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原作ってご存知?  作者: safu
3章

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23/25

21.5 執事長タマスの傍観

ノウス(バカ息子)がいなくて、ようございました…」


お嬢様が退室されると、バイデント子爵は万感の想いを込めて呟いた。


「おいダウゼン。あれは…なんとかならんのか?」


ジグムント殿が呆れたように返す。()()()()というのは、ノウスがお嬢様に関する事は実力行使に出る事だろう。なまじ強いものだから、騎士を全員()してしまう。


「…止まらんのです…」


"昔はあんなに無感動な男だったというのに" と呟くバイデント子爵に皆が心の中で同意する。


半年前まではこうではなかった。


侯爵家の騎士は練度も高く、旦那様に対する忠誠心も高い。だからこそ、お嬢様への心証は良くなかった。次期当主はいくつになっても世話役にべったりで、精神的に未熟だという噂もあり、騎士からは特に嫌厭されていた。


大の男が揃いも揃って、守るべき総領娘を傷だらけにするまで何も気付けなかった。


だからノウスの忠誠心は良い事だ、と思いたい。侍女(アルル)が虫けらのようにノウスを見るのはおかしいと言いたいのだが…



お嬢様は非常に端正なお顔立ちをされている。少し凛々しい目元に、ラリューシュカ侯爵家の青い瞳がよくお似合いだ。まるで加護を浴びたような銀髪と、しなやかな痩身が相まって水の精霊のようだと思う。今はそうでもないが、半年前は幼女をようやっと抜け出したくらいの身丈だった。


要は、幼さの残る美少女なので。


―― (いとけな)い子を隙あらば抱き上げるから 疑惑が深まるんですよねぇ…


お嬢様が他者へ親愛を向けていると、負のオーラが滲み出てるのも良くない。



半年前のあの日。

執務室で同席していた護衛は、その後の予定に合わせた精鋭だった。ノウスもいたし、なんならバイデント子爵だっていた。理知的で当主に相応しい威厳を持つ、傷だらけの小さなお嬢様を見たノウスは、その日からおかしくなった。




「まるで信者だと。ヴァネッサ様の耳に入ったらどうする気だ」


「それは愚息(ノウス)だけではないはず…」


「最近では狂戦士達とまで言われとるんだぞ」


笑ったのは旦那様だけだ。バイデント子爵は目を閉じて眉間を揉んでいる。



教会へ行く際には騎士が護衛任務に就くのだが、その度に新たな信奉者が増え、今では誰が行くか決めるだけで怪我人が出る。それをお嬢様が治す。怪我人は増えるばかりだ。


聡明で、次期当主としての気概もある。無機質に感じるほど整った顔立ち。近寄りがたい高貴さ。元来口数が少なく、声掛けなどは滅多になさらないせいもあるだろう。上に立つ者とはそういうもので、仕える我々は仰ぎ見るだけの存在だ。


だが、微笑むと雪解けを思わせるほど暖かで。

口を開くと誰かを気遣うような事ばかり。


笑顔をもう一度見せてもらいたくて、皆が躍起になるわけだ。ジグムント殿など初孫のように愛でている。『お髭、今日もフワフワね』と言われる度にノウスへ勝ち誇った顔をするのをやめて欲しい。



誰も責めず、未来だけを見て凛と立つ小さな背中。それが震えているとしたら。

守らなくては、と思う。その気持ちは分かる。


涙を流すお姿を見たのは、あの日以来だ。あの時と同じように、声を押し殺して。水面のような青い瞳が濡れていく。くたりともたれかかる姿に普段の気高さはなく、旦那様がいなければ我先にと皆が抱き締めている事だろう。不敬と言われようが、そうしたいと感じさせる方である事は否定出来ない。


幸いな事に、今日いたのは父親と変わらない年齢の男ばかりだった。泣いてしまったと頬を染めるお嬢様を見ても、可愛らしい以上の感情はわかない。ノウスはダメな気がする。あれは本当に忠誠心なのか?俺にも分からなくなってきた。


「妻帯すればあれも落ち着くだろう」


旦那様が興味なさそうにペンを動かしながら言うが、ジグムント殿は疑わしげだ。


「…そうでしょうか?ダウゼン、婚約者は今いくつだ」


「じき19になるかと」


「なんだもう年頃ではないか」


ノウスにとっては少し早いが、嫁入りする良家の娘としてはちょうどいい頃合いだ。


「愚息は…婚約を白紙にと…」


「―― どういうつもりで言っているんだ」


いたたまれない空気。

バイデント子爵が不憫で顔が見れない。


タンッ ―― とペンを置く音がした。



「なぁダウゼン。俺が知らないと思ってるのか」


婚約を白紙に、という話が出るまで書類に目を落としていた旦那様が、バイデント子爵を見据えている。


「大きな商家の娘だったな。お前の嫁の実家が困窮した時に助けてもらったんだろう?息子と縁付かせる事で恩返しのつもりか知らんが」


バイデント子爵の奥方の生家は、いわゆる清貧に喘ぐ男爵家だった。商家の助けがなければ、婚姻はおろか成人を待たずに身売りするしかなかったと聞く。


「婚約者がヴァネッサについてなんと触れ回っているか、知っていて放置しているのか?」


そうなのだ。騎士を始めとした若い男が熱を上げる程、お嬢様への誹謗は激しくなっていく。かの婚約者は大きな商家だから、先鋒を切って悪評をばら撒いている。


「婚姻して黙らせろ。御せないのなら潰せ」


「―― はっ!」


騎士として命に従う姿勢を取ったバイデント子爵だが、果たしてどうするのか。


旦那様が立ち上がり、ゆっくりとバイデント子爵に歩み寄る。


「ランドルフはもう使えん」


お嬢様を見る時には決してしない、冷めた目。見慣れた支配者の顔。


ランドルフは婉曲ではあったが、"傷物だ" と発言したせいで騎士達は怒髪天を衝いた。こうなると婿入りは厳しいだろう。一族で結束を固めるどころか内部崩壊しかねない。


冷淡さを隠す事なく、全員を見回しながら旦那様は続ける。


「ヴァネッサは…自分は選り好みできんと思っている。()()ラューシュカ侯爵家の次期当主がだぞ」


旦那様の口調は変わらない。だが俺の肌は総毛立った。腹を見せ、降伏しろと本能が叫ぶ。


「ダウゼン。お前の息子はどういうつもりだ」


そう ―― 皆、分かっているのだ。


傷痕を気にしていないと言い、何でもない事のように振る舞うのは、我々が罪悪感を抱かないように気遣っているだけだと。


「婿入りしてくれるなら誰でも有難いと言う、あの子ならつけ込めると?」


(ひざまず)いたバイデント子爵の、握りしめた拳が震えている。


「……愚息は……家督を放棄して終生お嬢様にお仕えしたいと……」



――― …怖っ!!!分かりたくないけどなんとなく察してたけどものっすごい執着してる離したらヤバイ離したら暴走する暴走したらヤバイ最近もう人間やめてる強さなんだよな… ―――



一同が心から引いているなか、旦那様だけは冷静だった。


「そうか。なら構わん」


いいんだ!?


「後継は変えるな。平民が騎士を率いるわけにはいかん」


ノウスは家柄も能力も、次代を担う人材だ。主人に傾倒しているのも悪い事では…ないはず…?


ノウスの婚約者があれこれ言ってるのも、お嬢様はきっとお気付きなんだろうなぁ…それとなくノウスを離そうとしてらっしゃるし。バイデント子爵の板挟みっぷりが不憫すぎる。


「愛し子の次は聖獣か ――」


「精霊付きが大神殿にいると聞いた事はございますな」


ジグムント殿がいち早く復活して旦那様の呟きに返事をした。傾倒っぷりはノウスといい勝負だからな。―― あれ?


「聖獣と言い切れない、というお話では?」


お嬢様もそれを聞いて安心したみたいだったのに。


「加護を厚くいただく者ならば自然と分かるものらしい。調べた時は与太話だと思ったが」


「お嬢様はおっとりとしたご気性ですからなぁ。超常の存在だとはお気付きでも、あれ(聖獣)を可愛いと思えるらしい」


邸の人間は、本能的な畏れを抱いている。使用人が世話を嫌がるのも、騎士が護衛だと騒ぐのも、無意識化で怯えているからだろう。


旦那様は胸元からハンカチを出して見つめた。光ってたなぁ…聖獣っぽいよなぁ。


「…色が変わってしまった…」


普通に残念がっているように見えますけど、護符以外でもそんな事できるんだ?とか色々ありますよね?


俺の内心に気付くはずもなく、旦那様はハンカチをまた丁寧に折り畳み胸元へしまう。


「ヴァネッサと領地を周る」


考えて分かる事でもない、と切り替えたようだ。

視察にお連れするから手配せよという事だろう。



"護符も見せるか ―― " と最後に旦那様が呟いた。

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