第三十二話 「黄金の地区」
千宙達は先に光の見えない真っ暗なトンネルの中を進んで行く。
「星導先輩、なんでこのトンネルに入ったんですか?」
「分からない……でも、このトンネルはなんだか進まないといけない気がして。進まないと何かが前に進まない気がしたの」
千宙の勘を頼りに四人は足を進めていく。
そして遂にトンネルの反対側へ出た。
そこは、全ての風景が黄金に輝く世界。空は金色の夕焼け、辺り一面にはその夕焼けをそのまま張り付けて波打つような小麦畑。千宙達はその光景につい見入ってしまう。
少しずつ、足を進めて目だけでなく身体もその世界に溶け込ませていく。風に乗って鼻を小突く小麦の匂いがなんて心地良いんだろう。
「気持ちいいねー」
「なんか僕、実家に帰ってきた気持ちです」
「安心するよねー」
金色の世界に身を委ねていると、二町ほど先に幾つか家が建っているのが見える。四人はそこへ向かって歩いて行く。
この時既に四人には、斎から言われている『安全でいる為の約束』などとうに頭から抜け落ちていた。
藁作りの家が建ち並ぶ場所へ到着するが、辺りには人っ子一人居なかった。しかしどこか寂れた雰囲気は感じない。感じるのは違和感。千宙はすぐにその違和感の正体に気が付いた。
人のいない家、しかしその中をよく見ると湯気を立てて蓋をグツグツと言わせている釜が見えた。
他にも小麦を大量に載せた大八車があり、その下には無造作に置き去りにされた藁麦。まるで生活している人間だけ奪われた村のようだ。
明らかな違和感を覚えて千宙達は声を上げて住民を探してみる。しかしその声に戻ってくる返事はなかった。
このまま放置することはできず、四人は村のさらに離れを探してみる。
すると、少し見通した先にある丘の上で誰かが立っているのが見えた。千宙は目を細めるが眼鏡越しでもよく見えず、代わりに未巴琉がその光景を見て実況する。
「男性……ですかね。背を向けた細身の男性が立っています」
何か知っているかもと思い四人はそこへ駆け出した。
近くに行くと分かった事が二つあった。
一つ目は、その男の前に五百人を優に超えるであろう人間が規則正しく並んでいたこと。小高い丘が遮ってその様子は近くに行くまで見えなかった。
さっきの村の住民と予想するのがセオリーだが、家の数と比べるとあまりにも人数が多い。恐らく他の村からも人がここに集まっているのだろう。
そして二つ目は、その人間達に魔法を掛けているのがさっき見つけた丘に立つ男だと。千宙達から見ると男の背中に遮られているが、彼の前には魔法陣が展開されている。
明らかに怪しい状況、声をかける猶予すら与えず雅博は一気に攻撃を叩き込んだ。背後からの奇襲には詠唱無し、魔法陣無し、たった二日だが修行の成果を活かすときだ。
(【岩砕き】)
するとそれは見事、男の背部中央に命中し男は「うがぁ!」と声を上げ痛みを堪えている。
雅博の拳に纏わりついていた拳を強化する土は六割ほど剥がれ落ち、中の手が露わになっていた。強度は劣るがそれでも魔法陣無しで魔法が使えたことに、四人は確かに成長していることを実感する。
「畳み掛けますよ!土魔法・ソルーー」
イケイケだった雅博の詠唱と身体が不自然に停止する。
怯んだ相手に次の攻撃も入る確信があった三人も、動きと詠唱が停止した雅博に釘付けになる。
雅博を助けに行くという献身的思考と、今のうちに敵に攻撃を与えなければという攻撃的思考が仲間内で交錯するが、全てが無意味だと気付くのに時間はかからなかった。
「私達も!?」「動けないっ……!」
「痛ってぇなぁ……闘いもしないでミーを倒そうってか?まだミーの力をちゃーんと見せて無いだろぅ?」
背中をさすりゆっくりと立ち上がりながら振り返るその男の容姿はまさにマジシャンそのもの。不気味な刺青が顔を彩り、道化そのものだった。
「邪魔する奴は殺せって、なーんども言われてるわけよ。だからお前ら、生きて帰れると思うなよ?」




