第二十五話 「身魔変異」
ダイニングテーブルの上に置かれた水の入ったコップと空のコップを目の当たりにして、千宙と未巴琉はこれから何をするのか見当もつかなかった。
「まずは二人を起こしてきな。二回も説明すんのは面倒だからね、四人一気に説明するよ」
「いや、でも流石にまだ起きてないんじゃ......」
斎の家に招かれてからこのコップが出されるまで、実にまだ三十分も経過していない。
成未は意識が戻っていれば動けるかもしれないが、雅博は全魔力を消耗した後にも関わらずあれほどの激戦を終えたばかり。流石にこの短時間では回復しないだろう。
しかし斎は「いいから」と起こしに行くよう更に催促した。
渋々席を立った千宙の身体は、斎の手当てのおかげで痛みが完全に消えたわけではないがさっきのような大きな痛みを感じることなく立ち上がる事ができるようになっていた。
そんな恩もすっかり忘れて、起こしてみたけどまだ寝ていたということにしようと寝室に向かいながら口裏を合わせようとする二人。
しかし寝室の扉を開くと、既に上体を起こしてボーッとしている二人がいた。
その様子を見て千宙と未巴琉は唖然とした。
「え、二人とも身体は?」
「あ、星導先輩。なんか大丈夫っぽいです」
「私も平気。ちっち達も大丈夫?てか、ここどこ?」
あまりの回復の早さに明らかな異常を感じ、雅博はさっきの危険な魔力がまだ何か影響しているのではと思うほどだ。
しかしそれを、斎が後ろから笑いながら否定した。
本当に千宙達が雅博達を起こすか確認しに来ていたようだ。
「こいつらだよ」
そう言うと、地面からさっき雅博の暴走を首へのひと噛みで抑え込んだ蛇型の霊体生物が現れた。
ひぃ!と化け物を邪険にする四人に斎は紹介する。
「私の魔法さ。戦うこともできるし、人を回復させることもできる。さっきそいつを抑え込んだ時は、噛み付いた時に魔力の流れを阻害する毒を打ち込ませたのさ」
そう、膨大な魔力の流れを抑え込むには、無理に力で伏せようとさせるのではなくその一部分を断ち切れば良かったんだ。
「あんた、さっきの魔力は無意識かい?」
斎が雅博に尋ねる。
「さっきの魔力......」
「みどうくん、覚えてないの?」
覚えていなかったとしても不思議では無い。なぜならあの時、雅博は理性を失っており意思疎通が出来る状態ではなかったからだ。
「すみません、全く身に覚えがなく......アキラと戦っていたのは覚えているんですが、何回か吹っ飛ばされて気が付いたらここにいましたね」
「まあ、記憶がなかったとしても不思議じゃないね。身魔変異は、それだけに危険なのさ」
「まぎあらいず?」
「身魔変異は生まれながらにできるやつとできないやつがいるんだけどね、そもそも魔力って何か分かるかい?」
はいはい!と未巴琉が挙手をして答える。
「魔法を発動するエネルギーですよね?魔力が無くなると魔法が使えなくなるけど、暫くするとまた魔力が回復して魔法が使えるようになる。学校で習いました!」
更に千宙が眼鏡を上げながら補足する。
「一般の人で例えると体力のようなものですよね。走れば徐々に失われていくけど、少し休むと体力は回復してまた普通に走れるようになる。魔導士はこの体力が二つあるイメージで、魔力が無くなっても息が切れたり発汗したりします」
エクセレントと斎は言い、次に続ける。
「そこまでは魔法学校で習うだろう、地底世界でもそうだ。しかし魔力が無くなった状態で魔法を使おうとした場合、魔導士の身体にはある変化が発生する」
「ある変化?」
「そう。肉体が魔力に変質していくんだ」
肉体が魔力に変質。その不可解な現象に誰もその言葉一発で理解することは出来なかった。
「例えば一般人が体力が無いのに走り続けようとしたら、足が走ろうという思いに反して動かなくなるだろう?それは脳が、『走れない状態』よりも『走り続ける状態』の方が危険だと判断して『走れない状態』に陥る。このまま走り続けると脳に十分な酸素供給ができず活動力が弱まり、酷使された筋肉は崩壊し始める、つまり命の危機を察知してその状態にブレーキをかけるんだ。しかし魔力は違う。魔力が無くなると脳は『魔力を使い続ける状態』ではなく『魔法が使えない状態』の方がより命の危機だと判断し『魔力を使い続ける状態』を維持する為に、脳の指示で肉体を消費して魔力に変質させる指示を出す」
「つまりーー」
「身魔変異を使い続けると、死ぬということさ」




