09.
「寝すぎた…」
未明に夫人の首は落とされた。
お父様やジグムントは "邸の使用人を整える" と忙しそうだったが、私は微熱が下がりきらず、あれからずっと休ませてもらっている。
昨晩も一昨日の夜も、遅くにお父様が来てくださったらしい。夜になると熱が上がっていた私は、ウンウン唸って気づかなったようだ。
意識がある時に侍るのはアルルだけ。
夜半はメイドを外に待機させていたようだが、呼ぶ事もないので顔を合わせていない。
―― すごく遠巻きにされている…
この邸で主人格はお父様と私だけなので、これまで周りにいる人数だけは多かったのだが。
―― さらに評判が悪いのかしら
懲罰異動される職場じゃイヤなのも分かる。
私に付きっきりのアルルには申し訳ないけれど。
"そろそろ湯浴みを" と声を掛けて、やっと数人のメイドが来た。もちろん目は合わない。
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「タチアナ様がいらした?」
湯浴みを終えると来客が告げられた。
先触れもなしに?と思ったが、なんと昨日からお泊りになっているという。気が長すぎない?待たせすぎじゃない?
「お会いするわ。アルル、用意をお願いできる?」
ん?待って?
「いやだ、アルルったら。お休みをいただいてないのじゃない?」
約束のお休みが、熱のせいで有耶無耶になってる。明日から休んでね?と言うと、笑顔だった。返事は無く笑顔だけ。怪しい。
タチアナ様というのは、昨年から私の先生をしてくださっている伯爵家出身のご令嬢。
といってもジグムントくらいの年齢だと思う。神学を修められ、歴史にもお詳しい。独身のまま布教と慈善活動を続けておられる方だ。
そして、原作と呼んでいる知識によると。
敬虔な教徒であるタチアナ・マニフィカルゴは、生家も文門で名高い旧家である。師事できれば、マニフィカルゴ伯爵家と繋がりを持てる上に教会へ献金した事にもなる為、タチアナ女史は男女問わず引っ張りだこである。
原作に情報があるということは?
そう。タチアナ様は、ヒロインが "愛し子では?" と発覚した後に、なんやかんや助けてくれるキャラとして登場していた。
ヴァネッサとも繋がっていたとは。
愛し子が教え子の婚約者と仲を深めようが愛を語ろうが止めなかった事から分かるが、師弟愛があるような関係ではない。あちらからおみえになるなんて、何の用だろう。
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タチアナ様はダーリヤの間という部屋にお泊りになったらしい。全ての部屋に洒落た名前が付いてるわけでなく、高位聖職者や王族など限られた高貴な方がいらした時に使われる客間なのだという。
中に入ると、どうも見覚えのあるテイストの調度品が並んでいる。あの時の椅子、ここのね?
室内にはすでに幾人かの人がいた。
お父様とジグムント、あとタマス。
部屋に配されている護衛も、よく見たらあの時に最後まで執務室にいた面々だった。先生を迎えるだけにしては物々しい。
ソファに腰掛けているのはお父様だけ。
挨拶をしたら、お父様の隣に座るよう言われた。タチアナ様は対面に座られ、他は役割に応じた立ち位置に控えている。
タチアナ様が何か話し始めるのかと思ったが、その前にお父様が口を開いた。
「よくいらした、と言いたいところだが。いかに教会とはいえ先触れなしに押しかけるとは、どういうおつもりかな?」
招聘されていないから邸に入れてもらえず、それを教会の名で押し入ったと。
歓迎されていない空気だが、タチアナ様は平素と変わらず落ち着かれている。装いもいつも通り。結い上げた髪をベールで包み、暗色のハイネックワンピースに装飾品はペンダント一つだけ。
細身ゆえにお顔には年相応の皺があり、見つめられると謝りたくなる眼光と、イタズラ坊主も背筋を伸ばす静謐な空気をまとっておられる。
「―― 5日もお加減が優れないと聞きました」
前振りなしに切り出すタチアナ様。
外部の人間が、直接的に次期当主の健康状態に言及し、強引に居座っている。好ましいとは言えない態度。警戒度は上がった。
「見舞いにいらしたと?それほど私の娘を気に入ってくださっていたとは」
優しい声だ。上司にあんな声出されたら背筋凍る。
ちなみにだが、タチアナ様は私が嫌いだ。
好意に飢えている子どもには分かる。
「最初に申し上げました。いかなる身分であれ優遇はいたしません」
見舞いになんか来るか、という意味だろう。
張りのない瞼。
揺れる事のない瞳。
音もなく動き、気付けば私を見ている。
「―― 神の御心が必要かと思いまして」
ご意志に背く行いがあったと?
知らないけど、神のご意志。
「子どもが熱を出す度に、御心を示しに?ご多忙なわけだ」
嘲弄めいた言い方をしている。
しかし表情や声は優しげを継続中である。お父様は冷たい感じのする男前なので、優しげにするとやらしい。やらしげを継続中。
「ご令嬢は、魂に障る行いによっていつまでも回復されないのでは?」
すごい、真正面からケンカ売ってる。
娘さんに悪魔ついてますよって言ってる。
「なんと…何ヶ月も枕が上がらない、というならともかく。子どもが数日熱を出しただけで魂に障りがあると?教会はそんなに入用なのか」
金に困ってんのか?と、ケンカを買うお父様。
「初めてお会いした時から心配はしておりました。満ちぬ器は呑まれやすいものですから」
愛されてない子どもはグレやすいからね、と返すタチアナ様。
「ずいぶんとお優しい事だ。1年以上何もせず、思い立ったように救済にいらしたと」
あ、もうあんまりオブラートに包まれてない。
「そうですね。残念ながら、一足遅かったようですが」
もう手遅れですよ、と…
何しに来たんだろう?




