噂と真
ミスラ家の使用人の間にある噂が流れていた。
侍女達は新情報が手に入れば他の者に流し、流されたものがさらに他の者に流すことによって尾ひれがつき使用人頭であるハスラーのもとに流れ着いた時には小魚は鮫へと姿を変えていた。
その噂とは。
「はぁ?! 御当主とカリン姉さんが恋仲で婚約も間近?!」
「ど・どういうことですか?! ハスラーさん」
噂の当事者の片割れであるカリンにもっとも近しいミナとエマもこれは寝耳に水だったらしく、目を白黒させている。噂は噂であったと改めて確認すると、ハスラーは本題に入る前に二人の心象を確認しようと口を開く。
「言葉どおりです。お二人が此処二ヶ月程で仲睦まじい姿が良く見かけられ、館内の使用人達の間で二人は思い逢っているのではないか――― という噂が流れているのです。そこで質問です。心当たりはございますか?」
「確かにアーク様はカリンさんを良く訪ねてきますけど、それはレオン君がカラちゃんを毎日見に来るから、様子を見に来てるものだとばっかり思ってました」
「私から見ても二人の関係はそんなものっすよ。確かにお互い好意は持ってると思いますが、それが恋愛感情か? っていうと違うと思うっす」
二人の意見にハスラーも頷く。実際常にとはいかないまでもアークの身近に侍る機会の多い身として噂自体は尾ひれがついたものであると理解していたのだ。二人に相談したのはあくまで計画のために協力を取り付けるきっかけを作るためであり本題はこれからである。
「私の意見も御二人とそれほど大差は御座いません。それをふまえて御二人に頼みたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「なんでしょう?」
「厄介事はごめんっすよ?」
「なに、簡単なことです。噂を真にする手伝いをお願いしたいのですよ」
ニコニコと笑いながらハスラーは言い、二人は首を傾げた後に興味をそそられたのかハスラーの次の言葉をうながした。
「アーク様についてどう思われます?」
次に出た突然の質問に二人は思案顔になるが、とりあえず自分の率直な意見を言ってみる。
「良い人だと思います」
「そっすね~、顔は良いし性格も良い、その上辺境領とはいえ帝国の国土の四分の一に匹敵する領地の御領主様っすからね。私がどこぞの名のある家の御令嬢ならほっとかな…… んん?」
普通に好意を口にするミナと対照的に俗物的な感想を並べていたエマの口が止まる。それにハスラーは頷いた。
「エマ嬢は気付かれたようですな、そう… 縁談の話はかっての奥方様レオン様の御母上であるレイナ様が二年前に亡くなられた時から引っ切り無しに当家に押し寄せております」
「まぁ、当然といえば当然っすね。こんな優良物件は帝国広しといえどそうないっす」
「あれ? ならなんで未だにアーク様は再婚されないんですか?」
ミナの当然の疑問にエマも同意してハスラーを見ると彼は諦めたように溜息をついて肩を落とす。
「アーク様がのらりくらりとお逃げになるのです」
「なんでまた?」
「わぁ、きっと亡くなられた奥方様に操を立てておられるんですね!」
目をキラキラさせながら言うミナを微笑ましく思いながらハスラーは頷くと共に自分の考えを補足する。
「そうですな、それもあります。しかしそれ以外にも貴族間での各勢力との折り合い等色々あるのですが一番の問題が…… 相手の御令嬢方にアーク様が苦手意識をもっておられるようなのです」
「苦手意識……ですか?」
「さよう、当家も貴族内では顔の広いほうと自負しておりますので、帝都に赴いた時などに帝都の館で晩餐会や舞踏会を開き各貴族の方々を御招きするのですが、その時の御令嬢方の熱気や裏で交わされる陰湿な裏工作に辟易されているようでして。実際部屋に戻ったら裸の御令嬢がベッドに潜んでいたなどのことは一度や二度ではないのです」
「「ああ~」」
後宮で働いていた二人も、そういう現場を見たという同僚の話を聞くのは一度や二度ではなかったために納得し、誰かが王宮は魑魅魍魎の類の巣窟だと言っていたのを思い出す。
「そこで今回現れたのがカリン嬢です。私から見てもあの方は好感の持てる御令嬢です。御美しい容姿に、それを鼻にかけない素朴な性格。なによりアーク様だけでなくレオン様も好感を持っておられる。正妻としては身分差などの問題点もあるかもしれませんが、なにたいした問題ではございません」
最初の話に戻り熱く語り始めたハスラーに対してミナとエマの頭の中は混乱していた。辺境伯の妻にカリンがなる。それは一見花が敷き詰められた道を歩くように素晴らしいことのように見えて実際は火がついた薪の上を歩くような道である。
もし死んだことになっている皇帝の愛妾であると周囲にばれた場合、崖下へ真っ逆さまの道を一時は主人であり今は友人であるカリンに歩んでもらいたいとは決して思わない二人である。なんとかハスラーを思いとどまらせようとするが先手を打たれることになる。
「あとの問題は皇帝陛下の愛妾であったということですが、これに関しては私に考えがあります。なんとか致しましょう」
その言葉に口を開こうとしていた二人の舌の根は乾き、額からは一瞬で汗が吹き出て頬を伝った。
「し・知って…」
「ええ、辺境伯の諜報力をもってすれば。たださすがヴァイオレットお嬢様、カリン嬢や貴方方に関して徹底した調査をしなければ突き止めることは難しかったでしょう。アーク様も報告を聞いた時には頭を抱えておられましたなよ、ホッホッホッ」
「私等について調べてたってことっすか」
「その件に関してはお詫びしましょう、当家へ滞在される方に関して知らぬ存ぜぬでは沽券に関わります。それがヴァイオレットお嬢様からの紹介でもです。だからと言って皇帝陛下に報告し貴方方を引き渡すなどということは当家は今のところするつもりは御座いません。それは御安心を」
こうして既に自分達が敗北し崖っぷちに立っていることを悟ったミナ達は降伏してハスラーの軍門に下ることになる。それを確認したハスラーはニッコリと微笑むと二人の肩に手を置いた。
「それでは作戦をお話しましょう」
そんな会話が隣の部屋で行われていた頃、カリンの私室ではカラとレオンが同じ噂に念話で興じていた。既に二人の念話は既存の体系から逸脱しておりカラとレオン間であれば傍受はまず不可能といって良いほど錬り込まれていた。
『――― という噂が流れているらしい。どう思う?』
『ふーん、僕から見た感じを言わせてもらえば余り信憑性はないねぇ』
『同感だな。お互い好感は持っていると思うが… 恋愛感情とは程遠いように見える。しかし火がない所に煙は立たないというしな。他の者から見たらそうなのかもしれない』
『そうだねぇ…… 噂通りだとして僕達はどうしようか?』
『ふむ、私としては父上が望むなら反対する理由はないな。母上が亡くなって二年。政務に託けて縁談を断っていたようだが、そろそろ限界だろう。それにカリン嬢は好感のもてる人だ』
『僕も反対はしないよ、むしろ賛成かな。アークさんは良い人だしねぇ、母さんも幸せにしてくれそうだし』
『私もどこの馬の骨か分からん者に来られて母親面されるのも不快だしな…… 噂を真にしてしまうのも有か?』
『ふふ、面白そうだねぇ。具体的にはどうするんだい?』
『それはこれから練っていこう。たとえば―――』
二人の念話はその後も続き計画が練られていく。
こうしてミスラ邸の中では「アークとカリンをくっつけちゃおうぜ」作戦が二つ同時に進行されようとしていた。
そんな策謀が館内で渦巻いているともしらずに当事者のアークとカリンは館の庭に面したテラスで二人紅茶を飲みながら会話に興じていた。
「申し訳ないカリン殿。お忙しい中お茶に付き合わせてしまって」
「あはは、気にしないでくださいアーク様。誘ってくれて嬉しいです。それより私のほうが申し訳ないです、最近はレオン様にはカラの遊び相手になってもらって助かってます」
「ああ、それは気にしなくても良いでしょう。あれも好きでやっているようだ、よっぽどカラ嬢のことが気に入ったのでしょうね」
カリンは嬉しそうに微笑むとアークに頭を下げた。その微笑は花が咲いたようでアークは暫し見惚れてしまう。
「そう言ってくれると嬉しいです、ありがとうございますアーク様。レオン様にも後でお礼を言っておきますね」
「え・ええ、そうしてやってください。きっと喜ぶでしょう」
「アーク様も忙しいのに私とお茶などしていて大丈夫なんですか?」
心配そうに尋ねるカリンにアークは肩を竦めて戯けてみせると悪戯が成功した子供のように笑った。
「忙しい中での息抜きですよ、どうせ抜け出すのなら美女と話に花を咲かせたいという私の我が侭にカリン殿をつきあわせているのです。お礼を言うのは実は私のほうだ――― ハスラーには内緒ですよ」
カリンはキョトンとした顔をするとアークと同じ笑顔を浮かべて可笑しそうに笑う。
「ふふふ、それじゃあ私は共犯者ですね」
「ええ、見つかった時は一蓮托生でお願いしますよ」
「ふふふふふふ」
「はははは」
二人は笑いながら、その後もアークがカリンに貸した本の感想やヴァイオレットの幼少時代の逸話や女官長としての仕事ぶりを語り合う。お互い気さくに話せる友人のように思っているため、その様子を見た者は笑い合う仲睦まじい姿に妄想を掻き立てられるのだが、二人はそれにまったく気付いていなかった。
「今日も平和ですねぇ」
「ええ、そうですね」
主人公主体にいける言ってたの誰? とか言わないでほしいです。
こ・こんなはずじゃなかったんだ!




