミアン先生」」


 カラとレオンは入って来た二人の下に駆けると声を揃えて挨拶する。


「おはよう、早速やってたみたいだね二人とも」

「おはようございます、カラ様も女の子なんですから、顔や体に傷がつかないよう気をつけてくださいね」


 爽やかに笑う青年はジーク。茶色の髪を短く揃えており、透き通るような碧眼がはめ込まれた顔は整っている。さぞ女性にもてることだろう。腰に()かれた両刃剣には精霊文字が刻まれ、微かだが精霊の気配を感じさせる。

 カラの頬についた汚れを(ぬぐ)いながら心配する女性はミアン。薄緑色の腰まで伸ばされた髪を四方向に三つ編みにして前と後に二本ずつ垂らし、カラの母であるカリンと並んでも見劣りしない美貌に髪よりも濃い緑玉(エメラルド)の瞳がはまっている。三つ編みの横から覗く耳は長く、彼女が耳長族(エルフ)であることを表していた。身体に纏うのは濃紺に染められたゆったりとしたローブ。手に持つのは(ねじ)れた霊木の杖で精霊文字が刻まれており、こちらも微かに精霊の気配を放っていた。彼女を見るたびにレオンは前世で共にあった家臣の一人を思い出したが表には出さない。

 そんな二人の首には銀鋼(ミスリル)の金属板がかけられ彼等が一流の冒険者であることを知らせている。

 公務が忙しくレオンの鍛錬に付き合えないアークが、冒険者ギルドに頼んだ剣と魔術の教師が彼等だった。ちなみにカラはレオンに引っ付いてアークには秘密で鍛錬を受けており、使用人達もカラに上目遣いで懇願され、その可愛さに撃沈されて全員が黙認している状態である。


「それでは今日は始めは軽く、模擬戦をしてみようか。正直僕の剣術はこの国では傍流(ぼうりゅう)だからね。下手に覚えて後々足枷にならないとも限らないから。二人の長所が伸びるようにしていこうと思ってるんだ」


 ジークがそう言うとカラとレオンは頷く。それからレオンは一度館に戻ると自分より二倍はある棍を持って出てきた。


「今日は木剣ではなく棍を使って良いですか?」

「えっと…… アーク様には剣を教えるように言われているんだけど……」

「父上には私から言っておきますから大丈夫です。私は槍のほうが得意なのでこちらのほうが良いんです」

「うーん確かに、冒険者だったら自分にあった武器を使うのが一番良いんだけど…… 良いのかなぁ」

「本人が良いって言ってるんだし良いんじゃないかな?」

「ミアンがそう言うなら、それじゃあ今回は二人で僕と模擬戦しようか」

「二人同時で大丈夫ですか?」

「良いのかなぁ?」

「ははは、一応これでも銀鋼(ミスリル)冒険者だからね。君達に負けるようじゃやっていけないよ。どこからでもかかっておいで」


 この言葉にカラとレオンは多少プライドを刺激されて、内心燃え上がっているのだが表には出さずにジークと向かい合う。

 まず先手を打ったのはレオン。棍の範囲(リーチ)を最大限利用した一撃がジークの喉下に迫る。その一撃を見ながら思った以上の棍の鋭さに関心しながらも、ジークは真っ先に急所を狙う幼さに笑みを浮かべる。体勢を崩してからでなければ、急所への一撃など普通なら熟練者には届かない。その一撃を余裕をもって避けようとしたが、それを狙っていたように棍は軌道を変えて避けるために僅かに体勢が崩れたジークの胸へと迫る。慌てて木剣ではじき返すが、木の柔軟性を持つ棍はすぐさま軌道を修正しジークの顔、胸、腹、手、足のいたるところを狙って打ち込まれ、ジークはレオンの槍捌きに驚愕しながらも全てを弾いて距離を取る。


「凄いな、独学で覚えたのかい? 今からでも冒険者として通用するよレオン」

「お世辞でも嬉しいですね」


 偽りの無い賞賛をレオンに送りながら、ジークは警戒ランクを引き上げる。目の前の少年が九歳の少年などとは既に頭の片隅にしか残っていない。しかしそれがいけなかった、レオンに集中しすぎたジークはもう一人の相手の存在が視界から消えていることに気付かない。


「ふっ!!」


 短い気合と一緒にジークへと駆けるカラ。ジークの死角を見極め左斜めから切りかかる。レオンに集中しすぎて直前まで気付かなかったジークは大きく飛びのいて避けると、それ以上深追いしてこないカラを見る。


「鋭いね、いくら小柄だからって僕にあそこまで気付かせないなんて――― 怖いな」


 ジークは目の前の兄妹を見て苦笑いを浮かべる。

 最初は冒険者ギルドのギルドマスターに頭を下げられて渋々受けた依頼だった。最初の鍛錬の時にレオンの、次の鍛錬の時にカラの(初回はアークが顔を出していたのでカラは参加できなかった)才能に驚き、この兄妹がどれだけ伸びるのか見てみたいと思い未だにここに通っているのだが、これはうかうかしていると自分が踏み台にされてしまいそうだと新たに気を引き締め、こちらに駆けてくる二人に向き直った。


 その後は自力が勝るジークがカラとレオンを圧倒し、結局体力が切れた兄妹が芝の上に倒れこみ「負けました」と言って終了した。

 ハスラーが持ってきてくれた果汁を水で割った果汁水を飲みながら休憩すると次はミアンの出番である。


「まずは復習からいきましょうか。魔術と言えば?」

「精霊魔術です」

「治癒術じゃなかった?」


 二人の答えに頷くミアン。


「うん二人とも半分づつ正解だね。魔術とは精霊魔術と治癒術、他にもあるけど、大まかに分けるとその二つだね。では魔道とは?」

「「魂魔道」」

「正解。魂魔道は全ての魔術の基本で原点。魂魔道を極めれば極めるほど、他の魔術の自力も上がると言われてる。精霊魔術なら精霊との交信深度、上位精霊との交信成功率。治癒術なら治癒の神との繋がりの強化による怪我の治癒の速度、治癒の精度。その他の魔術に関してもそれは当てはまるんだ。さらに極めれば超越者、簡単に言えば神様にもなれると言われてる。創造神以外の神はみんなこの超越者だと言われてるね。まぁこれは伝承で実際本当なのかは私も知らないんだけど。よし、座学も基本は十分覚えてるみたいだね。それじゃ今日はお待ちかね一番主流の精霊魔術を練習しようか」


 実技に移るとなってカラとレオンは嬉しそうに顔を見合わせて笑いあっている。そんな可愛らしい二人を見れて、この依頼を受けた過去の自分に称賛を送るミアン。そんな幸せな思考を真面目なものへと切り替えると二人に向き直る。


「それじゃあ、まずは精霊との更新に使う念話の練習から始めようか、まず――― 」

『念話なら出来ます』

『御手の物だよ』

「へっ!? 嘘っ!?」

「どうしたミアン?」

「えっ? ジーン貴方なにも感じなかったの?」

「ん? 何がだい?」 


 まず突然頭に響いた声に驚き、次にその意味に驚くミアン。

 その様子にジーンが心配そうに声をかけ、原因の兄弟は訳知り顔で微笑んでいる。それからジーンが原因に気付いていないことに驚愕する。

 ジーンも一流の冒険者で、剣が主体とはいえ精霊魔法も中級まで使いこなす術師なのだ、当然念話も習得している。であれば念話の性質状、傍受とはいかないまでも雑音くらいは感じ取るはずなのだ、それがないということは傍受出来ないほど精度の高い念話であるということ。まだ年端もいかない少年と少女がである。


「二人とも念話使えるの?」

「使えます」

「使えるよ」

「へ、へ~、そ、そうなんだ。凄いね」


 凄いどころではなく、この歳で念話が使えるのは異常なのだが、しかも上級精霊と交信できるほどの精度である。少し得意げに笑う可愛らしい兄妹が一瞬何か違う生物に思えて背筋が寒くなる。しかしミアンは考え方を変えてみることにする。これだけの才能をもった原石を自分が磨けるという僥倖、しかもそれが二つ。先程とは違った心地よい感覚が背中を走り、ミアンの顔に笑みが浮かんだ。


「精霊へ念話を送ったことは?」

「やってみたことはあるんですが、語りかけても返事はありませんでした」

「僕もそうだねぇ」

「語りかけるっていうのはどんな風に?」

「? 人へ念話を送るのと一緒です」

「なるほど、原因はそれだね。精霊と私達では言語もものの感じ方も違う。語りかけるのではなく自分が精霊達にしてほしいイメージを念話で精霊に送ってみるんだ。そうだね、試しにこれをやってみようか」


 次の瞬間ミアンの掌の上に、蝋燭につけたような小さい火が現れる。カラとレオンはそれを見て素直に頷くと掌を机の上にかざして集中する。暫くすると二人の掌の上にミアンと同じように小さい火が現れユラユラと揺れていた。


「うん、念話が出来てるからコツを掴めればすぐだったね、それが精霊魔術の基本。大事なのはイメージ。自分が精霊達に何をどのようにしてほしいかを上手に伝えるのが大事だよ。イメージを明確にするために呪文を口に出しながら使う人もいるけど私はお勧めしないかな、相手が魔獣みたいに言葉を理解しない相手なら問題ないけど、理解できる相手だった場合自分がなにを精霊にお願いしたか筒抜けになるから」

「なるほど」

「つまり長々と呪文を詠唱したりとかはしなくていいんだ」

「そうだね、余程複雑なことをお願いする時以外は呪文はいらない。さて、基本は大丈夫みたいだから次は属性について覚えよう。精霊の属性は分かるかな?」


 ミアンの問いに二人は頷くと、指を四本立てる。


「火・水・土・風の四大精霊です」

「そう、精霊はその四種類に分けられる。火は風に、水は火に、土は水に、風は土に、それぞれ強い。あとは各精霊ごとに精霊王、上級精霊、下級精霊と階級があって精霊魔術の特級なら精霊王と、上級なら上級精霊と、中級、下級は下級精霊といったふうに交信できる精霊で分かれるんだ。その中でも精霊王は特別で、契約を結ばないと力を貸してくれないという話だね」

「先生の階級は何ですか?」

「私? 私は今は土と風だけ上級で他は中級だね」

「交信できれば全て使える訳ではない?」

「そうだね、人同士でも相性があるように精霊にも相性があるんだ。魂魔導をもっと極めて交信力を上げれば全て使えるようになるはずなんだけど…… 私もまだまだってことだね。二人ならすぐに中級まで使えるようになると思うよ、それから魔術は精神的に疲れるから使いすぎは厳禁ね」


 その後、カラとレオンは精霊との交信の練習を続け、日が沈むころには下級を使いこなし中級のとっかかりを掴むところまで習得していた。

 二人の上達の速さにミアンは舌を巻いたが、生徒の上達に嬉しさも感じていた。

 しかし、それから数ヶ月後には二人は中級を使いこなし上級精霊との交信まで出来るようになりミアンを焦らせるのだが。それはまた別のお話。


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