第4話 気になることがある
昼食後、架流と安藤は会議室へと足を運んだ。
「諸君!ご苦労」
相変わらず腕と足を組んで化粧箱に腰かけていた。
さっきまでの可愛らしいのぞみはどこへ行ったんだ。
食堂に置き去りにしてしまったのかもしれないな。
まずは安藤が切り出した。
「今回の仕事は、アンドロイドの実証実験も兼ねている。
その成果をのぞみが、アルカディアに報告することになっている」
「世界中のチームが同じテーマで研究してる。
ほかの奴らに負けるわけにはいかねぇ」
ふてぶてしい態度ではあったが、のぞみは真剣だった。
のぞみは、ホワイトボードに描いた路線図を指した。
「廃線の危険が迫る赤字路線が2つある。
ここの赤字を解消し、廃線を防ぐことが手っ取り早いだろう」
赤字路線の業績を改善すれば社内表彰ものだ。
期待していた架流とは違って、安藤は冷静だった。
「ありがたい話ではあるが、世界規模の研究らしいな。
地方路線の再生では、テーマとして弱くないか?」
「それは心配ない。アルカディアの意味は知ってるか?」
「理想郷だったかな?」
「そうだ。自由に動いて、理想の場所へ。
このテーマは企業理念ど真ん中だ。
レインの掲げる方向性より、よほど近い」
レイン?……誰のことだ?
架流にとっては初めての名前だったが、安藤の眉がわずかに動いた。
「レイン博士にも何か構想があるのか?」
「おっと。今のは聞かなかったことにしてくれ。社内の話だ」
「だが、レインさんの構想は気になる。確認してからでも……」
「……各駅停車かよ?」
そう言い放ったのぞみは、呆れたように口を尖らせていた。
深くため息をつき、静かに目を閉じた。
架流には、1つ疑問があった。
黙り込んでしまったのぞみの代わりに、安藤に進言した。
「赤字路線を再生するという、のぞみの案は我々にとって魅力的です。
アルカディアから提示される案は、メリットが無いかもしれない」
架流の言葉で、安藤もそのことに気付いたようだ。
「そうだな。レイン博士のことだ。警戒しておいて損はないだろう。
赤字路線の再生という案も、用意しておくべきかもしれないな」
安藤も同意すると、ようやくのぞみには笑顔が戻った。
そのあと、架流は次の疑問を口に出した。
「だけど、どうやるつもりなんだ?」
「いくつか案はあるが、現地で確認したい。
まずは神谷線だ。超特急で行こう!」
さすがに今日の今日で外出なんて……。
架流は心配していたが、安藤から話を切り出した。
「断ったらどうするつもりだ?
俺はこの会社の社員じゃねぇ、と言って1人で行くつもりだよな」
そう言われたのぞみは驚愕の表情だった。
「何で分かったんだ?さては、俺より優秀なAIを搭載しているな?」
「誰にでも分かるさ。今日は準備で終わるつもりだった。
自己紹介も兼ねて、お前たち2人で現場を見に行くのも悪くないな。
この暴れ馬を野に放つのも危険だ。手綱を放すんじゃないぞ」
安藤の許可をもらった架流とのぞみは、社用車で神谷町に向かった。
巾着袋をヘッドレストに取り付けて作った特等席に、
のぞみは機嫌良さそうに潜り込んだ。
目を丸くして、楽しそうに周囲の様子を見回していた。
「珍しいのか?何でも知ってるお前なのに」
「初めてなんだよ、自分の目で見るのは。
知っていることと、実際の体験は大きく違うもんだな」
そういえば、食堂のことを珍しそうに見ていたな。
高速道路からは、空港が見えた。
ちょうど離陸した旅客機が、架流たちの真上を飛び越えていった。
腹に響く轟音が、車内に響いていた。
「すげぇ!迫力満点だな!!」
のぞみは目を丸くして、飛び去る旅客機を嬉しそうに見送っていた。
雑談しているうちに、ふたりは神谷線の終着駅、神谷駅に到着した。
山々の間を流れる川の両側に広がるのどかな町だった。
駅長である深谷が、安藤から連絡を受けて架流の到着を待っていた。
白髪まじりの駅長は、架流を見るなり目尻を下げた。
柔らかい表情の奥に、長年この駅を守ってきた人の落ち着きがあった。
「深谷駅長。お忙しい中、恐れ入ります」
「いやいや。もう勤務も終わりだしね。
世間話でもしようかと思って待っていたんだ」
架流とのぞみは、深谷と3人で駅の周辺を歩く。
神谷線を走る列車は1時間に1本。
駅前には小さなロータリーがあるが、バスやタクシーは停まっていない。
そんな駅前の定食屋のガラス戸には、色褪せた郷土料理の写真が飾られていた。
地元の銘菓を扱う和菓子屋のガラスケースには、和菓子と手描きの札が並んでいた。
のぞみは目を輝かせて、ガラスに張り付いて覗き込んでいる。
そんなのぞみの姿を見た深谷は、架流に言った。
「郊外にも、いくつかよい所がある。
車で来ているのなら、そちらにも足を運ぶといいだろう」
そう言うと、深谷は手帳の空きページに地図を描き出した。
深谷は、観光名所までの交差点や曲がり道を、目印を添えて描いていく。
長年、乗客に道案内してきた人の線には迷いがなかった。
手帳の空きページに、あっという間に小さな観光地図ができあがった。
「凄い!わずかな時間で、こんなに分かりやすい地図を」
深谷から地図を受け取ったのぞみは、嬉しそうに地図を眺めていた。
その様子を見ていた深谷は、目を細めていた。
架流とのぞみは、深谷にお礼を告げて社用車へ戻った。
架流は、深谷の地図を見てナビに行先を登録した。
「まずは、この湖畔の公園に行ってみようか」
「そうだな。あの爺さんのイチオシみたいだし」
「なんでそんなことまで分かるんだ?」
「この地図を見て車を走らせたら、まずその公園に行くように描かれてる」
架流は改めて深谷の地図を見た。
「確かに、これを見ながら走ったら、まず公園に行くことになるな」
「お前はすぐにナビを設定したから、それに気付かなかったようだな」
架流は言葉に詰まった。
黙ったまま、深谷の地図でルートを確認した。
書いてもらった曲がり角の特徴を頭に入れると、車を出した。
「地図を見ながら走るのは危ない。ナビに任せるのは正解だ。
だが、すぐ機械に頼るのは感心しねぇな……」
「面白い冗談だな」
「ばか言え、冗談なもんか。
俺とお前には役割があるって話、もう忘れたのか?」
そうだった。
「暴れ馬の……何だったかな?」
「知るか!!」
架流たちは細く静かな駅前の道を走り、1つ目の信号を左に曲がった。
そこは幹線道路で、コンビニや薬局、飲食店が並んでいた。
川の近くから、丘の上に上がっただけで、風景は一転した。
「駅前のあの雰囲気とは違って、この辺りは賑やかだな……」
「そうだな。でも、郊外のロードサイドってこんなもんだと思うけど」
のぞみは周囲を見回していた。
そして、バス停を越えたあとで呟いた。
「次のバス停で止まってくれ。気になることがある」
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第4話の車での移動シーンのイメージイラストをXで公開中です。
https://x.com/starlink_novel/status/2074866428583538847?s=20
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