二つの作戦
その日カリンはミナとエマに辺境都市クラティアの中央通りに店を構える服飾品店【ラズウェル】へと連れてこられ、もとい連行されていた。何故かというと。
「晩餐会に着るドレスないんだから仕立ててもらわないと駄目でしょうが!」
「いや、だからなんで私が晩餐会出ることになってるの!?」
「アーク様が私達も招待してくれたんですよ、そんなに大規模なものじゃなくて辺境都市の有力商人や他国からの貿易商、後は辺境周辺の貴族の方々を招いての親睦会みたいなものなんですって」
「いやいやいや、私が出ても場違いなだけだよね? だよね?」
「一時は皇帝の愛妾だった人が何言ってんすか、つべこべ言わずに大人しく着飾られればいいんすよ! 」
ラズウェルの扉を開くと扉につけられたドアベルのチリンチリンという鈴の音と元気の良い女性達の「いらっしゃいませ」の掛け声がカリン達を出迎えた。
応対しにきたのは髪を肩まででバッサリ邪魔にならないように切り、動きやすくするためか女性には珍しくスラックスパンツを穿いた切れ長の目をした美人さんだった。
「いらっしゃいませ、服飾工房&商店「ラズウェル」へようこそ。応対させていただくカミラです。本日はどのような御用件ですか?」
「ども、ハスラーさんの紹介で来たんすけど」
「ああ、はい承っていますよ。ドレスの仕立てですよね?」
「そうっす、一週間しか時間ないっすけど大丈夫っすかね?」
「ええ、聞いてます。難しいですがお得意様からのお願いですからね無理させてもらいますよ」
「んじゃこれが素材っす」
「わっ!? ちょっ! エマ!?」
そう言ってエマはカリンの肩をガッチリ掴んで背中を押すと店員の前に突き出す、それを見た店員は一瞬目を見張ると次に嬉しそうに笑いカリンの手を逃がさないとでも言うように掴む。
「これは、着飾らせ甲斐があるわ。デザインのご希望とかありますか?」
「お任せっす」
「わかりました!! この髪の色なら青を基調にしたほうが…… いや冒険して派手めの赤でも、いやいや清楚に白でも…… あ~迷うわ~、あっそうだ採寸しないと。皆~ちょっときて~」
「「「は~い」」」
「この方の採寸するから奥にお連れして。あと小物も用意するから… そうだ花の新作あったでしょ、あれ出しておいて」
「了解でーす」
「わぁ~綺麗な銀髪ですね」
「はいはい、こちらへどうぞ~」
「えっえっ!? えっ!?」
波に流されるようにカリンは奥に連れ込まれると扉が大きな音を立てて閉められる。数秒後カリンの悲鳴が聞こえてきた。
「ちょっ! 自分で脱ぎますから!?」
「はい胸囲測りますね~」
「持ち上げないで!?」
「腰細!!」
「これならコルセットいらないんじゃない?」
「これはこうしてっと」
「下も測るから剥いちゃって~」
「了解」
「わっ!? やめっ!? ひぃああああああああああああああああああああああああああああああ」
扉から聞こえる悲鳴に耳を傾けながらミナとエマは自分達用のドレスを選ぶのだった。「下取り品・買取品」と書かれた一角には色とりどりのドレスが並んでおり若い二人は興味津々で手にとっていく。下取り品・買取品といっても貴族が使っていたものが多く質は申し分無いのだが型落ち品であるため流行遅れの物がほとんどであるのが難点といえば難点だった。
「あっミナ姉さんこれ可愛いっすよ」
「うん…… だけど丈が合わない、袖が合わない、肩幅が合わない。というか私に合うドレスが…… ない」
「仕方ないっすよ、ミナ姉さんは小さいっすから(未だに小人族なんじゃないかと疑ってるんすから)。丈は直してもらえばいいんすからね。後はちょっと細工してもらって流行に合わせてもらえば良いっすよ――― しかし… ハスラーさんの作戦成功するんすかね~」
「どうかな、男の人のことは私分かんないし作戦どおりにしてみるしかないんじゃない?」
そして二人は数日前に聞かされたハスラーの作戦を思い出す。
「まずはアーク様を落とします」
「つまりアーク様をカリン姉さんに惚れさせるってことっすか」
「そうです、幸いアーク様はカリン様に愛情とはいかないまでも好感を持っておられますからね、ちょうど辺境領の有力者を招いた立食晩餐会が近々当家で開催されます。私からアーク様にそれとなく口添えしてカリン様と貴方方が参加出来るように取り計らいましょう」
「でも、それだけじゃアーク様がカリンさんを好きになるか分からないんじゃ……」
ミナの懸念にハスラーは頷く。もちろんそこも考えているのだと。
「そこでカリン様には目一杯着飾っていただきます、もちろんけばけばしく無い程度にです。カリン様を着飾るのはこちらで本職を手配しますのでご心配なく。その姿で晩餐会に参加すれば、あの美貌です。アーク様はもちろん男性陣を釘付けにすることは確実でしょう」
「でもそれだと他の男性陣からも迫られる可能性があるんじゃ…」
「もちろんあるでしょうな」
「駄目じゃないっすか!?」
「もちろん計算の内です。ある程度は貴方方が壁となって防いでください。しかしそれも限界があるでしょう。そこでアーク様の出番です。あの方は知人のご令嬢が困っているのを見逃すような方ではありませんからな、きっと助けに入るでしょう。そこで嫉妬ややきもちを焼いてくれれば目っけ物ですな。そうなることによってカリン様の中のアーク様の株も上がるというものです」
ハスラーの説明になるほどと二人は頷きながらも首を傾げる。
「そんなに上手くいくでしょうか?」
「まぁ、こればっかりは当人達の気持ちしだいですからな、今回は小手調べといったところです。駄目ならば次の手を打てばよろしい」
「また次も付き合わされるってことっすね?」
「さすがに勘がよろしい。ホッホッホッ」
上機嫌に笑うハスラーを恨めしそうに見て溜息をつく二人だった。
そんなハスラー達と共謀していたわけではないがカラとレオンも同じ目的に向かって作戦を展開していた。
しかし二人とも頭脳は大人だが身体は年端もいかない幼児である。出来ることは限られた。そこで二人が取った作戦は―――
「はい。父上抱いて上げてくだしゃい」
そう言ってレオンは寝ているカラを抱くようにアークに促していた。
「あ・ああ、レオンの時も思ったが壊してしまいそうで怖いものだな」
「ふふふ、大丈夫ですよ。赤ちゃんっていうのは壊れそうで中々頑丈ですから。それに首もすわってきましたから、産まれたばっかりの時よりは安心です」
恐る恐るといった風にカラを抱き上げるアークを微笑みながらカリンは見つめていた。
生家で産まれたばかりの妹の世話をしていた時はくたくたになった記憶があるカリンだが、カラはビックリするくらい手間のかからない大人しい子だ。
そんなカラがアークに抱かれると嬉しそうにキャキャと、もしかしたら自分に抱かれた時よりも嬉しがっているのが嬉しいような悔しいような複雑な母心である。
アークもそれが満更ではないようでカラを見て嬉しそうに笑っているので余計悶々とするのだが、その複雑な母心を察したわけではないのだろうがレオンがカリンの座るソファーまで来ると横に腰掛けて嬉しそうに話かけてきた。
「なんだか妹が出来たみたいで嬉しいでしゅ」
「カラもレオン様みたいなお兄さんが出来て嬉しがっていると思いますよ」
「本当でしゅか?それじゃカリン様は私の母上でしゅね」
「えっ!? え~と、それはですね……」
レオンの突然の爆弾発言にカリンが手間どっていると愛くるしい鳶色の瞳が見上げてきた。狙っているんじゃないか? というその態度も幼い容姿が相まって可愛らしい。
「駄目でしゅか?」
などと懇願するように言ってくるものだから手に負えない。カリンが弱りきった顔でアークに助けを求めると彼も苦笑いを浮かべていた。
「あまりカリン殿を困らせてはいけないよレオン」
「何故駄目なのでしゅか? 父上」
「何故って、それはだな……」
その先を言おうとして何かに気付いたようにアークは口籠る。それを無垢な幼児の演技を続けながらレオンは内心ニヤリと笑っていた。
それは何故アークが口籠ったのか察しがついていたからである。そう、駄目な理由は上げれば何点もでてくるだろう。まず当然カリンはレオンの母親ではない、しかし義理の母となれば話は別である。身分の差や子持ちの母親だということ等が問題として挙げられるが些末なことである。決して克服できないことではない、結局はお互いの気持ちの問題である。
レオンから見てカリンに対してのアークの気持ちは恋愛感情には至っていないと思っている。しかし好意が無いわけではない、というか…… 自分の気持ちに気付いていない感がある。ならばどうするか、作戦は簡単である―――
自分達が煽って気付かせてやれば良い。
カリンに対してはアークに対して友情のような好意を持っているものの、その前に遠慮や他にも何かが壁となっているのを感じていたがアークさえその気にさせてしまえば後は壁を壊させるのはアークに任せてしまえば良いのである。
他にもカラをアークにレオンをカリンに懐かせて自分達を餌にしてくっつけてしまおうとも思ったが、今の態度を見た限りそこまでする必要もなさそうである。もちろん必要とあれば決行するが。
カラとレオンの作戦は今のアークの態度を見てほぼ成功と言って良かった。だがまだだ、まだ足りない。
確実な勝利のためにカラとレオンは追い討ちを敢行した。
レオンは目一杯に涙を溜めてアークを見上げ、カラもそれに呼応するようにぐずり始める。
「父上は、カリン様が嫌いなのでしゅか?」
「嫌いなわけがないだろう!?」
思った以上に勢い良く反論されたが良い傾向である。でも私達が聞きたいのはそれじゃないんだよ。
「では好きなのでしゅね?」
レオンは泣く寸前だった顔を満面の笑顔に変えて問い詰めるとアークは息を呑む。さあ言ってしまえ。
「好意は持っている。カリン殿は得難い女性だ」
上手く逃げられた。ソファーに座るカリンを見ると、照れているのか頬をほんのり赤くして居心地悪そうに俯いていた。まぁお互い意識する段階には至ったようなので今回はこれで良しとする。
そう思っているとカリンが俯いていた顔を上げてアークにポツリと呟いた。
「私もアーサ様は素敵な男性だと思ってますよ」
それを聞いたカラとレオンは心の中で互いに両手を挙げた手を打ち鳴らし作戦がとりあえずの成功を収めたことを祝った。
もう少しこの恋愛?にお付き合いください。




