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晩餐会

 普段は使われずに閑散としているミスラ邸の大広間も今日だけは大きなテーブルがいくつも並べられ、その上には飴色に光沢を放つローストされた雉肉、豚のスペアリブが一頭分香草・岩塩で味付けされ窯で焼かれた物が皿を飾り、肉類だけでなく鮭を燻製にした物が薄切りにされ花のように盛り付けられ、その周りを色取り取りの野菜が囲んでいる。その横にはニジマスのオイル焼きから始まり鯉のトマト煮、ルードゥス連合から取り寄せた香辛料を使った魚料理。パイも牛・豚・鳩と様々な肉を使ったものから林檎や洋梨など果物を使った物があり、他にも卵料理・サラダ・多種多様なパンなど料理長が腕によりをかけた料理が所狭しと並んでいた。

 そのテーブルの回りを固めるのは普段は侍女として働く者達がウェイトレスとして様々な酒・果物を搾ったジュースを給仕している。

 それに舌鼓を打つのは、今日招待された辺境領を代表する有力者達である。

 その業種は様々で辺境都市の大通りに店を構える商人から、連合から砂漠を渡ってきた貿易商、辺境領に隣接する領主の貴族達、中には個人で店を出す腕の良い職人などが招待され参加していた。

 そんな中で商人達は少しでも顔を広げようと挨拶回りを行う者、馴染みの貴族と談笑の合間に商談の香りを(にじ)ませたりと商魂(たくま)しい。

 貴族の子女達は慣れたもので顔見知りの者達で集まり、男子は騎士学校の話や自分が持つ剣や馬に自分が習得した精霊魔術の自慢話、女子はドレスの流行色や意匠、気になる殿方の話で盛り上がっている。

 会場の端では、流れの吟遊詩人が客達のリクエストを受け取って自慢の歌声と竪琴の音色を披露していた。


 暫くすると主催者であるアークの入場が知らされ場内の皆は大広間の入り口に視線を向ける。黒に金糸をあしらった礼服を着こなし、いつもは後ろで結んだ赤髪は解かれ炎のように揺らしてアークが入ってくる。その間にウェイトレス達は飲み物が満たされた銀杯を盆に載せて歩き回り賓客達に渡していく、杯が全員に行き渡ったのを確認するとアークは口を開いた。


「諸君、まずは今日この場に集まってくれたことに感謝する。既に慣習となりつつあるこの晩餐会だが、今回初めての方々もいるだろう、改めて挨拶させていただく。私はアーク・シュレイ・ミスラ、この辺境領を預かる者だ。いまだ若輩者だが皆の――― 」


 そんな挨拶を目立たないように壁に背を預けながらカリンは見ていた。手には先程配られた果実酒が満たされた銀杯を持っている。腰まで伸ばされた銀髪は三箇所から編み込まれ首の後ろで纏まり三つ編みにされ青い花を(かたど)ったヘッドドレスがつけられ、髪に合わせた白銀を基調に青い花を刺繍されたスレンダーラインのドレスはカリンの細い身体を強調している。


「はぁ~、やっぱこうやって見ると領主様って感じっすね~」

「それじゃいつもはそう見えないみたいだよエマ」

「そういう訳じゃないっすけどね、いつも気さくなんで時々領主様だってこと忘れちゃうんすよね」

「だけど立派ですね。こうやって見ると私とそんなに年が違わないなんて思えません」


 そう言うミナの格好は黄色のベルラインのドレスを身につけハイウエストからのスカートがフワッと広がり可愛らしい、いつも通り頭の天辺で纏めた茶髪がカリンの目の前で揺れ、これもいつも通り幼さを強調していた。

 その隣でハムとチーズ・ピクルスを乗せたビスケットを頬張るエマが着るのはミナと同じベルラインのドレスだが色は薄い緑でローウエストからのスカートで大きい葉が何枚も重なっているように広がり、鳶色の髪は後ろでポニーテールにして緑の葉を模ったヘッドドレスをつけている。

 エマが二枚目のビスケットに手を伸ばす頃アークの挨拶も終わりに近づいていた。


「――― とまぁ堅苦しい挨拶が続いてしまったが、折角の料理が冷めてしまう前に始めるとしよう。今宵は皆気兼ねなく存分に語らい飲み食べてほしい」


 アークは銀杯を掲げると晩餐会の開始を宣言した。


「グローリア帝国と我らが辺境領の繁栄を願って――― 乾杯」


 乾杯の合図と共に皆が銀杯を高く掲げ晩餐会が始まった。


 始まった途端にカリンは晩餐会に(無理矢理に近かったとはいえ)参加したことを後悔していた。

 アークの挨拶が終わり、目をつけていた鳩肉のパイに突撃しようと一歩を踏んだか踏まないうちにカリン達三人は数人の男性陣に取り囲まれてしまったのだ。男性陣はカリンが鳩肉のパイに目をつけていたように彼等は彼等でカリン達に目をつけており、口々に自己紹介という包囲網を展開していきカリン達はそれに応えねばならず釘付けにされているのだ。

 カリンとしても自分の容姿が他人より上等な部類だと自覚しているので壁の花となろうと壁際で大人しくしていたというのに、彼等はそんなカリンを最初から知っていたように寄ってくるのだ。晩餐会での男性陣の女性への嗅覚恐るべし、である。


「お名前を伺ってよろしいですか? 美しい方」

「あちらで何やら催し物があるとか、よろしかったら共に回りませんか?」

「どちらのご令嬢の方ですか?」


 などとにこやかに、あくまで無理強いせず紳士的に申し出てくる男性陣。しかし包囲を緩める気は毛頭無いらしい。目はミナとエマを通り抜け、カリンに集中している。

 その度に三人は各自、内心溜息をつきながらも笑顔でミスラ家の客人であること、今日はアークの好意によって出席しているだけであることを伝えて丁重に誘いを断ろうとするのだが、どうしても大人しく引き下がらない。


「なるほどアーク殿のお客人でしたか、彼も人が悪いこれほどの美しい花を懐に隠していたとは」

「しかし、今日のお相手をさせて頂くくらいならばアーク殿も許してくれるのではないですか?」

「そうです、よろしければ外に出ませんか? 今日は庭園が開放されているらしいのです、此処の薔薇の庭園迷路は見所がありますからね」


 そんなやりとりが暫く続いており笑顔で応対していた三人だが、内心冷や汗ものである。一言でも「はい」と答えれば言質は取ったと連れ去られるのは目に見えているのだ。抜け道がない迷路に迷い込んだ心地だった。

 そうやって必死で維持していた防衛線も崩壊する時がくる。

 まず崩れたのはミナだった。それは突然起こる。必死で応対しているミナを可哀想に思ったのか男性陣の外から少年が割り込んでくると「いい大人が女の子困らせるなよ!」と言うとミナの手を引いて駆けていってしまったのだ。ミナは何が起こったのか分からず連れ去られ、場にいた全員が唖然となった。

 逸早く立ち直ったエマはカリンの手を取り男性陣の横をすり抜けるとカリンの背を押して向き直り、男性陣との間に壁になるように立ち止まる。


「さっ今のうちに逃げるっすよカリン姉さん」

「ごめんエマ。ありがとね」


 背を押されるままに男性陣から逃げると、人目がない所へいこうとカリンはテラスから庭へと出る。後ろを振り返るとエマを振り切った何人かの男性が自分を探す姿が目に入った。しつこい。

 辺りを見回すと庭の中を灯りがいくつも行ったり来たりを繰り替えしている所があった。ここ数ヶ月の記憶を掘り返してみると、そこには薔薇の庭園迷路があったのを思い出す。

 隠れるのに丁度良いと思い一番灯りの大きい所まで歩いていくと、庭園迷路を散策する客にランプを配る顔見知りの顔を見かけたので声をかける。


「おつかれさまです、ハスラーさん」

「おや、カリン様こんばんは。晩餐会は楽しんでおられますかな? 今日の料理は料理長が腕によりをかけたと言っておりましたからな、美味しゅうございましたでしょう?」


 ニコニコと笑って聞いてくるハスラーに苦笑いを浮かべる。とても楽しめる状況ではなかったのだ。テーブルの上にのっていた料理を思い出し溜息をつく。


「散々です。料理に手をつける前に貴族の男性方に手をつけられそうになりました」

「ホッホッホッ、それはそれは、災難でございましたな。手をつけられても良い殿方はおりましたか?」

「…… いたら逃げてきませんよ」

「それは重畳。まだアーク様にも希望はありそうですな」

「…… なんでアーク様の名前が出てくるんですか?」


 ハスラーは意味ありげな笑みを浮かべるとランプを手渡してくる。


「お分かりでございましょう?」

「…… 知りません!?」


 カリンはランプを受け取りながら切に願った。顔が赤くなっているであろうことをハスラーがランプの灯りだと勘違いしてくれることを。


 それから暫し遅れてアークはエマに助けを求められてカリンを探しに庭に出ていた。求愛者の女性陣に囲まれて辟易していたところだったので正直助かりもしたというのもあるが、それよりもカリンが心配だった。この気持ちが何なのかレオン達によって気付かされてから、どうすれば一番良いのか未だに答えは出ていない。

 テラスを歩いていると後ろから声をかけられ振り返る。


「お探し物ですかなアーク様?」

「…… ハスラー。カリン殿を見なかったか?」

「ええ、お見かけしましたよ。アーク様もですかな? 貴族の若君方も探しておられましたぞ」

「どこだ!?」


 アークはハスラーの肩を掴んで問いただす。その態度におやっ?と思った後、内心ニヤリと笑いながらハスラーは用意していた答えをアークに手渡す。


「アーク様ご自慢の薔薇の庭園迷路に向かわれましたよ。あちらにランプの灯りがいくつも見えますでしょう? その中で他の灯りより赤みが強い灯りが見えますかな?」

「ああ」

「それがカリン様です。急ぎませんと他の方に先を越されますぞ」


 ハスラーの用意のよさにアークは今回の計画をおぼろげながら察して片手で顔をおおうとハスラーを睨みつけた。


「…… 感謝はしないぞ! ハスラー」

「ホッホッホッ、吉報をお待ちしておりますよアーク様」


 ハスラーの笑い声を背に、アークはテラスの階段を飛ぶように下りるとカリンがいるであろう灯りへと急ぎ走った。風の精霊へと呼びかけ、その身に風を纏って飛翔する。


 カリンは庭園迷路の一角にあるベンチに腰掛けていた。迷路を形作る薔薇の生垣はカリンの背の高さほどの高さがあり、カリンの姿を隠してくれる。

 生垣の向こうからは何組かの年若い貴族の子女のカップルの楽しそうなはしゃぎ声が聞こえては遠ざかっていく。それを少し羨ましいなと思いながら、ランプの灯りに照らされた、まだ咲きかけの(つぼみ)が多い薔薇を眺めながらハスラーに言われた事について考えていた。

 あれはアークが自分に好意を寄せてくれていることを暗に告げていたのだと思う。それはカラとレオンの前でアーク自身から告げられたことであり、告げられた直後は嬉しいと思い自分もそれとなく好意を持っていますと返してしまったのだ。

 しかし後から考えて見ると、あれは友人として好意を持っているとも取れると気づいた時はベッドに突っ伏してなんであんなことを言ったんだろうと身悶えしてしまった。

 自分だけの一人相撲――― そんな風に思ってしまうとアークの顔も見れず、ここ数日は顔を合わせてもいない。

 気付くと、いつのまにかアークに恋する自分がいた。

 だからといってアークとどうにかなりたいと言うわけではない、これ以上はアークに迷惑をかけたくないのだ。それに自分にはカラがいる。それ以上を望むのは贅沢だと思う。レオンが言ってくれた「母上」という言葉は困ると同時に嬉しかったのも事実だけれど。

 そうしてアークへの想いに区切りをつけようと決心した時、薔薇の生垣を飛び越えて黒い影が降り立った。ランプの灯りに照らされ赤い髪と鳶色の瞳が映し出される。


「アーク様!?」

「こんばんはカリン殿」

「ど・どうして?」


 どうして想いを断ち切ろうと思った直後にこの人は目の前に現れるのだろう。そして夜の帳が下りていて良かったと思う。きっと今、自分の顔は真っ赤になっていると思うから。


 風の精霊の力を借りて生垣を飛び超え降り立った時に目にしたカリンは美しかった。夜の闇の中でランプの灯りに照らされた姿は夜の空に浮かぶ月の化身のようだ。そんな中で肌はランプに照らされているからか、ほんのり赤く見えるのが彼女を人だと語っていた。


「エマ殿に聞いてきました、大変だったようですね。楽しんでもらおうと誘ったのに、かえって気分を悪くさせてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫です。ただ広間には暫く戻らないほうが良いかもしれませんね。戻ったら、また同じことになるかもしれませんから」

「それならば私が付き添えば大丈夫でしょう」


 こともなげに言うアークに少し意地悪をしたくなり、カリンは悪戯を思いついた子供のように笑う。


「アーク様に求愛する御婦人方に誤解されちゃいますよ?」


 アークは一瞬驚いたような顔をして、何かを諦めるような苦笑を浮かべるとカリンの前に(ひざまず)いて手をとった。


「えっ?」 


 何が起こったのか分からずほうけるカリンを無視したまま、とった手に口付けをするとアークはカリンの瞳を覗きこんだ。


「誤解させれば良い。いや、違うな――― 真実にしてしまえば良い。カリン殿…… 私の求婚を受けて欲しい」

「えっ?」

「私の妻に、レオンの母になってほしい。そしてカラ嬢を私の娘とさせてほしい」

「…………」


 アークが見つめるカリンの紫の瞳から大粒の涙がボロボロと止まることなく零れ落ちる。涙を止めることなくカリンはイヤイヤと赤子のように首を振るとアークの手を離した。


「私ではアーク様に迷惑をかけます」

「皇帝陛下の愛妾だったから?」


 アークの言葉にビクリとカリンの体が震える。信じられないものを見る目で自分を見るカリンの手を、もう一度取ると子供を(さと)すように優しくアークは言う。


「すまない…… 調べさせてもらった。貴方が陛下の愛妾であったことも。カラ嬢が陛下の御子であるということも。それを知った上でもう一度言わせてもらう――― 私の妻になってほしい」


 カリンからの返事はない、俯いて自分の手を握るアークの手を見つめたまま動かない。そんなカリンにアークは言葉を続ける。


「私のことが嫌いだというのなら断ってくれて良い」


 そのアークの言葉にカリンは俯いたまま首を振る。そんなことはないと。ただ信じきれないのだ、まだ一度も ――――― と言われていないから。

 だから顔を上げてすがるようにアークを見つめる。その一言を求めて。その瞳を見てアークは自分の不明を悟る。


「ああ、そうか……」


 そういえば一度も口に出して伝えたことが無かった。


「愛しているカリン」


 それを待っていたようにカリンはアークの首に抱きつくと声を出さずに泣き続けた。

 

 どれくらい経ったろうか、泣き止んだカリンは胸を貸してくれていたアークを見上げると照れくさそうに笑うと小さい声で呟いた。


「愛してますアーク様」


 どちらからともなく二人の顔は近づき初めての口付けを交わす。


 それから数日後辺境伯の婚約が発表された。

 

今回の感想できたら聞きたいです。

読んでくれた方、お気に入り、評価してくれた方ありがとうございます。


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