第四十話 「母」
午後五時を少し過ぎた頃、アレクシアは城内の一室をノックしてその扉を開いた。
そこにはいずれもメイド服姿で、畳まれた洋服を持っている女性と手元の桶でタオルを洗う女性の合わせて二人侍女がいた。
そしてその二人の奥、彩り豊かなベッドの上で横たわっているのはアレクシア、ドレシア、グランシアと同じ美しい金髪が目立つ女性。
彼女の実年齢を聞いたら誰もが「嘘をつけ」と口を揃えて言うと断言できる、それほど年齢に比例していない端麗な容姿を持つその女性はエリダヌス国の皇太后にしてアレクシア達の母であるイルメルシア・エリダヌスだ。
「アリー」
弱々しいその声が、イルメルシアの半生を知らずとも現在の彼女がどれほど衰弱しているかを物語る。
「お母様」
「こっちへ来て、アリー」
両手を広げてアレクシアを呼ぶイルメルシア。
侍女達はすぐにその場を退いた。親子の時間を邪魔してはいけないという計らいによるものだ。
アレクシアはそれまでの凛々しい立ち居振る舞いとは打って変わって、母に抱きつきまるで何年も会っていなかった親に会った子供のように顔を擦り付ける。
別に何日も顔を合わせていない訳ではない。
しかし今日だけは違った。父を失ったアレクシアにとってたった一人の肉親、例え寄り添ってくれる国外の重役や国民、ファーテル達のような側近をおいても変え難いその温もりがアレクシアの心を解かした。
「お母様、私女王になりました」
「えぇ、おめでとう。私達の宝物」
アレクシアは体を起こしてイルメルシアの前に立つ。
「あまり長くはいられません。これからみんなの所へ行かないと」
「良いのです、また来てくれれば。忘れていませんね?王はーー」
「もちろんです。王はーー」
「「国と共にある。国土は我が肉体であり、国民は我が魂である」」
「お父様の教えを忘れずに、これからも励みなさい」
「もちろんです。お父様とお母様も、私の魂です」
アレクシアは窓際に飾ってある花瓶を見て、そこに刺さっている今にも花弁が落ちそうな枯れた茎を手に取った。
「もう二週間になるかしら。すっかり元気を無くしてしまって」
アレクシアは枯れたその花を捨てて、新しい花を花瓶に挿した。
その花はまるでガラスの花のように、差し込む光を乱反射させて輝きを乱雑に放っている。
「あなたの魔法は本当に綺麗ね」
「お母様の方が綺麗ですよ」
アレクシアは思う。人間は本当に愚かだ。
自分が幸せの絶頂にいても、その場が平穏だと錯覚して更なる幸せを求めようとする。
この時間だけでも十分幸せなはずなのに、尊い時間のはずなのに、更なる幸せを求めてしまっている自分の心にアレクシアは気付いてしまった。
それが叶うことはもう絶対にないのに、人間とは欲深く本当に愚かな生き物だ。
「そろそろ行きます。また来ます」
「えぇ、また来てね」
そう言ってアレクシアは部屋を出た。
残された部屋には美しく輝いている花が一輪、その存在を一生懸命に示している。
「おめでとう、アレクシア」
イルメルシアは目を閉じた。




