17. あれから半年ぐらい
「この教会のニ塔は、兄弟で設計し建てられたと言われています。当時の主教が………」
主教様は朗々と、目を輝かせてククフス教会の成り立ち、天井画や彫刻の来歴を語ってくださっている。数分前に私が "大神殿もこのように素晴らしい聖堂があるのですか?" と聞いたからだ。答えに至る道のりは始まったばかりということだろう。
教会が《ヴァネッサ・ラリューシュカ侯爵令嬢》を癒し手として認知してから、およそ半年が経った。
あれ以来、月に1度ククフス教会を訪れている。護符に力を籠める参籠の為だ。2回に1回は主教様がいらしてくださって、いろいろなお話を伺っているわけだが。
主教様はかなりの美術愛好家だった。絵画はもちろん建造物や民間伝承にもお詳しい。とても楽しそうに話されているのを見ると、胸がふくふくする。
「……ただこれは俗説である可能性のが高いんだよ。兄が最期に使ったというナイフが遺されているけど……」
乗ってくると口調も軽やかになっていく。
お祈り中は傾聴するだけなので、早く終わらせてお話したいという下心で毎回最短記録を更新していると思う。
******
「公表しなくてもよろしいんですか?」
お祈りが終わってからのティーブレイク。珍しい香りのお茶をいただく。あと何か薄い…丸くてあんまり味のしないお菓子。
公表する、しないというのは、ヴァネッサ・ラリューシュカが癒し手だという事を、だ。
癒し手、教会にとっての神子は、権威を増す事のできる象徴的存在なので王太后陛下などは大々的に祝賀式典があったと聞く。
「"教会には入らないけれど秘匿したい" という前例は少ないですが、無い事ではないですよ」
皆が皆、自分に付加価値を付けて躍進したいと思うわけではないのだろう。
「わたくしは、許されるなら公表はしないつもりでした。夫を迎えなければならない立場ですので、どうしてもするべきなら婚姻後にと…」
王太后陛下の言うような王族云々はともかく。婿入りなので、どこぞの狂信者みたいな人が来ても困る。
「神子は尊く、教会にとって慶事ですから。広く周知したいという者も当然います。ただ…」
滅多に難しいお顔をされない主教様が、表情を曇らせ言葉を探すように間を空けた。
「―― 少し前から『愛し子は精霊に愛され、周囲の者に加護を与える存在だ』という噂が広がっています」
ん?なんでだ?
教会の偉い人だけが知る真実、っていう裏設定だったのに…
「噂を信じる者が増えれば、聖騎士に守られていない神子がどうなるか…まして、嫁していない俗世にいる神子など」
教会で語り継がれる愛し子を巡る争いは、私の想像を超えてひどいものだったのかもしれない。人ひとりが思い付く陰惨さなど、万の、億の人々が生み出す、醜悪な惨たらしさには及ばないのだ。
「危険だと…主教様はお考えなのですね…」
聖騎士に守られた神子に手を出すのは、教会に宣戦布告したのと変わらない。婚姻して市井にいる癒し手を奪えば、嫁ぎ先と軋轢が生まれる。その点、私だったら手籠めにしてしまえばいいだけだ、と考える人間がいても不思議じゃない。
「参籠は、慈善活動の為に教会に来ているという事にした方が良いかもしれませんね」
どちらから言ったのか、アリバイ作りのように孤児院へ訪問する事にした。
*******
善は急げと、今日の今日で孤児院まで足を延ばす。
孤児院というものは大きく2種類に分かれるだが。
ひとつ。修道院に併設されたもの。貴族の寄付を受け、ある程度の教育もしてもらえる。聖職者になる者も多い。
ふたつ。民間人が床と屋根を提供しているだけのもの。使い捨ての労働力として確保する為の事が多い。
私が訪れられるのはもちろん前者だ。何ら意味のない慈善活動である。
直前の連絡で慌てさせてしまったのだろう。院長は緊張のしすぎで焦点の定まらない目付きのまま質問に答えていたし、扉の向こうのシスター達はドタンバタンと何やら大きな音を立て続けている。時折、押し殺した大声という器用な技を使って子どもたちに指示を飛ばしているようだ。
寿命何年かと引き換えに時間稼ぎを頑張った院長に案内されて、施設をゆっくり、それはゆっくりと見学し、最後に子ども達と対面となった。簡単に紹介されながら一声かけていく。
「そして彼が、一番年長のジムですわ」
最後に紹介された少年は、体格がいいので私よりだいぶ年上に見えるが、孤児院は12歳までしかいられないのでそれくらいだろう。敵意というほどではないが、明らかに歓迎していない顔でこちらを見ている。
「こんにちは。ジムは何をしてこれから生きていくのですか?」
これはアリバイ作りなので、敵意だろうが悪意だろうが何を思われようと関係ない。そろそろ孤児院を出なければならない子どもに、与えられる物があるか聞きたいだけだ。
「ジムは運のいい事に下働きとして雇っていただける予定でして」
シスターは誇らしそうにジムを見る。しかし少年は唇を片方下げ、無表情のままだ。どう見ても喜んでいない。おめでとうが言いにくい。
「…他になりたいものがあったのですか」
未来に絶望してるとか、現状に不満があるとかじゃない。悔いがあるんだろう。こういうのを感じやすくなるのなら、そりゃあ神子は教会に入りたくなる。
「俺は…私は、父みたいな細工師に…」
歯ぎしりくらいの声。表情は変わらないけど全身が力んだのが分かった。父親は職人だったのか。
「木ですか?金属?」
「父は版画が得意でしたけど…俺は透かしとかのが好きで…」
「金細工職人だったのですか。あそこは徒弟の結び付きが強いでしょう。お父上が亡くなった後、あなたも弟子入りはできたのでは?」
すでに父親から仕込まれていたのに、なぜ孤児院に来る事になったんだろう。
「ジムは…父親の工房で火災がありまして…その…失火の原因が…」
なるほど。火を出すのは重罪だ。犯罪人の子どもだから孤児院に送られたんだな。
………私は、目に付いた人間だけを助けるのが嫌いだ。偽善だから、とかじゃない。運の良さで救われてずるいと思ってしまうから。
自分が運のない人間だから嫌いなのだ。やるなら運の悪い奴まで皆救ってくれ!と叫びたくなる。
はぁぁぁぁ…と大きなため息。もちろん心の中だけ。自己満足だ。これっきりにしよう。アリバイ作りの為だ。
「…東の工房に口を利きます。3ヶ月で腕前を確認して、身を立てられそうならそこで。才能がないなら諦めて下働きに出なさい」
ここはラリューシュカ領の西なので、離れた場所なら風当たりも弱まるだろう。それでも生半可なものではない。徒弟制度のある組合は繋がりが強く、孤児が貴族に押し付けられて入っても辛い思いをするだけ。
情熱があり、才能があり、心が弱らず、周りの人に恵まれればあるいは。なんて低い可能性。
「どうしますか」
私の言った事を咀嚼しているのか、目も口も開いて固まっている。もう少し優しく語りかけるべきだっただろうか。
「やっ…!やります!お願いします!!」
勢いよく頭を下げた少年は、私が "ではまた迎えを寄越します" という言葉で顔を上げた。
―― 感情を上手に殺すのね いい職人になれそう
同じような無表情で、全身にも力も入ったままだ。でも、表面上は変わらなくてもさっきとは違う。
何かを堪える為じゃなく、走り出す為の力を込めている。
少年の変化が伝わり、私の気持ちも解れたタイミングで周りが少しざわついた。やはり目立つ形で救いの手を差し伸べるのは良くなかったかもしれない。表情を取り繕ってから院長に寄付を申し出て、"3ヶ月にまた来ます" と伝え孤児院を後にする。
馬車戻る道すがら、真っ白な塊が落ちていた。ひどく弱っていそうな小動物も、もう偽善ついでだ。拾って帰路につく。




