19.
「バスケットをお持ちしてもよろしいですか?」
見た方が早いという事で、白い塊を入れた籠を持ってきてもらう事にする。
あの動物はなんだったかなぁ?
ヒロインが飼っていた ―― そう、猫だった。
お猫様の下僕を自称していた作者が、イラストは短毛になっていて悲しそうだった記憶が…逆だったかな?もともとは違う設定だったのを、イラストでは垂れ耳の猫にして、柄もシルバーなんとかっていうのにしたいって泣いてたのかも ―― 情緒不安定な作者の印象が強すぎて曖昧になってる。
それで…そうだわ。その猫が実はケット・シーで…
「お嬢様?頭が痛いのですか」
うんうん唸って記憶を捻り出そうとしていたら、心配そうに覗き込むアルルがいた。
持って来た籠を差し出して私に見せてから、テーブルに置く。昨日と変わらず白い塊に見えるけど、屋内で改めると所々灰色に汚れていて、煤けたような毛並みである。
「ねぇアルル。わたくし触ってみてもいいかしら」
聞きながら視線を上げると、なぜか後方にノウスが見えた。昨日ぶり、2日連続である。
「…?ノウスはどうしたのですか?」
私室には入らず、開かれた扉の向こうに立って控えているようだ。用向きに心当たりがなくて、首を傾げたまま目を瞬く。
外出する時には必ず付いてきてくれるが、邸で接点はない。初めて言葉を交わした頃は知らなかったのだけど、ノウスは古くから重用されている子爵家の嫡男だった。実力も抜きん出ており、将来を嘱望された精鋭である。
「…不届き者が出ると。これからは騎士が交代でお側におります」
決定事項みたいに言われた。
必要あるかしら。暇すぎて騎士がかわいそうな気がする。
「そこまでの危険はないと思うのですけれど…」
邸内で護衛が張り付く必要性が理解できない。あ、とりあえずなかに入ってもらおう。目顔で入室を促し、"来客があった時に呼ぶくらいで良くない?" と全部を口に出す前に、ヒュンと風が鳴った。
「良くありません」
アルルの辺りまで一瞬で移動してきたノウスは、有無を言わさぬ口調で断言する。
「先程も部屋まで押し掛けたと」
目つきがいつもより険しい気が…精悍な顔立ちだから真顔に圧があるなぁ。
でもノウスの言うとおりかも。私室に招き入れるなんて、年頃の男女ならかなりの仲だもの。私が子どもなのと、親類だからっていうので判断が甘くなってたわ。
「そうね。またおいでになったら、部屋には来ないように伝えますわ。どこか違う部屋で ――」
親類すら御せない跡取りって思われるのも良くないし。『私が注意するよ』と言い終える前に、今度はふわりと浮遊感を感じ ――
「近付けばこのように触れる事も可能になります。お嬢様が会う必要はございません」
―― 圧のある真顔がもう目の前に。
こちらに構える隙すら与えない、超速抱っこ。
気付けばノウスの腕に座るように抱えられている。
こんな事できる人、滅多にいないと思うわ。
「…これは、あなただから出来るのですよ?」
そんな常識外を想定されても…。
困ってノウスを見つめると、一拍間を空けてから、不敵に笑った。
「そう。私だけです」
…じゃあ、私室以外で会うから良くないですか?という私の言は華麗に流され、椅子に座らされた。ノウスはそのまま私の横に立つ。
…今から護衛するの?
「…ノウス…今日の予定は大丈夫なのですか?」
さっき帰ったところだから。
明日からでいい気がするよ?あ、もう護衛モードで喋らないつもりだな。
「どうぞお気になさらず。騎士殿は、意見する者を全てねじ伏せ、行く手を阻む者はなぎ倒してここにおります」
じゃあ大丈夫だね、と思う要素が一つもなかったよアルル。
どうなのそれ…?という顔をした私を見て、アルルも眉を下げた。
「僭越ながら、私もあのような無礼を許すのは如何かと考えておりました。門前払いをなさらないのであれば護衛を同席させるべきかと」
知らぬ間にランドルフが要警戒対象になっている。
まぁ無礼は無礼なんだけど、又従兄弟だからギリギリのラインというか。
「…彼も、恐らく命じられているんでしょう?それがベンゴッタ子爵か、先代子爵かは分かりませんが」
前ベンゴッタ子爵。ランドルフの祖父にして私の大叔父は健在だ。祖父が早世し、お父様が若くして侯爵家を継ぐ時も、なかなか騒がしかったと聞く。
「一族で結束を固めるのも、わたくしが娘である事を考えれば悪い事ではありません。むしろ、気が進まないのはランドルフの方に見えますが…」
さっきの感じだと他にしたい事があったようだし。これまで気付けなかったな。
割り切って家の為にあそこまで動けるなら、貴族としてはむしろ高評価だと思う。
「こちらへの訪問も誰かに強いられているのであれば、わたくしが力になれるといいのだけど ――」
―― …
ん?なんかちょっと…?
「…ノウス?」
"なにか?" という顔で、こちらに見返すノウス。護衛中なのでやはり言動は最小限だ。
…気のせいか。
気を取り直してアルルに向き直る。
ええと、なんだっけ…?
まぁ、ランドルフの気持ちは憶測でしかないからいいか。
「侯爵家はいま係累が少ないでしょう?わたくしに何かあればランドルフが継ぐ事だってあり得るわ。あまり邪険にしては、もしもの時にあなたが困ってしまうもの」
ね?と笑いかけると、ようやくアルルの強張りが和らいだ。
「それでもお会いになるのは私室以外がよろしいかと。事前許可もないのですから、たまにはお断りになられてよろしいのですよ」
「これからはそうするわ。でも、学園での研究は興味深いわよね?残念だわ。利害関係さえなければ、楽しくお話できたかも ――」
―― …!
んん?なんかさっきから…
見回すも、違和感の原因らしき物はない。
あ。もしかして、この白い子?
「この子が苦しんでいるのかしら?」
籠を覗き込んでみるが、動いてはいないようだ。
「ねぇアルル。お腹が空いているのかもしれないわ。昨夜から何も食べて ――」
いないの?と聞きたかったが尻窄みになった。
アルルが私ではなくノウスを見ていたから。なんというか…
―― なぜ ろくでもない男を見るような目で…?
「…コホン。失礼いたしました」
アルルが咳払いをして言う事には。
誰も触れないので近くに水や果物を置いてみたが、反応しないらしい。
「まぁ…拾う時には持てたのに…?」
「持ち上げようとした者は弾かれました。静かに触れようとする分には、見えない壁に阻まれているだけと申しますか…」
要領を得ない説明になってしまって申し訳なさそうだ。そもそもこれは生き物なのか?という疑問も出たみい。
「…生き物…」
これやっぱりあれじゃない?ヒロインの猫みたいな子なんじゃない?
拾った時の事、なんて言ってたっけ…
―― 弱っていた子猫を ―― 教会の近くで ―― 瞳がルビィみたいって思って ―― 本当に賢い子なの ―― 歌が好きみたい ――
そうだわ。
歌ったらなんか元気になりました、っていうヒロインらしいエピソードだった。
なんの歌だろう?
確か、教会にいたからこういう歌が好きみたいでって言ってて。となると、賛美歌かキルタンかな?1日2キルタンか…普段は全然話題にしてないのに出る時は不思議と被るってあるよね…
「…お嬢様っ」
はっ――!
いけない。考えてたら無意識に撫でちゃってた。
あら?撫でられた?




