第13話 通報しました
神谷駅への来訪者は、日を追うごとに増えていった。
真澄はにぼしを見て「君は幸運を呼ぶ招き猫かもしれないね」と呟いた。
だが、人が増えると、思いもよらない問題が発生した。
みずほが駅の周りを巡回していると、観光客が声をかけてきた。
「すみませ~ん。にぼしが煮干しを食べないんですが?」
「えっと、にぼしは健康志向なので、人用の煮干しをあまり食べません」
みずほが説明すると、観光客は不服そうだった。
「じゃあ、いつか食べるかもしれないから、ここに置いておきますね」
「あ、困ります。ちゃんと持ち帰って下さい」
「え~。いつか食べるかもしれないから、置いておいて下さい」
観光客はみずほの言葉を無視して、電車に乗ってしまった。
みずほは強く言えず、煮干しを片付けることにした。
別の日の観光客は、猫用の液状のおやつを持ってきた。
さすがにそれは、にぼしも食べたようだ。
「すみませ~ん。ゴミ箱ないですか?」
「防犯上の理由で、ゴミ箱は設置しておりません」
真澄が説明すると、観光客は悪びれもせず窓口に液状おやつのゴミを置いた。
「じゃあ、ここに置いておきますね」
「ここはゴミ捨て場ではありませんので」
「にぼしが食べたおやつのゴミですよ。
責任を持って処分して下さい」
責任を持って?
真澄は、その言葉に疑問を感じた。
だが、駅前には、にぼしが食べなかった煮干しや、おやつのゴミが放置されることもあった。
初めは真澄とみずほが拾っていたが、その対応には限界がきていた。
真澄は、掲示文例からゴミ放置に関するものを選び、印刷して掲示した。
真澄とみずほが一緒にいるときに、1人の女性観光客が真澄に声をかけた。
「一緒に写真、撮って頂けるんですよね?」
承諾しようとした真澄だったが、みずほが制止し、毅然とした態度で断った。
真澄は、みずほのそんな表情を見たのは初めてだった。
「申し訳ありません。今はもう止めております」
「ダメなんですか?撮って貰えると思っていたのに……」
女性観光客は残念そうに、少し苛立ちも見せながら去っていった。
みずほの様子から、何かあったことは真澄には想像できた。
でも、その意味は分からない。
「みずほ、どうしたの?」
「すみません……あの言い方に違和感がありました。
もう少し、集中させて下さい」
みずほは、考えごとをしているように見えた。
しばらくすると、真澄に声をかけた。
「まずいことになりました。この間、公開しないように依頼した写真が漏れています」
「えっ!?嘘をつくような人には見えなかったけど」
驚く真澄に、みずほは淡々と事実を告げた。
「投稿文を読むと一緒に撮影した方ではなく、その写真を貰った友人が投稿しているようです」
「そ、そんな……」
真澄は驚きを隠せなかった。
だが、みずほは話を続けた。
「その投稿が3件シェアされていました。
その投稿者に事情を説明して削除を依頼して下さい」
真澄は投稿者にダイレクトメッセージを送り、削除を要請した。
投稿者はすぐに応じて投稿を取り下げてくれた。
シェアされていた3件も、参照元が消えたことで見えなくなっていた。
「良かった。これでひと安心です」
「ありがとう。全然気付かなかった」
削除要請により、事態は沈静化したかのように思えた。
真澄は、駅の外の巡回に出た。
ゴミの量はピークより減ったものの、まだ時々捨てられていた。
地域の顔でもある駅前が汚いと、地域の人たちを不快にさせてしまう。
そんな思いで真澄が外に出ると、和菓子屋の店員がゴミを拾っていた。
「あ、申し訳ありません。汚かったですよね」
「あなたが捨てたものじゃないし、謝ることなんてないわ」
最近、掲示文の効果でゴミが減っていると思っていた。
だが、地域の人がゴミ拾いをしてくれていたからだった。
「とは言え、駅前のゴミ拾いをさせてしまい、申し訳ありません」
「いえ、いいのよ。駅前は地域みんなのものだから。
それに、こうやって人が集まるようになったのは、あなた達のおかげだしね」
「それでも、そのせいでゴミが増えてしまって」
「実はね、もっと嫌なゴミが減ったのよ」
どういうことだろう。真澄が目を丸くして考え込んでいると、店員が続けた。
「前は和菓子を作って並べても、買って貰えずに廃棄していたの。
でも、今は買って貰えるようになって、廃棄の量が減ったのよ」
「そうだったんですね」
みずほやにぼしと頑張って、人を集めた効果はあったみたい。
それだけで、真澄は嬉しかった。
「迷惑な人ばかり目に付くんだけどね。
でも、はるかに多くの人が来て、町を見てくれるようになったわ」
「そうですね。たくさんの人が来てくれるようになりましたからね」
店員は、ショーケースに目を移した。
「自分で作ったお菓子を捨てるのは、本当につらいわ。
人の捨てたゴミを拾って捨てる方がはるかにマシね」
しばらく経ったある日のことだった。
「真澄さん大変です!SNSに真澄さんの画像が上がっています」
「ええっ?他に誰とも写真を撮ってないのに」
みずほは胸元で両手を固く握り、眉をひそめた。
「無断撮影されたものを、無断投稿されています。それが何件も」
「そんな……」
真澄は顔を曇らせて、みずほの方を見た。
みずほは、真澄の視線を感じると目を閉じて俯いた。
「前の投稿が消えても、美人駅員という噂だけはそのまま残っていました。
無断で撮影されて、投稿されているようです」
「ちょっと待って。困るよ、そんなの。
その人には文句を言うけど、ネット中探していたらキリがないよ」
みずほは唇を結んで真澄を見据えた。
「わたしもSNSのアカウントを作って、投稿の検索と削除要請をします。
乗客が増えてきましたので、真澄さんは通常業務に専念して下さい」
「そうね。本来の業務に何かあったら、目も当てられないもんね」
その日から、みずほは削除要請を始めた。
みずほが連絡して削除してくれる人も多かったが、依頼しても応じてくれない人もいた。
了承が貰えない場合は真澄が直接連絡をしたが、それでも承諾してくれない人もいた。
真澄が何度も削除依頼しても、駅前の風景を撮ったら偶然写り込んでいたという主張を貫いていた。
真澄やみずほが何度も要請するうちに、依頼の文面は語調が少しずつ強くなっていた。
とうとう、削除に応じない無断投稿者から、目を疑うような返信が届いた。
「投稿削除を強要されたことをアストラ電鉄に通報しました」
お読みいただきありがとうございます。
駅前で和菓子屋の店員さんと話す真澄のイメージイラストをXで公開中です。
https://x.com/stella_bridge_/status/2086010154936635762?s=20
よろしければ、ご覧ください。




