08.
もう1ヶ月分くらい喋った気がする。
アルルが追い出される前に間に合ったし、夫人がいなくなるのであればそれだけでよかったのだけど。
……そもそも、私が決めていいってなんだろう…
通例も判例も知らないのに?
"これぐらいでひとつ" っていう私の希望を伝えるの?
無知な子どもであれ決定には責任が伴なうものだと思うし、因果関係を背負う事でもある。正直、あまり口を挟みたくない。でも――
ちらりとタマスを見て、ゆっくり息を吐く。
"忠義を尽くした者が不当に扱われるのは我慢ならない" と私が言ったのだ。
「…では」
少し声が震えたかもしれない。私が話し出すと、お父様は腕を組んで目を閉じた。他の全員が謹聴の姿勢を取る。夫人は床に伸びたままだが。
ノックアウトされている夫人を見たついでだ。夫人から始めよう。
「これは平民として斬首。喉は先に潰してください」
お口チャック出来ないタイプだから物理で。
「タマスを執事長に。半年間の減俸」
仕事がキツくなるのにお給料が減る、とばっちりタマス。
「トマスの解職を下達。騒ぐ者がいるなら自分で始末なさい。半年間無給。執事長補佐の権限与えます」
息子さん大変だから、適時助けてあげてください。
「ドゴールは領都追放。この者と罪人の縁戚 ― 後妻に入ったという男爵家には、罪人の処遇に異義があらば申し出よと伝えてください」
身分ロンダリングした男爵家が騒ぐなら、何かしら思惑があってトマスに恩を売ったのだろう。けど、そもそもは侯爵家の執事からお願いしちゃってる事だからなぁ。もし申し出てきたら、お父様がプチッと潰すんじゃないだろうか。
"以上です" と締めくくるも、誰も喋らない。お父様も動かないので、不安になって "お父様?" と声をかける。
「…それでいいのか?」
目を開けたお父様は眉間に皺を寄せてそう尋ねた。もっとひどい罰を与えると思っていたのだろうか。夫人は死刑宣告ですけど?
それとも、私の気持ちが収まるのか?という意味だろうか。残念ながら、それを確認するのはもう難しい。
苦しく、息を張りつめた日々の記憶というのは、月日が経つと殊更に曖昧な記憶になる。心を守る本能だと思う。
私はこの数日で心を封じてしまったようで。でなければ、まだ傷はじゅくじゅくと生々しく疼いていただろうし、泣いて泣いて壊せる者を全部壊したかったかもしれない。
―― ねぇヴァネッサ
胸に手を当てて、小さな女の子を想う。恨み辛みではなく、一心でお父様の愛を乞うていた小さな女の子。苛烈な罰をその時の勢いで求めたら、きっと傷となって残るだろう。そうしないために
―― 私がいると思っていいかしら
顔を上げると、心配そうを通り越して睨むように私を凝視しているお父様と目が合った。クリスタルブルーの瞳は、悲痛と慈しみできらめいている。本来ならまだ怒りを感じていい時期なのに、その目を見て私の胸に広がるのは優しい愛だけだ。だから――
「これでいい、と思えます…」
声は年相応に、頼りなく響いた。
「ヴァネッサは侯爵家の跡継ぎだ。看過した使用人共も全員殺してもいい。邸の空気など俺がどうとでもしてやる。生まれた事を後悔するくらい苦しめてやればいい」
怒りを内包した静かな口調。机上で両手を組み、前傾姿勢で私をじっと見る。
「見せしめならば、お父様が鋸引きと言った話を広めてくださればいいかと。トマスは…姪に恨まれて生き残る事が罰ですから」
軽すぎるのかな。私が想像しているより、貴族の権力が強い時代なのかもしれない。
「お言葉に甘えて、好きなように申し上げてしまいました。ぜひお父様の良きようにしていただければと思いますわ」
「そうか…」
大きく息を吐いて立ち上がったお父様は、デスクに軽く腰をかけ、高い椅子に座った私と視線を合わせた。
「俺はいいのか?」
瞳が不安そうに揺れて見えるのは、私の錯覚だろうか。
「お父様に罪はありませんでしょう?」
親だから、大人だから間違えないわけではない。お父様は、私が言えば信じてくれたのだ。
「…ある。俺はあると思っている。だが、赦されたいと君に迫るのは違うな」
くしゃりと前髪をかきあげ、切り替えるようにジグムントへ向き直った。
「なぁジグムント。俺は罪深いな」
「左様ですな」
否定しないジグムント。また鼻が赤い。
「わしも旦那様と変わりませんが」
「せめてと思って好きなだけ罰を与えろと言ったが、俺の娘は見せつける人間がいないと厳しい事は言わんらしい」
「そうですな…始めは厳しく仰っても結果はこれです。お優しいだけではございません」
ズビズビ聞こえだした。
「どいつもこいつも縊り殺したくなる。なのにヴァネッサを誇りに思うとは…」
はっ、と吐き捨てるように息を吐くと、護衛に夫人を叩き起こすよう指示した。最後に処罰を伝えるようだ。
護衛が胸ぐらを掴んで引き起こし、頬を引っ叩いた。
「…あぅ…な…」
「罪人 パメラ・ザッカリーは斬首。処刑は明後日。それまで地下牢に収容する」
「な…なに…待って!コムルトさ…ヒィッ!…お、伯父様ぁ!!!助けて!!!」
お父様は極悪な目付きをしていたので、トマスに標的を変えたみたい。どうするかなとトマスを見ていたら、なぜか私に礼をした。
「私にそのような姪はおりません。妹の娘は、修道院で死にました」
夫人に視線を送る事なく、礼をしたまま切り捨てる。私は残酷な事を強いたのだろうか。
「伯父様!?私だけ見捨てて助かろうってわけ!?ふっざけ…お前!これを許すの!!!伯父様だって!伯父様が悪いのよっ!!!」
夫人は相変わらず私が一番責めやすいのか、トマスが悪いのに自分だけ死罪はおかしいとまくしたてる。
「トマスは夫人と関係がないと。わたくしはトマスを信じますわ」
「あ、あたしも何も…!何もしてないって言ってるじゃない!!」
「夫人の罪はわたくしが知っていますから」
「伯父様は!?あんたが信じたからって何よ!ちゃんと調べれば…!」
トマスを巻き込めば死罪でなくなると知っているから必死だ。確かに調べれば分かるだろう。でもね。
"夫人" と最後の呼びかけをする。
「これまで皆が、信じたいものを信じていたからこうなったのですよ。わたくしも、信じたいものを信じる事にしただけですわ」
私はそれ以上話す事はない。終わった顔をしてお父様を見ると、手振りで夫人を連行させた。ずっとうるさかった。やはり物理しかない。
喚く声が遠ざかり静寂が戻ると、とたんに身体が重くなった気がした。渇きを覚えて喉を鳴らすと、アルルが "お飲み物をお持ちします" と言ってくれたが、ここはお父様の執務室なので部屋に戻りたい。
「お父様、わたくしも失礼させていただいても?」
「送っていこう。構わないか?」
椅子から抱き上げ、ふわりと私を着地させたお父様が手を取ってそう言う。
「うれしいですわ。ですが、お忙しいでしょう?ジグムントにお願いしてもよろしいでしょうか?」
*******
自室に着くと、扉の前で下がろうとするジグムントに室内へ入ってもらう。
「ねぇジグムント。わたくしの話した事で何か侯爵家に不都合が想定されるなら、お父様に進言してくださる?」
罪滅ぼしだと言って、私の意向に固執してしまわれると困る。意向というほどの提言じゃない。あんまり罰が重いといつか気に病むだろうし、途中からは実写化を見る方に舵を切っていただけだから、そこまで深い理由のある意見じゃないんだ。
「畏まりました。お嬢様がそうお望みだとお伝えさせていただきます」
「あの…ジグムント?そこまで畏まっていただく必要はないのよ?」
すごく丁重に扱われてしまっている。腫れ物といっていい。
「それは…いえ、お嬢様のご希望とあらば!」
別ベクトルで気合を入れ直しただけに見える。
困った様子を感じ取ったのか、恭しい態度を取り払いこちらに笑いかける。
「お優しいですなぁ。思い出してみると。小さな頃からおっとりされておいでだった。いつの間にか才気煥発におなりだが」
うんうん、と頷く姿は厳しさの欠片もない。
「わたくしの小さい頃の事、覚えてらっしゃるの?」
"それはもう" と目を細める。
「わしと目が合うと、おかしそうにお笑いになるのですよ。これが」
口髭を指差して笑う。
「触りたいと言いましてな。わしの気のせいでなければ、今も興味がおありかな?」
いたずらっぽく言うジグムントを見て、頬がちょっと熱くなる。立派なお髭だと見とれていたのがバレていたらしい。
「そう…そうなの。格好のいいお髭だと思って…」
ハハハ、と闊達な人柄が分かる笑い声をあげた。
「小さい頃は抱き上げさせていただく事もございましたから、よく触っておいででしたよ」
「まぁ…!」
それは羨ましい。お髭だからチクチクするのかしら?
「もしや…今もまだ触ってみたいと?」
おどけた様子で目を見開く。
実は触ってみたかった。やっぱりダメかしら…。でも、私はまだ子どもといえるのでは?もう少し大きくなったらきっと淑女として "はしたない" と言われる。今しかない気がする。
「ジグムントがお嫌でなかったら…」
恥ずかしいので下を向き、小さな声で言う。呆れてるかな…そろりと見上げると、それはもう可笑しそうにクックッと笑っていた。
「申し訳ありません…ハハッ…お嬢様は大層お可愛らしいお子だったと思い出しましたよ」
優しく眦を下げ、"どうぞ" と膝をついてくれた。
そぅっと手を髭に伸ばす。なんと――ふんわり柔らかでございます!驚きである。さらりふわりとした触り心地。一級品ね?
夢中でさわさわしていると、肌に赤みのある部分がちらほらある。
「ここは?お髭を触っていると痛むかしら?」
心配そうに聞くが、なら触るのをやめればいい。
「いえいえ。こういうもんです」
"お気になさらず" と言うジグムント。見た目はちょっと痛そう。よくなりますように、と最後に手のひらを添えると、ポウッと光った。
…光った?
疑問符を浮かべる私と、目を見開くジグムントが見つめ合い、先に口を開いたのは向こうだった。
「―― 愛し子 ――!」




