第六十三話 「物証」
昨夜イシューはドレシアが去った部屋で、せっかくドレシアに用意した花が無駄になってしまうと思いその悔しさから衝動的に花束に齧り付いていた。
土臭く、草臭いその花の味をイシューは一生とまではいかないが向こう一ヶ月は忘れないだろう。
そんなやけっぱちを起こしたイシューの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
イシューは、落ち着いて怒りに耽ることもできないのかと半ばイライラしながらその扉を開くと、そこには寝巻きに身体を包んだドレシアが立っていた。
意表を突かれたイシューはつい言葉を失う。
目の前に立っているのは憧れの女性の無防備な姿。高質なブラウンの寝巻きに包まれたほんのり甘い香りが漂う美しいオークルの素肌。胸元や二の腕など、とても直線的な視線を向けることができない部位達が嫌でもイシューの目線を惹きつける。
「お待たせ、少し話せる?」
「え!?あ、あぁ!?」
少し上ずった声でイシューはドレシアを室内へと促した。
「夕飯買ってくるの忘れちゃった。お腹空くかなぁ」
「あ、それならちょうどドレシアの分買っておいたぜ!」
そう言ってイシューは露店で買ったお菓子や果物の数々を冷蔵庫から出してみせる。
夜中に甘いものか、と多少女子らしい一面を見せるドレシアだが、お転婆な彼女の辞書に『自制』という言葉は存在しない。
礼を言って食べ始めた。
「寝る前に一応、私が昨日カインさんから聞いた話をあなたにも教えておくわね」
昨日カインから聞いた話。イシューはそう聞いて、昨日天空の管理者でカインに会った時に何かの話を聞いたのだろうと察した。
「ところで今何してたの?唇に花びらがついているけど」
イシューが自分の唇を触ると、左側の下唇に白い花びらがついていた。
「あ!いやぁ、さっき花畑に頭からこけちまってさ!気にすんな!」
そう言いながら、もう一度ドレシアが部屋に戻ってくる未来を予見できていたら花束を残しておけばよかったと花を貪っていた自分を恨んだ。
「で、昨日の話なんだけどねーー」
そう言ってドレシアは昨日アレクシアと聞いたカインの話をイシューに伝えた。
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イシューが花を食べることになる一日前の午後五時頃、天空の管理者内にあるカインの執務室にて、部外者が退室しカインがアレクシアとドレシアにエリダヌス王国先代国王の死に関する真相の一部分を話し伝えていた。
「新しい情報が入ってね、君達には伝えておこうと思ったんだ」
全身が強ばり、刹那の間に様々な思考が駆け巡る。
真相が分かった?既に亡くなっている証拠でも出たのか?だとしたら事故?殺人?殺人だとしたら犯人が分かった?まさか、生きている?
「は、はい。是非お聞かせください」
何と返せば良いのか分からず、中途半端な返事がアレクシアの口から出てしまう。
「動揺する気持ちも分かるが、落ち着いて聞きなさい。これから話すことは平常心でも理解し難いことだ」
その言葉が更に二人の動揺を誘っていると、カインは察していてもそう表現する他なかった。
「分かったことは幾つかある。二ヶ月くらい前、きっかけは天空の管理者の兵士が事件に関係すると思われる『物証』を発見した」
「物証!?」
アレクシアとドレシアは困惑した。
エリダヌスでは王族が国外公務に出る際は必ず帰城予定日を定め、その予定日を二日以上過ぎた場合は国家級の非常事態として全兵が王族の捜索に向かうことが国の法律で定められている。
十二年前に先代国王だったアレクシア達の父が予定日を二日過ぎても帰城しなかった時も同じ様に対処し、アレクシア達もファーテルに頼み込んで様々な国に出向いて捜索した。
その時は父の痕跡は愚か物的証拠など全く存在せず、行方不明になった現場すらも特定できなかったのに今になって『物証』なるものが現れるとは。
「父君が消息を絶った公務は、ハイドラ国からの招集だったね」
ハイドラ国は、当時も今も黄道十二王国序列第一位の世界最大国だ。
「はい。当時私達は何度もハイドラへ行き、王族や側近者に話を聞きました。何も情報は得られませんでしたが……」
「分かっている、私達も黄道十二王国が絡んでいたから幾度もハイドラへ向かったよ。同じように証拠は掴めなかったがね」
ならばその証拠は一体どこから出てきたというのか。
「大陸北部のグロビュール高原。そこから、父君の血痕が付着した天空庭園兵隊服の切れ端が見つかった」




