12.
あの後、話はなかなか終わらなかった。
"癒し手っぽいから一度教会へ顔出して" と女史が言い出したからだ。
曰く。
傷痕解説を始めたあたりで女史は古傷が疼き始め、お父様に凄まれている頃にはもう立っていられない程の痛みだったという。しかし私が手を握ると激痛は引いていき、微笑まれた瞬間にはいつも感じている引き攣れすら遠のいた、というのが女史の主張だ。
気持ちが落ち着いたからじゃない?と考えるのが普通だし、信用度が底辺を越えていた女史の言う事なので、そもそも真偽不明というか。
だから "出向く必要はない" とお父様は突っぱねた。しかしジグムントは賛成。女史と一緒にお父様を説得にかかり、護衛は護衛でお父様と別の理由で反対して、ジグムントと紛糾したりしていた。
私が "原作と違うんだよなぁ" と考えている間に、いつの間にか行く方向でまとまっていたらしい。
らしい、というのは。
" 癒し手って、この国でどういう位置の人ですか?" と私が質問したせいである。
優しい大人達が "まず国の成り立ちから説明しよう" と言い出した。それは詳しく話してくれた。歴史上の人物か神話の登場人物か混乱している間に舟を漕いでしまったので、どう終着したのか分からない。
終わりまで聞けなくて申し訳なかった。
神話と歴史は話すと長いんだな。
せっかく話してくれたので、知っていた事と聞いた事を合わせて、今一度考えてみようと思う。
まず、この "聖イヴィアピラ王国" には王様がいる。
公爵はいない。
なぜか。
公爵位というものは、王族が功績を立てて臣籍降下する際に賜るものだったから。
でも姫は他国に嫁ぐし、領地を得るほど功績を立てる王子なんて滅多にいない。今となっては有名無実な制度といえる。
そもそも余っている領地なんてない。王家の直轄領を減らすのは嫌だし、他国から攻め取るのは大変。
じゃあ悪い事をした臣下から接収して、となるが、公爵位に相応しい領地なんて数少ない侯爵家くらいなわけで。
大きな領地を持つ侯爵家は、穀倉、流通、隣国境、鉱山といった重要な土地を任されている。土地に根付く侯爵家への信任も厚い。無理に奪って失政で破綻したら国ごと傾く。
例えば我がラリューシュカ侯爵家でいえば。
領地は国内を横切る大河を囲むように広がっている。流通担当と言えるだろう。
古来より川沿いに文明が発達し、洪水と共に衰退するもの。あがりも多いがかかりも多い。豊かになるか災害に負けるかは領主の手腕次第だ。ちょっと武功を挙げただけの王子様に治められるわけがない。
そういうわけでこの国に公爵家は存在せず、聖職者でもある王が民の求心力を持ち、力を持つ諸侯がその王を立てる事で国としての体裁が保っている、が実態らしい。
侯爵家が選王侯のような役割を担い、王家をもり立てる代わりに王家は侯爵家への過度な要求はせず共生している…まぁ時代によって力関係は変化するので一概には言えないが。
何故、侯爵家は特別なのか?
ここに加護が関係してくる。
なお、ファイヤーボールは出ない。
聞いた話を頭の中で整理していたら、馬車が大きく揺れた。弾んだ勢いで顔を上げると、向かいに座るお父様がこちらを見ていた。
「酔ったか?」
「いえ、大丈夫ですわ。皆様がお話してくださった事を少し…」
考えるポーズで答えた私を見て、フッと笑う。
「考え込む時に、そうやるのは同じなんだな」
同じ?お母様と、かしら。
そうと言われる事に心当たりがなくて、目を瞬く。
「そうやって頬に手を添えて、上を見たり下を見たり、な。重大な問題だろうが益体もない事だろうが、いつも同じ仕草で思案していた」
可笑しそうに懐かしそうに、クックッと声を漏らす。
「それで?」
聞きたい事があるか?と、淡い笑顔を唇の端にのせて聞くお父様。
「その…どうやって人は "これは神のご加護だ" と知るのでしょう?空を飛んだりはしないのでしょう?」
とうとう声を出して笑ったお父様が、皮肉げな笑みだけ残して答える。
「教会が "これは加護だ" と言えば加護なんだそうだ」
ふんぞり返って腕を組む。神について語る姿勢ではないな、と思う。
「鍛冶の有名な街は "火の加護" が、土壌の良い所は "土の加護" があると教会は言う。しかし、侯爵領はどこも加護だなんだと言われる前からそういう土地柄だった。だから発展しているわけだしな」
例えばラリューシュカ侯爵領は、 "水" と"大気" の加護がある言われているそうだ。豊富な水量、その割に少ない水害、屈強な船乗り達。
それが全て加護のおかげなのか?
そこに住まう人々が、何もしてこなかったわけではないだろうに。治水を行い、己を鍛え、過去に学んできた結果でもあるはずなのだ。
「自分の手のように炎を操る鍛冶屋や、精霊のように風が読める奴もいる。だが、それが加護か才能か、ただの人間に区別がつくか?」
「つかないのではないでしょうか…手から火の玉でも出れば分かりやすいのですけれど」
「だろう?確かにそれぞれの侯爵家には才能が突出している者が多い。それを教会は、加護があるからだと宣う」
"加護のある侯爵家" と銘打つ事で市井での権威を高めさせ、教会は侯爵家へその存在意義を示す。
「まぁ、"大気の加護" を受けたと言われる者が、努力を超越したような動きをするのも事実だがな。聖騎士と呼ばれる教会の騎士や、貴族に多い。」
あの瞬間移動か。標準装備ではなく加護だったようだ。なるほどなぁと感心している私を見て、"だがな" と続ける。
「この加護は男限定のようでな。女だと多産を大気の加護だと言ったりもするが」
"そこまでくるとただのこじつけだろう" と、冷笑を浮かべ、足を組んで頬杖をついた。
「今話した加護は、 "加護を受けた張本人だけ" 能力が上がる物なんだ」
そうして私をジッと見る。
「癒し手だけは他者へ影響を与える。他のどの加護にもない特徴であり、神の権能を感じさせる、まさにご加護だ」
"つまり" と言葉を切って、頬杖をついていた手を私に伸ばした。髪を一房すくってもてあそぶ。
「神の存在を知らしめる事も、 "加護" が真実だと民に信じさせる事も、"加護持ち" だという権威を諸侯に与える事で政へ影響力を持てるのも、癒し手の存在が大きい」
ずいぶん前屈みになっていたのか、上目遣いで私を見上げるお父様。
「最近では "愛し子がその地に相応しい加護をもたらす" なんて新説まで出てきた」
えらく教会に都合のいい信仰が発生したものだ。
「力を持つ侯爵家が繁栄しているのも、加護のおかげ。ひいては愛し子の恩恵だと言いたいんだろうがな」
ガタン、とまた揺れた。どうやらククフスの教会に到着したようだ。
●益体もない【やくたい-もない】
どうでもいい、つまらない事




