第四十二話 「ドラゴン」
アレクシアは地面に突き刺さっている錆びた剣を見つめている。
刺さっている剣を見て、さっきのフード男が仕掛けた何かの罠かと警戒するアレクシア。
しかし罠にしては違和感が残る。むしろあの人間は何かに自分を導こうとしているとさえ感じる。
しかし何に?突然現れて、見知らぬ自分に?なぜ今?アレクシアは考えれば考えるほど思考の迷宮に深く迷い込んでいく。
考え込んでぼーっとしていると、アレクシアの顔に風が吹き付ける。
それは自然に吹いた優しい風ではなく、誰かが起こした不穏な匂いがする不安を煽る風に感じて風上に目を向けてみる。
するとアレクシアは、現実ではありえないと思える光景を目の当たりにした。
夏季ならばまだ明るい時間、しかし既に陽は沈み空は暗がりに包まれている。そんな中でもはっきり見えた。
ドラゴンの翼、ドラゴンが翼を広げて上空を舞っている。
「ーー!」
言葉を奪われる光景。そう、あの時と同じーー
その時のことはよく覚えていない。しかし確かに覚えているのは、アレクシアはドラゴンに会ったことがあった。
何をしたのか、どんな状況だったのか、その時はぼんやりとしか覚えていない。
だが、確かにその記憶はあった。
光り輝く真っ白な鱗、少し生臭くぬるい吐息、バサッではなくばぁん!という耳を劈く音と共に羽ばたく翼。確かにアレクシアの五感にはその記憶が存在していた。
記憶にほとんどない今だから言えるが、あの時はその出来事が今後の人生にとってどれほど重要な瞬間かということを理解していなかったに違いない。
人は、今後の人生にとって重要な瞬間を多く見逃している。
今聞いている音、見ている光景、嗅いでいる匂いが今後の人生を揺るがすほどの重要な起因になるかもしれないのに、それを見過ごして後になってそれが重要であったことに気がつく。
アレクシアにもその経験があった。
もしかすると、今まさにこの瞬間もそのような人生の中で重要な瞬間が不意に訪れたのかもしれない。
アレクシアは今度こそその瞬間を逃してなるものかと駆り立てられるように目の前に突き刺さった剣を手に取り地面から引き抜いた。
その剣は意外と簡単に地面から抜けて、力を入れすぎてしまったアレクシアは「あっ」と思わず声に出して後ろに倒れてしまった。
地面に腰をついたまま抜いた剣を観察するが、なんの変哲もない鉄製の剣で変わったところと言えば年季が入っているのかとても錆びていて何かを斬ることはできなさそうだ。
よく見てみると柄の少し上の部分、刀身の根元に見たこともない紋章が入っている。
二重丸だが中の丸が一部分だけ外の丸に接している偏心円のようになっており、その接点を中心としてもう一つの丸が描かれている。
どこかの国の国章だろうか?しかしアレクシアはこの国章を見たことがなかった。
恐らく魔法剣だろうと予測し、どこまでの強度があるか確かめようとアレクシアは剣に魔力を込めてみた。
世の中に流通する剣の中で魔力を流すことができるものは《魔法剣》と呼ばれ、使用者の魔法の幅を広げることができて戦闘においては大きなアドバンテージを生むことができる。
逆に一般の剣士が使う剣は魔力を流すように設計されてはいないので、魔法剣ほどの耐久力を持っていない。
これで破損してしまったらどうしようと魔力を流し始めるのと同時に考えるが、まあ壊れてしまったらそれまでだろうと割り切って考えることにした。
アレクシアが魔力を流して数秒経つ。魔力剣でなければ魔力に反応した瞬間に壊れてしまうので、数秒耐久したこの剣は魔法剣ということだろう。
すると突然、剣が光り輝き出した。
明らかに魔力に呼応して輝いているその光は、アレクシアが握っている柄の部分から剣先にかけて何かの文字をその剣全体に浮かび上がらせる。




