第六十一話 「就寝前」
午後九時五十六分、月明かり照らすエリダヌス城の一部屋ではファーテルが執務室で書き物をしていた。
外からの情報のおよそ八割を体内に取り込むと言われる視覚から、身体に就寝時間が近付いた事を知らせる為にこの時間ファーテルは部屋の電気を消して月明かりだけで公務日誌を記帳するのが日課だ。今宵は下弦の月といったところだろうか。
公務スケジュールでは今日のうちにアレクシアとドレシアが帰還する予定だったが、この時間まで帰っていないということは帰城は明日になるだろうと思っていた。
するとノックもなく慌ただしく部屋に駆け込んでくる衛兵。その衛兵から女王が中等症で帰城したと報告を受け、すぐにファーテルも現場へ急ぐ。
魔法車はエリダヌス城正門下に停められており、既に応対している医療班によって降ろされているアレクシアがいた。
「アレクシア様!」
ファーテルも駆け寄って容態を確認する。
見たところ左半身の火傷が重く、報告にあったように中等症が妥当といったところだろう。
「女王をすぐに城内の医務室へ。私もーー」
部下に指示をしているファーテルの腕を強く掴むアレクシア。
「私よりもナディアを……重傷です……」
中を確認するとナディアが中で意識を失って倒れていた。応急処置の止血では対応できず、失血で意識を失っている状態だ。
「二人を直ぐに運べ、事情は他の近衛兵に聞く」
ファーテルの指示で二人が優先的に医務室へ搬送され、手傷を負った他の兵士も容態が重い順から担架で運ばれた。
数時間の治療の末、既に命を落としていた三名と運転手を除いて戦線に立った六名の近衛兵とアレクシアの一命が確実となる。しかしナディアだけはすぐに意識が戻らなかった。
軽傷の近衛兵の中には軽い打撲のみで歩行も会話も問題なくできる者もいたので、治療と並行して午後十一時過ぎから事情聴取を開始する。
すっかり睡眠準備を整えていたファーテルの身体はパッチリ目が覚めてしまった。
話を聞くと、正体不明の男から受けた奇襲によりこの有り様で男の正体も目的も不明だそうだ。
アレクシアの活躍により男を捕え、別の車両で連行していたそうでその身柄はファーテルも確認したが奇襲を受けた現場でも男は情報を吐かなかったという話を聞き一筋縄ではいかない予感がしていた。
「分かった、もう何名か話を聞いて私は男の取り調べに立ち会う。お前もゆっくり休め」
ファーテルが部屋を出ようとすると、兵士は涙を流して何もできなかった自分を責める。本来は女王を守らなければいけない立場なのに逆に守られた事実が悔しいのだ。
しかしファーテルには分かっていた。アレクシアはきっとそれを気に留めず、それを責めようとする者を咎めるだろうと。
「私も同じだ。国王の遺志は、国だけでなく人にも受け継がれている」
そう言って退室した。
ファーテルはその後、別の部屋で治療を受けていた兵士からも話を聞くが全員同じような報告であまり収穫は得られなかった。
そしてそのまま、犯人の男を取り調べている部屋に向かう。
今夜は長い夜になりそうだ。




