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原作ってご存知?  作者: safu
2章

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16/26

15.

「将来の話は、癒し手かどうか見極めてからでも良いでしょう」


主教様が穏やかに言った。そうなの。まだ確定してないの。お父様と陛下がそこまで力を入れて論じる段階じゃなかったのに。これで違ってたらさぞかし脱力するだろう。


でも、見極めってどうやって?



2人が耳を傾けるまで待って、主教様は控えている教会の人に指示を出した。すると何かを捧げ持って来る。丁寧な所作で、テーブルに恭しく置かれたのは



―― お札?



「護符か?」


なるほど。これがタチアナ様の言っていた護符なのか。

八角形の籠目が刺繍された布だが、何がしかの油分でコーティングされている気がする。

幾何学模様で縁取られ、籠目のぐるりは見た事のない文字で囲われており、すごく効きそう。御利益がありそう。


「ヴァネッサ嬢は護符を見た事は?」


「ないだろうな」


改めて、護符とはなんぞや?という話だが。

私は鎮守のための物だと習った。自然災害は精霊が荒ぶっているからだと。意匠についての記述はなかったと思う。


貴重な物なので、実物を手に取って見られる人は限られている。だから贋護符と呼ばれる偽物が出回るのだが。


「…色が違うな」


色?何の色だろう?

布は生成り色、描かれている部分はインクの黒で、ざっくり言えば白黒である。


「あら、卿は護符をお持ちなの?」


「水害の多い土地には貼付(ちょうふ)する事になっています。偽物を掴まされないよう、当主は現物を保管していますので」


「なんと…」

 

主教様が驚いた顔でお父様を見た。それを不快そうに見返しはしたが、何かを言うことなく私の方を振り向いた。


「籠目は銀青、紋様は瑠璃色に近い。どれほど精巧な贋物だろうと、本物の色味と比較すれば再現出来ない風合いだと分かる」


並べて比べれば一目瞭然だから、現物を使わずに保管しているという事ね。


「製法も特殊ではありますが、そこは人の技術ですので模倣できます ――」


そう言いながら護符を手に取ると、主教様はそっと瞑目した。そのまま何秒経ったろうか。皆が呼吸すら控えていた静寂の中、護符が仄かに発光し、かすかに明滅しながら消えていった。

消えきると、目を開けた主教様が大きく息を吐く。


「―― ご覧ください」


差し出された護符は、一部の色がわずかに変わっていた。お父様の仰った色合いだ。こんな事が ――息を呑み、同時に思う。


―― ヒロインはどうやって白黒状態の護符を手に入れたの?


原作では、ヒロインの規格外の愛し子っぷりを表すエピソードとして贋護符があった。

教会によって作られていないので()と頭につくが、氾濫した河川を沈めヒーローの領地を救う。その功績で愛し子として認められるわけだ。


―― 完成品より ()()を手に入れる方が難しくない?


ちらりとタチアナ様を盗み見ると、まさに恍惚といった表情で主教様を見つめていて、思わずパッと視線を逸らす。年嵩(としかさ)の人のああいう表情は、見ちゃいけない気分にさせるな…


「このように、癒し手が()める事で護符になります」


額にうっすらと汗が光る。これって疲れるのかしら?


それにしても、主教様も癒し手だったなんて…。

よく大神殿から出てラリューシュカ領まで来れたわね。それを言うなら王太后陛下もだけれど。


さすがにお父様も驚いているようだ。


「…猊下もなのか。それに…」


癒し手が護符に、という話自体、初めて聞いたようだ。お父様が知らないとなると、教会がかなり力を入れて秘匿しているんだろう。


そんな情報を開示してよかったのか?という疑問を、正しく受け取った主教様が頷いて答える。


「可能な限り候補には教会に来てもらっていますが、手本を示せる者は少ないので私が赴く事もあります」


目を丸くしている私に、主教様がふわりと笑いかけてくださった。わざわざ希少な癒し手を、2人も呼びつけてしまった罪悪感が軽くなる。


「そこで候補者に開示するかどうかは、癒し手の判断になっていますね。(かた)りの事も多々ありますが」


"経験を積んだ癒し手だとなんとなく分かるのですよ" と続けた。そういうものなの?


「本来は癒し手以外、離席していただくのですが」


ズラリと並ぶ護衛を見回して、最後にお父様へと視線を戻すと、困ったように笑った。


「今回は難しいかなと。国内有数の高位貴族から候補が出るなど今までなかったので」


苦笑を消し、お父様が持った護符に向かって手を差し出す。


「作り方は誓願を立てた者しか知りません。癒し手は籠めるだけですが、それにかかる時間は人それぞれですね」


父から護符を返された主教様が、今度は私に手渡す。なんて自然な人なんだろう。気負いなく受け取ってしまった。


「君の愛する事を想ってごらん」


護符は、艶のある見た目に反してサラリとした触り心地だった。

タチアナ様のペンダントと同じ、籠目の八角形。一文字がどこで切れているのかすら分からない文字。


愛する…ん?事を?人ではなく?


もう一度顔を上げ主教様を見ると、それは優しく見守ってくれていた。


「あの…愛する事だけですか?人ではいけませんか」


「…君が愛を感じるものならば、何でも」


護符を撫でる私に時間を与えるように、"ゆっくりで構いませんよ" と言い置いて、またお父様へ向き直る。


「教会は加護を『精霊の御力をお借りしている』と考えています」


まるで昔語りをするように、主教様は話し始めた。


――かつて、神子と呼ばれる者がおりました。


「神子を守る者、または神子が守りたいと思う者に、実力を遥かに越えた才能が開花した。加護と呼ばれたそれは、神子と近しい程に力増す。それゆえ神子は『精霊の愛し子』であるとされていました」


神の愛し子ではなく、精霊の。加護も精霊の御力とされているんだろう。


「しかし、過ぎたる力は争いを生み、多くの神子が権力者に囲われ、失意のままに力を失う事になりました。そんな悲劇を繰り返さぬ為に、教会は愛し子を保護し、ささやかな癒やしの能力がある者だと認識をすり替える事にしたのです」

 

「力を独占するためか?」


主教様は分かりの悪い生徒を見守るようにお父様に微笑まれた。


「申し上げたように、神子を守る者、神子が守りたいと思う者にしか効果がなかった。無理に囲われた彼らは、多くが期待外れだと…」


目を伏せる。気を取り直したように顔を上げ、話を変えた。


「やはり口伝というのは残るようで、今でも愛し子と呼ばれる事はあります。ですが、愛し子を巡って国同士が諍いを起こす事なくなりました」


国同士が…そこまでの力があると思われていた?いえ、求心力があったからなのか?


「護符は古くから教会で作られておりましたが、神子が力を籠められるようになった過程も、神子の関与も秘されています。―― これは目に見えて奇跡が起きるわけではない」


私が持っている護符を見て、昔語りのような雰囲気は霧散した。現代に続く情報までは開示されないらしい。

宗教に良くある創世神話の一種なのか、事実なのか分からないなぁ。教会に都合のいい話しかなかった。


「護符は『加護をより厚く戴く』ための物です。神子の力ですから沈痛や安らぎなどの効果もありますが。しかし今は、信心深い者が心の安寧のために求める物だとすら思われている」


御守りみたいなものだものね。お札然り。そういものにお金を使う事自体に意味があるのであって、求める効果は安心感、というのが普通な気がする。


「ですから驚きました。卿は…失礼かもしれませんが信心深いようにはお見受けしなかったので」


確かに。馬車でも、教会の言説には懐疑的なんだなと思ったけど。


「当家が護符を購入していると、教会は知っているだろう」


不審げに言葉を返すお父様。


「癒し手は権力闘争に巻き込まぬよう本当に作るだけなのですよ。どなたにいくらでお譲りしているのかを知っているのは枢機院の者だけでしょう」


"帰依しているとは思えない卿がなぜ護符を?" と目線で問う。


「俺は神がいないとも、加護がないとも言っていない。それが()()()()()()だと感じていないだけだ」


そう言い切ると、私の持つ護符を指差した。


護符(これ)はな、予想はついているだろうが高額だ。なのに効果のほどはよく分からん」


眉を寄せ、納得いかないみたいな顔をする。なのに買ってるの?


「かかりを思えば護符などいらん。教会には適度に寄付すればいいだけだ。だが、水害の多い場所に赴くと()()()()()()()()だと分かる」


ふっ、と鼻から息を吐いてまた主教様に向き直った。


「だから俺は加護を疑った事はない。あれもこれも加護だと()かされるのが性に合わんだけだ」


そうか。教会や加護をまるっきり信じていないなら、そもそも今日ここに来ていなかっただろう。

 

「教会のおかげで加護があるわけでもなかろう、と思っていたからな。先程の言を信ずるならば、俺が間違っていたんだろうが」


主教様は曖昧に微笑まれ、何もお答えにならなかった。


「神子を――愛し子を想えば加護は力を増します。卿は…他の者でもいいですが、ヴァネッサ嬢を守ろうと動いた事がある者がいるならば、お分かりになるはずだ」


"想いがあれば" と。

試練を課した賢者のように、試すような視線で私達を見る。


「…当家には猊下と変わらぬ歳の執事がいる。当主の肉壁になれるよう、体術は仕込まれているが…クッ…」


いま笑うところありました?


「…失礼。それが、ヴァネッサの為に回し蹴りを。あの時は俺も頭に血が昇っていたので『よくやった』としか思っていなかったが、あそこまでの動きができる奴ではなかったはずだ」


ですよね。ちょっと強いくらいであのスピード出ないですよね。よかった。誰も何も言わないからあれが標準装備かと思いかけてた。


そうなんだ…

やっぱり私を守ろうとしてくれたんだ。


異様に俊敏な老執事を想い、胸が温かくなると ―― 護符が淡く光った ――

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