第三十話 「神獣」
修行後の身体には、早起きが三文の毒に思えるほど辛いものがあった。
起床時刻は明朝四時。斎の神獣に起こされ強制ラジオ体操、庭の水撒きに寝床の整頓、朝食の準備。ベッドから起きて次に椅子に座ったのは、朝食を食べる午前七時だ。
「いただき……ふぁ〜」
気の抜けた四人に斎が呟いた。
「言っとくがうちにいる間はこの生活だよ。寝坊、怠惰、家事のやり忘れは一週間飯抜きだから覚悟しな」
その言葉を聞いた瞬間、四人は同時に立ち上がって顔を洗いまくった。
朝食を食べて片付けも終わり、午前中は昨日の修行を続けることにした。
卓に着いて修行を始めようとすると、斎は千宙を見て傷の具合を確認する。
「あ、そういえばもう全然痛くないです。結構傷あったのに......」
「僕らと同じ様に、斎さんの魔法で?」
察しの良い雅博にご機嫌になる斎。千宙が眠っている間に斎の神獣が治癒していたのだ。
「げ、私もあれに噛まれたの!?」
その反応で一気に機嫌を損ねる斎。せっかく良くした斎の機嫌もこれでは逆効果だ。
千宙は早々に話題を変えるべく、斎に礼を言って修行に入ろうと空のコップを目の前に置いた。
雅博は既に経験済み、確かにあの時の斎の助言で少し中に魔力が通るようになったがそれでもなかなか魔法が結果を出してくれない。
千宙達も昨日横から見ていて、その難易度は半信半疑だった。
コップとの距離も三十センチはないだろうし、コップの中も直径十センチにも満たないのに魔力が通せないなんて、その難しさは俄にも信じ難い。
しかし、実際にやってみてその難しさを目の当たりにするともはやそれは絶望にしか感じなくなってくる。
コップや水とは違い、明らかに通り道が堅い。魔力で空気を裂きながら進んでいかないと空中で魔力を送れない。
「どうした、その程度じゃ魔法を使う前に敵の的になるだけだよ」
そうは言ってもこれがまた進まない。結局二時間程ずっとやり続けて全く進歩はなかった。
「ん〜、まあこんなもんか。じゃあまあ、次の修行にいくか。ついてこい」
四人は庭に出て横一列に立たされる。
四人に向かい合うように立つ斎は、右手を蛇のように象った。
「ヴィペラ」
すると地面から蛇型の神獣が出現する。
「私の神獣魔法は四種の神獣を操ることができる。ヴィペラはその状況に応じて最も適した毒を生成できるのさ」
ヴィペラは牙に魔力を練り込み、一瞬で四人の首元に噛み付いた。
「痛っ!」
注射のような痛みが襲い、ものの数秒で全員力が抜けて立っている事が出来ずに倒れてしまった。
「これは……!」
「私たちの魔力がーー」
「今お前たちの首に打ち込んだのは全身の魔力を中和する毒、まあ正確にはそういう効果の魔力さ」
魔力が無ければ魔導士は立っていることすらままならない。
次の修行は、この状態で組手の修行だ。
「魔力が無い状態で組手をすることによって、身体能力を向上させる。魔力は時間が経つと回復するから常に放出し続けるんだよ。それによって、魔力増強にも繋がる」
表向きはそういう目的を持つが、斎はこの修行にもうひとつの成果を期待していた。
(雅博はこの修行で身魔変異のコントロールができるようになる。雅博以外の三人も、もし身魔変異の素質があればこの修行でその力を引き出しコントロールできるようにもなるしね)
「さぁ!立った、立った!早速始めるよ!」
四人は朦朧としながらよろよろと立ち上がり、雅博は未巴琉と、千宙は成未と組み合いを始める。
開始直後は組手とは程遠いまるで幼稚園児の喧嘩のような殴り合いだったが、三十分も動けば身体は慣れるもので、いつも通りとまではいかなくても簡単な動きなら難なくこなせるようになった。
組み合いながら少しでも魔力を感知すると、斎はヴィペラを向かわせて魔力を消す。
お陰で四人の首には大量の斑点模様が浮かび上がっている。魔力を常に放出し続け身体に残さないというのは、意外にも大変なのだ。
およそ二時間半ほど組み合っただろうか。時刻は午後一時、撃ち合い続けて身体には痣だらけの彼女らに昼食という一時の安寧が与えられた。
素麺を啜りながら、斎は及第点という表情で四人に声を掛ける。
「まあ初めての魔蓋組手にしては良く動いた方かね。コップ修行は第二段階までクリアしてるから、明日からは暫くこっちの組手を続けてしばらくしたらまたコップ修行に戻すよ」
明日もこれが続くのかという暗雲を感じながら、千宙は素麺を飲み込んだ。
「食べ終わったら行きます?」
雅博の呼び掛けに「そうだ!」と千宙は昨日の会話を思い出した。この地区を探検しに行くという話だ。
自身の強化も大事だが、本来の遥実探索という目的も疎かにする訳にはいかない。
千宙は素麺をずずっと一気に吸い込んで、早速出発の準備をした。




