16. あれから2年半くらい
原作登場人物
【ヒロイン】ソフィア・ナハカス男爵令嬢
【ヒーロー】ジャスティン・ヒューブリィズ伯爵令息
【悪役令嬢】ヴァネッサ・ラリューシュカ侯爵令嬢
【悪役令嬢の又従兄弟】ランドルフ・ベンゴッタ子爵令息
「エルメル、頭じゃなくて肩に乗らない?」
銀髪の上に、猫くらいの塊が乗っている。重くはない。白い塊は、季節外れの帽子に見えなくもないかもしれな…いや、たぶん見えないな。令嬢は頭に小動物を乗せないので、外では降りてもらおう。
ススッと、体重を感じさせない動きでエルメルは肩に移動した。
「お嬢様。肩もあまりよろしくないかと思いますよ」
日傘で影を作ってくれていた侍女が、当たり前の事を言う。でも邸の庭なので見逃してくれるようだ。
「アルル。あなた新婚なのだから少しお休みを増やしてもいいのよ?今日はタマスの…」
2人の結婚報告を聞いた時に、まずタマスがまだ独身だった事に驚いた。そこそこの年の差婚である。
だが、仕事が安定するまで男性が結婚しないのも、将来性のある男性が若い娘を選ぶのもよくある話。2人が幸せなら何よりだ。
「下々は誕生日を祝ったりはいたしません」
両名とも、新婚らしい甘い雰囲気を職場では全く出さない。別に出してもいいけど、そのプロ根性と心意気が素晴らしいと思う。
「そうね…あまり祝うものではないのかもしれないわ」
自身を思い返してそう言うと、日傘の柄がミシリと鳴った。アルルの表情は変わっていない。ちょっと握りすぎてしまったようだ。
私は先々月に12歳を迎えた。
しかし、半年前から婚約を結んでいた者がそれを祝う事はなかった。
癒し手 ―― 教会に行くと神子と呼ばれる事もある が―― それになってから2年とちょっと。
変化といえば、婚約した事くらいだろう。侯爵家への婿入りは人気だったらしく、婚約を結んでからもちょくちょく申し入れがあるようだ。
「ジャスティンが来るのなら支度をすべきかしら」
白貂が髪を傷めないと知っていても、髪型は乱れる。来客があるなら、ましてやそれが婚約者ならば良くないだろう。
「念の為、髪を直してもらえる?」
今日も来ないんだろうな、と思いつつアルルにお願いすると『優しい女性の無表情が一番怖い』と実感させる顔をしていた。
「…………畏まりました」
すっごく呑み込んでる。
「あぁそうだ。エルメルをお願い」
白貂をひと無ですると、心得たように音もなく駆けていった。アルルに乗ったりはしない。
一応ペットという事になっているので、四六時中私に乗られていると体裁が悪い。
支度する為に庭園を横切りながら歩いていると、邸の入り口でトマスが立っているのが見えた。
あら、という事は――
トマスがいる理由を考えた瞬間、正面からふわりと風が吹いた。
「― 失礼いたします」
いきなり面前に現れた老執事が、私の頭上に何か持っていた。大きめの虫?あぁ、私は虫が少し苦手だから…
「ありがとう。とても助かるわ。でも無理はしないで?」
気遣いが嬉しくて微笑んだが、ふとトマスを見下ろしている事に気付く。風を感じた瞬間に、いつの間にかノウスが抱き上げていたようだ。ただの虫にちょっと大げさのような…これ刺すやつなの?
「…あら?ノウスは当番ではないのではなくて?」
散歩に付いてきてくれていたのは別の騎士達だったのに。どこから来たんだろう。日傘を差してくれていたアルルも、抱き上げられ高くなったはずの私の頭上に、変わらず傘を掲げている。
どこの忍者屋敷なんだ。
ノウスはいつもの如く、澄ました顔で私の疑問を無視している。それを咎めるようにアルルが冷たい視線を送っているが、どこ吹く風だ。
「お嬢様。本日ですが…」
「わたくしの自由時間になった?」
言いにくそうなので、気にしてないと分かるように返事をする。婚約者は来ないのだろう。私は本当になんの痛痒も感じていないのが、婚約者がぶっちするたびに周りの人間が無表情になって怖いので困る。
原作ではそこまで不義理な印象はなかったはずなんだけど。バタフライエフェクトだろうか。ちょっとずつ "こんなだった?" という出来事が出てきた。ヒューブリィズ伯爵家と婚約を結ぶのは同じなのにな。
どこから蝶がバタフライしてしまったのか。
原因は何だ?と思案するには、やはりククフス教会で主教様とお会いした頃にまで遡るしかない。
●痛痒を感じない【つうよう-をかんじない】
全く苦痛や痛みがない、自身に影響がないから平気な状態




