20.
「お父様が帰ってらしたの?」
まだ昼過ぎなのに?
不思議そうにアルルを見ると、無表情ながら呆れた空気を漂わせている。
「…収集がつかなくなりましたので…」
あぁ………ごめんなさいお父様……
発端は、私が白い塊に触われたから、だと思う。なんと持ち上げる事もできた。
それで、『これは猫じゃなくてオコジョだ!』ってテンション上がったんだけど、よく見るとちょっと違う感じもする。あとオコジョがこの世界にいるのかもよく分からない。
白貂は絵画で見た事があるので大丈夫。だから白貂という事にした。
かわいいし、たぶん精霊とか妖精とかそういうやつなので "部屋で私がみるわ" と言ったのだ。
それがダメだったらしい。
今の邸は、私に対する感情にまとまりがないから。
まず、罪悪感からか私のイエスマンと化した者。
ジグムントを筆頭に。
なんでも希望を叶えようとしてくれるので、今回も賛成してくれた。
次に、忠誠心を滾らせる騎士。
ノウスを筆頭に。
危険だと護衛の常駐を主張。護衛を置かないなら反対らしい。
それと、粛清人事の一件で怯えている使用人。
ワガママお嬢様の気まぐれでまた揉めている、と辟易中。よく分からない生き物の世話もさせられそうで、サイレント反対勢。
あとは、私に反感を覚えている女性陣。
ノウスの婚約者を筆頭に。
とにかく気に入らないので反対。外部の人間も多いのでまだ勢力を拡大予定。
大抵の使用人は『心を入れ替えました』と言わんばかりの態度になったものの、私に悪感情を残している者もいる。私が過敏なのかもしれないけど、たまに態度にも出てるからね。
そういった人達は、下働きに落とした面々と懇意だったり、騎士に懸想していたり、まぁ人間なので色々見えない繋がりがあるんだろう。
こういう時はお父様じゃないと収集がつかない。私が何か言えば、さらにボルテージが上がるだけだからだ。
私が愛し子だと知っている ――内部事情を把握している内部組 ――と、邸内カーストが変化して戸惑っている外部組に溝があるのが原因な気もする。
今回もそうだ。
ジグムント達と騎士達で意見が合わないのは、夫人の事があって、しかも愛し子だと判明したから。この2つの理由で、彼らはちょっと過保護すぎるし、私の気持ちを慮りすぎている。
事情を知らなければ、どんなワガママ娘だと思うだろう。おかげで癇性が激しいとか傍若無人だという噂は消えない。
難しいわね ―― と思うが、私がため息をつくのは違うから堪える。
「…申し訳ないわ。アルルもごめんなさいね」
孤児院で "ジムの口利きをする" と言ったのだって、勝手をしたわけで。気まぐれで我儘だと批判されても仕方ない。
「勿体ないお言葉です。お嬢様のせいではございませんよ」
微笑むアルルを見る度に、あのとき間に合って本当によかったと胸が熱くなる。"じき執事長がお迎えにあがります" と言っていても嬉しい。
呼び出しか…そうだ、ついでにアレを持っていこう。
******
お父様の執務室で待っていたのはジグムントとトマス、あとノウスの父親であるバイデント子爵だ。今日の護衛は子爵だったのね。
「それか?」
アルルが持つ籠を見てお父様が聞いた。説明するので降ろしてもらっていいですか?
流れるように抱き上げられていた私だが、前ほどは小さくない。というか、溜めていた成長が急発進したみたいに日々大きくなっている。抱っこするような年頃にはもう見えまい。
「お父様、お手を煩わせて申し訳ありません。子爵も、予定を変えさせてしまってごめんなさいね。それに…孤児院の事も勇み足でしたわ」
「聞いているよ。あれは構わない。慈善活動だろう?」
"手配したのか?" と聞けば、タマスが "はい" と答えた。もうしてくれたの?
「ありがとう、タマス」
嬉しくて表情が緩む。タマスも笑みを返してくれた。
「ヴァネッサお嬢様。こちらこそお詫びいたしたく。あいつはいつもいつも…!」
ノウスに年輪を足して、ぶ厚くしたようなバイデント子爵が目を怒らせながら謝る。怒り成分多め。
「愚息の事です…騒動を大きくしているんでしょう。なぜああなったのか…」
止めようとした者をなぎ倒した事だろうか。ため息交じりで、最後は遠い目をしてしまった。
「いつもご子息には感謝しておりますわ。その…護衛勤務が増えるともっと忙しくさせてしまうでしょう?外へ出る際も気遣わせてしまって…」
分かって。婚約者に私が恨まれてるから。いつもノウスじゃなくていいから。
「……………言って聞かせます……」
眉間の皺がすごい。あ、ジグムントが慰めてる。
「あれには俺が話す。ほらヴァネッサ、それを見せてくれ」
アルルが籠をお父様の前に置いた。ソファでお父様の横に座らされた私の前でもあるが。
「これは…」
白貂を一目見るなり、そう言って胸元からハンカチを出した。触るためかな?と思ったら、ハンカチは籠にかけ、白貂を隠したようだ。
「ヴァネッサ、君は触れられたのか」
「…?はい。2回しか確認しておりませんが…」
お父様はそれだけ聞くと "そうか…" と呟き、思案するように黙ってしまう。
え…妖精とかじゃないの?
何かマズい生き物だった…?
「あぁヴァネッサ、そんなに心配そうな顔をするな。これはな…なんだ……君はオビィを聞いた事があるか?」
話し方を考えるように顎を掻いてから、お父様が私に聞いた。オビィ…珠喰いのオビィかしら?
前世で言う所の、浦島太郎みたいなものだ。皆がなんとなく知ってる民話、という印象だけど…
「珠喰いオビィでしたら聞いた事があります。そういえば、主教様はいくつか種類があると仰ってましたよ。地域によってオビィの前身が違うようだと」
このオビィというのは妖怪みたいな存在で、前身は悪しき人間だったされている。この悪しきが、地域や時代によって違うらしい。吝嗇なお金持ちだとか、放蕩息子だったり、シンプルに嘘つきだったりする。
「オビィに唆される人間が、神の御使いである犬に助けられるという話だ。それでな、この犬は白犬だ。なんせ聖獣だから」
"はぁ…" と間抜けな相槌を打つ。
あれ?助かったんだっけ?何かを食べちゃって戻れませんでしたとさ、っていう終わりだったような…
「民の寝物語を聞いたのか。俺が言っているのは神話の方だ」
あぁ、だから御使い様が出るのね。得心顔の私を見て、お父様は話を続けた。
「そうだ。白いんだ。聖獣はな」
それだけ言って、ジッと私を見る。
私もお父様を見て、それから、そうっとハンカチのかかった籠を見た。




