05.
「俺が会いに行かなかった。時間が経つほど怖くなった…そんな奴を頼るなどできるものか」
私の手を両手で握りしめ、自身の額にあてて目をつむった。
思わずジグムントを見ると、さすが。
分かってくれたようだ。
「旦那様。お嬢様がお優しいのはもうお分かりでしょう。そのように跪ずかれても困らせるだけかと」
あ、分かってなかった。
威厳の問題だから。私がどうとかじゃなくて。
さらに困った顔の私を見て、ジグムントが微笑んだ。
「分かっております。旦那様のお立場をご心配なされているのは。ですが、旦那様にはこれくらいでちょうどいいのです」
目顔で私の了承を取ったお父様がベッドに腰掛け、また手を握った。
「俺は迂遠な物言いは好かん。困るからやめろと言う方が早いからな」
クリスタルブルーの瞳がまっすぐ私を見る。
「ヴァネッサに責めを負わせる理由など、何一つない」
「左様でございます。責めを負うべき1人が、このジグムントでございます」
軽く頭を下げてジグムントが続ける。
「飾った言葉では、お嬢様の御心には届かないでしょう。少し砕けた物言いをお許しいただけますか?」
「もちろんですわ」
お父様より丁寧に話してもらって居心地悪かったから、むしろぜひ。
「ありがとうございます。では失礼して…わしはあの女狐をとっとと追い出せと常々言っておりました。当主に色を匂わせて纏わりつくのも、世話係如きがあれこれ邸の事に口を出すのも、我慢なりませなんだっ」
めっちゃ怒ってる。
「邸内の取りまとめはトマス。奴とは何度も言い争いましたが、"女主人不在の不安定さを夫人がフォローしている" などと! 」
語気荒く話すジグムントは、私を見て哀しそうな顔をした。
「お嬢様の口数が減り、表情を無くされていくのをずっと見ておりました。"夫人の前だけは子どもらしく笑っている" という話を信じたかった…いえ、そう信じないと自責の念に耐えられなかったからでしょう」
目を伏せ首を振る。
「唯一残った肉親を取り上げたわしの罪深さを肯定してくださったのが、お嬢様の優秀さでございました。それは夫人のおかげであるとトマスが言う。いなければ不安定になり、手が付けられなくなると…。性根の気に食わん女狐だか、お嬢様に必要であれば…と」
跪いた。
「愚かなわしをお許しくださいとは申せませぬ。ご信頼いただけぬのも当然の事」
頭を垂れる。
「彼奴らの処断にご同席を願ったのは、後継はお嬢様であられると全使用人に周知する為でございます。決して!あの愚か者どもに抗弁を許す為ではございません!!隣室にいていただくだけでいいのです。不忠の輩を、当主と次期当主が揃って排斥する。そう言える状況であればそれで」
告解のように私を見上げる。真剣だから口を挟めなかったけど、立ってほしい。
「俺が保証する。ジグムントはあれが嫌いだ」
お父様が言うのなら、好悪についてはそうなのでしょね。私が次期当主に相応しいか見極める意図はなかったのかしら。いえ、同席するか否かでも測れるものはあるか。
―― 同席した方がよく分かりそうね
「分かりました。ありがとう、ジグムント。そこまで考えてくださっているのだもの。同席いたしますわ」
執事長の処遇も宙ぶらりんなので、使用人たちが少し動揺しているらしい。身なりを整えたらすぐに執務室へ向かう事になった。
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執務室へ赴くと、プレジデントデスクの隣に豪奢な椅子が置いてあった。
あんなのあったかしら?と心の中で首を傾げていたら、そこに座れという。ねぇこれ、すごく高貴なお客様用の椅子じゃない?
お父様はデスクの前、ジグムントはその斜め後ろに立っており、壁には武装した護衛がずらり。盗賊の首魁でもあげたかのような物々しさ。夫人1人に過剰戦力。
お父様がジグムントに頷きかける。
家令の命令で護衛が扉を開け、ぞろぞろと人が入ってきた。ぞろぞろしてる。なんかいっぱい来た。
全員が後ろ手で縛られており、両膝をつかされた。背後には各人に1人の護衛が立つ。
…… 戦争犯罪人かな?
夫人に至っては猿轡まで。どことなく薄汚れてるし。
アルル以外の私の侍女と、ドゴールとかいう執事がいる。あとは会話らしい会話をした事がない人達。顔には見覚えがあるから、私の部屋周りに配属されていた使用人だろう。
ジグムントが丸めた羊皮紙を読み上げる。
もう尋問済みで、本当に処罰を下すだけだったみたい。あ、執事長はいないのね。
「ラリューシュカ侯爵家長子にして次期当主たる嫡女を長年に渡り不当な流言によって貶める行為、甚だ赦しがたし。杖刑、鞭刑、墨刑、私財没収、領都からの追放に処する。量刑は以下の通り…」
ジグムントは、ひとりひとりにどれくらい罰を与えるか読み上げている。私は罰の重さに引いている。
見て見ぬふりした全員、死刑宣告に等しい量刑。棒か鞭でめっちゃ殴った後、顔に犯罪者の焼印入れて、無一文で領都から出てけって事だからね。墨刑は昔の名残でそう言うだけで、今はお手軽な焼きごてよ。
「パメラ・ザッカリーはニ肢切断、48時間広場に晒した後、領内から追放に処する」
口を封じられた夫人が、全力でうめき声を漏らしている。私は想像しちゃって吐きそう。
あ、ドゴールが立とうとして押さえつけられてる。
口を開きかけた瞬間に殴られたわ。2発で黙ったけど。
それを見て、私に何か訴えようとした侍女たちも口をつぐんだ。許されてないのに話しかけるのは罪を重ねるだけだから、何も言わないで。
これは…どうしたもんかしら…
間違えてはいけないのが、これが理不尽に重い罰ではない、ということ。貴族家に仕えるのは誉れであって、忠節を尽くすのは当たり前。まして彼らは下働きではない。主家の人間に触れられる距離で働いていた。もし殺意があったら?主人に近ければ近い程、害意を持てばその罰は苛烈になる。
階級社会を維持するのならば、相応の罰は必至。命が平等だと宣いたいのであれば、火炙り覚悟で貴族をやめて立ち上がればいい。綺麗事で社会はひっくり返らない。
―― それは分かっているんだけど
「閣下。発言をお許しいただけますでしょうか」
するりと椅子から滑り落ちる。椅子が高すぎる。着地して礼をとって声をかけた。
ぞろぞろ人が増えてから一言も話していないお父様が、私の手を取り、再び椅子にエスコートした。
夫人がうめくのを忘れて目を見開いている。
先ほどと同じようにふわりと抱き上げて私を座らせる。跪き、"もちろんだ" と優しい声で答えるお父様。
「君の言いたい事を好きに言えばいい。ここは罪人しかおらん。…父と呼んでくれるか?」
思い詰めた表情で懇願する。呼ぶから立ってほしい。
「まぁ…お父様?そのようになさってはいけませんわ?」
膝ついちゃダメだってー
困ったのでジグムントを見ると、なんか頷いている。全然止めないわね この家令。
「ね?お膝が汚れてしまいます」
私の手を取ったお父様の手に、もう片方の手を添える。少し首を傾げてお願いすると、よくやく立ってくれた。なぜいちいち膝をつくのかしら…。




