06.
「磔刑では いけませんの?」
膝立ちの面々がビクリと震えた。
親子の会話で僅かに緩んだ空気が、再び張り詰める。
「殺してやりたいか?」
…どうだろう?
前世か未来視か分からないけれど、あれ以降 過去から隔絶された感がある。そうか。双極性障害の線もあったかな。
―― この世界で双極性障害なんて聞いた事がないから、やっぱり前世なのかしら
今の私に、殺してやりたい程の憎悪はない。つまり
「いいえ?」
フッ、と笑ってお父様が問う。
「では何故だ?」
「ラリューシュカ侯爵家の血筋は、斯様に軽うございますか?」
目を細めて私を見下ろす。
「なるほど。上奏したのはジグムントだ。答えろジグムント」
そう言うとお父様は自身の椅子に座った。ふんぞり返っている。偉そう。
「畏れながら申し上げます。国法にて "賤が貴に対し死罪相応の罪状あらば、一族郎党を処せよ" と定められております」
「当然ですね。身内が殺されれば叛意を抱く者は必ず出ます。禍根を残すくらいなら、諸共処分した方がよろしいですわ」
侍女達がすごい顔してる。夫人にいいように殴られる私しか知らないから驚いてるのかしら。
「臣は、パメラ・ザッカリーを除く14名に一族郎党の処刑に値する程の罪はないと考えましてございます」
「分かりました。ありがとうジグムント。パメラ・ザッカリーは?」
「はっ。そこな罪人につきましては、後ほどトマス元執事長を交え説明させていただきとう存じます」
流れでトマスの解職を知る。そっちは後か。
「そう。では、あれは除外します。ねぇジグムント。教えていただきたいの」
顔を上げてもらい、茶色い目をじっと見る。
「わたくしに触れられる距離にいた使用人を集めたようだけれど、この身を軽んじる空気は邸中にあったはずよ」
細めた目で "そうよね?" とダメ押しする。
「……遺憾ながら……!」
すんごい悔しそう。言わせちゃってごめんね。
「罪人の振る舞い、残虐性を知っているのも彼らだけという事。彼らの受ける罰が相応しいものであると、何も知らぬ邸中の使用人が信じるかしら?」
ジグムントは何も言わない。私が話し終わるの待っている。
「わたくしが ――なんでしたかしら ―― いつもの癇性とやらで使用人をいたずらに責め苛んだと、口にする者がいないと?」
禍根ってそういうことよね。
「―― では、いかがなさいますか」
「下働きにでもしたらよいのではなくて?生き証人ですもの。そこまで温情をかけて、まだ静かにできないお口なのでしたら――」
にっこり笑って膝立ちさん達を見る。
「国法に則って処分したらよろしいわ?」
*******
ジグムントがなぜか泣いている。
お父様は "感涙だからほっとけ" と言う。
何を感じ入ったのかは不明。
見極めようと構えてたけど、ますます分からなくなったわ。
膝立ち13名には温情をかけられた。
ドゴールはダメだって。夫人のコネで入り込んでたから、らしい。
夫人は引き続き同じ態勢で待機中。
ヨダレがすごい。お父様イヤじゃないのかしら。
「ヴァネッサ。よく発言した」
絨毯にヨダレを垂らされても満足げだ。
しかし、どうだろうか。弱い当主はダメだと思う。
「いえ、ジグムントの上奏は妥当でした。わたくしが至らぬゆえ、相応しい罰を与える事が叶わなかったのです」
尊敬されていれば、信任があれば。
厳罰はむしろ周囲が望む。
ジグムントの泣く声が大きくなった。
お水飲んだほうがいいと思う。
"*******
トマスを待っていると、先にアルルが来た。
ついでにタマスが静かに入室して、部屋の端に立って護衛と並ぶ。
「まぁアルル。休ませてもらえなかったの?」
「いえ、先ほどまで下がらせていただいておりましたので」
休憩のお礼を言ってお辞儀するアルル。
短くないかしら。もっと休ませてあげたいんだけれど――
「これが終わったら休みを取らせる」
思いが聞こえていたかのように、お父様がそう仰った。
「お父様…ありがとうございます」
よかったわね、とアルルに話をしている間にトマスも到着した。到着というか隣室から出てきた。そこにいたんだ。
前と変わらぬ穏やかな顔をしていたけど、夫人を視界にいれると口元が少し歪んだ。見たのは夫人じゃなくてデロデロ絨毯かもしれない。
お父様は椅子に、ジグムントはその後ろ。私は貴賓席のようなものにまた座らされ、アルルが横に来てくれた。
護衛の数も減り、室内の総数は大幅に減ったにも関わらず、先ほどより息苦しい気がする。
「罪人 パメラ・ザッカリーが死罪ではない理由が、こいつだ」
揃ったらすぐ話し出すお父様。
トマスを顎で指した。
説明になってないのでジグムントが続く。
「左様。トマスと罪人は伯父と姪でございます。尋問の結果判明した事で、邸内では他人として振る舞っておりましたがな。罪人は現時点で平民。一族郎党にはトマスとタマスも入ります。他にも含まれる者はおりますが、お嬢様がお知りになる必要はない者共ですので」
「俺は3人まとめて鋸引きにしてやれと言ったが」
タマスは全感情が死んだような顔をしている。
知らなかったならそうなるか。
イヤ、あの時の顔色の悪さを見るに全く知らないというわけではない?
「こいつらを見せしめに、残りは温情をかける。それがいちばん収まりがいい。主に対して疑念を抱かせては、回り回ってヴァネッサの為にならんからな。だがジグムントは、トマスとタマスを慕っている者も多いゆえ温情をかける意味がないと」
ふんぞり返っていたお父様が少し身体を起こす。
「よって全員で均して罰を与える事になった。トマスとタマスを殺さんためだ。だが、カス共は飼い殺しになった」
視線は私に向けたまま、デスクに両肘をつく。
このデスクって壊れなかったっけ?
「見せしめが必要だな?」
「そうですね。惨たらしく、長く苦しむものがよいかと。弱火で炙りますか?端から刻みますか?」
面白そうに口角を上げるお父様と、納得顔のジグムント。
「お嬢様がお望みとあれば――」
待って受け入れないで。これがまかり通る時代なの怖い。
「ジグムント。トマスとタマスをご覧になって?」
また騒ぎ出した夫人と違い、2人は表情を変えず立っている。タマスはちょっと顔色悪いけど。
「どうお思いなる?わたくしがそんな事をするはずがないと考えているのかしら。それとも、残虐な死で邸内に禍根を残せれば本望、のお顔?」
もう少し詳しく聞かせてほしい。
「"叛意はなかった" という言が真であれば、後者ではないでしょうな」
意を汲んだジグムントが説明しだす。
「交流のなかった伯父 ―― トマスへ、適齢期を過ぎた罪人が接触。修道院で朽ちていくのは不憫だと考えたが、呼び寄せるには身内だと分からないようする必要があったとか。トマスの妹も男爵家に嫁いでおりましたからな。罪人は男爵家の直系になる。その男爵家から"跡目争いにならぬよう修道院に入れてくれ" と言われ了承した以上、トマスの姪として還俗はできませぬ。新しい身分のために死にかけの男爵に後妻にしてもらったのは、元男爵夫人という肩書きさえあれば邸に雇い入れられるからだと」
「還俗させ貴族を名乗れるようにしただけで十分のように思えますけれど。邸に入れる必要が?」
「いえっ…まぁその…」
言いにくそう。
「お母様が亡くなって…ちょうどいいから?」
「………そういう意図はあったかと…」
寝技に持ち込めたらいいな、と。
原作と思われる小説では、夫人のような存在はいなかったと思う。寝技は不発だったんだろう。代わりになのか、又従兄弟のランドルフが邸に出入りするようになっていた。
ジャスティンとの婚約が決まってからも、ランドルフは近しい雰囲気を醸し出してヴァネッサの周りをうろついており、婚約者候補だったと明言していた気がする。ジャスティンの家と話が出る前に、ランドルフはどうかと候補に上がるんだろう。
そのランドルフの祖母と、私の祖父は姉弟だ。血は近い。下から血の近い者を充てがうということは、それだけヴァネッサの評価が低かったのでは?
これもトマスの発案だったりするのかしら。
実子を増やす事は出来なかったから、血の濃い子を産む中継ぎとしての役割だけを求めたとか。
―― 悪役令嬢と言っても 罰は "ジャスティンと結婚できない" だけで、実はノーダメージだったヴァネッサ
断罪後、ヴァネッサはランドルフと結婚して侯爵家を継ぐ。なんせ娘を愛している父は現役の侯爵。権力を使いまくってジャスティン達を丸め込み、全員ハッピーエンドにしてしまう。メインのざまぁ要員はヒロインの家族であって、ヴァネッサはむしろ大団円に向かう為の都合の良い駒。
だからこそ、お父様が私を信じてくださった時点で任務完了だと思ったんだもの。失恋はするかもしれないけどね。私が消えても、アルルやお父様がいるなら大丈夫だろうと。
今となってはもう、別人格が憑依したというよりは "別視点も持ったヴァネッサ" だと感じる。
このまま生きていくのだろうな、という予感。
原作でビジュアルがあったのはヒロイン周りばかりなのに、私があんなに早く あのヴァネッサ だと気付けたのは、私自身がヴァネッサであるという自認と、全ての記憶があったからだし。
なら、よ?
ようはこれ、アレよね?
実写化ね?
そんなの、担当編集なら絶対見たいわよ。
―― よし 見よう
なるべく原作から乖離せずに決着できるといいんだけど。夫人はどうしたらいいかしら。
●磔刑【たっけい】
残酷な公開処刑




