~休日~前編
入学してから初めての休日を迎えた。入学してからあっという間に一週間が過ぎた。変わった事があったかと聞かれると…これと言ってない。強いて言うなら、選択講義を休み明けに決めるらしい。それ以外は、聖堂で学んだ内容とほぼ同じ講義を繰り返し毎日。とりあえず、一日しか休みは無いが、家族とリリとの時間を大切にしよう。これは、俺がライトとして生きていく上での、必須事項。やるべき事の一つと言える。
ベルサリオに帰宅申請を出して貰い、今日の講義が終わり次第帰宅だ。
「警護はエドガー様にお願いしました。ライト様が、ご帰宅中、我々はどの様に致しましょうか?」
「一日のみしかありませんが、休暇になさってはいかがでしょう?いくら従者とは言え、休暇が無くては体的にも、精神的にも休まなければ…です」
「かしこまりました。各々休暇を取るように伝えます」
この後の事をベルサリオに任せ、学習院へと向かう。彼なら上手く指示してくれるだろう。
「では、今日の講義はここまで。帰宅する際は、申請を忘れずに」
休日前は半日。昼の刻までに終わる様だ。早く終わるのはいいが、お昼ご飯どうしよう。寮に戻っても誰もいないだろうし。…仕方ない、どうせメルリの所に寄ってから帰るし、メルリかミューレンに食わせてもらうか。
「ライト様、行きましょうか?外でエドガー様が待っております」
例の如くフォスターの迎えにより、講義室を後にする。
間もなく、玄関から外にと言う所でパルノエルスに呼び止められた。走って来たのだろうか?本人も専属教師も息を切らしている。
「あ、あの、ライトさん!」
「は、はい!?どうしました!?」
「休み明けも宜しくお願いします!」
「こ、こちらこそ」
それだけだったらしい。講義室出る時でいいでしょそれくらい。と、言いたいところだが、何かしらの彼女の気遣いなんだろう。何に対しての気遣いなのか知らないけど。
「先生、最後のアレ、何か意味あると思います?」
「そうですね…これと言って深い意味は無いかと。ただ、考えられるとすれば、選択講義を音楽にしてくれたことに、相当嬉しかったとか」
聖堂に向かう途中、フォスターに尋ねてみたが、「その程度だろう」としかやはり思えない。気にかける方が疲れるし、せっかくの休みなのだから、余計な事は自宅に持ち帰らない様にしよう。
「そうですよね。そういえばエドガー様、例の件どうなりました?自室の中の事であれば、先生やベルサリオに相談すれば、ある程度段取りを付けられるのですが…騎士側の事となれば警護から外れている時も、他に任務があるのでしょう?」
「メルリ様からも指摘された件か。今予定を調整している。休暇明け早々に、そういった場を設けよう。ライトもそのつもりで時間を開けていてくれ」
「わかりました。これでやっとオルデンやシュティッヒと交流が持てますね」
エドガーなりに予定を考えていたらしく、「休み明け」と言うことになった。ベルサリオにも伝えておかなくてはならないので、その辺は先生に頼もう。
「ところで、聖堂に寄る必要があるのか?」
「聖堂長から、言われてるんです」
「大好きなお姉ちゃんもいますから」
実際メルリから寄る様に言われている。茶化すフォスターの言葉にエドガーは納得している様だが、それは違う。
相も変わらず静寂に包まれている聖堂。祭事や何かしらの行事がなければ、これが普通。時期がずれているせいか、何かの催し事に出くわしたことはない。
「ライトです。入ります」
どうせ開いているだろう、声さえ掛ければ勝手に入っても問題ないだろう。その勝手な行動にフォスターとエドガーは目を見開く。それはまずいと、言いたそうに口をパクパクさせるエドガーだが、大丈夫。
「どうでした?学習院の生活は?」
ほら、大丈夫。
「講義では、聖堂で学んだ事が大半を占めていましたから、講義は正直退屈でした。これからが新しい学習が行われることを期待しています」
「そうですか、あの短期間で学習させた内容はほぼ初等部で受ける講義の基本でありながら、全体の六割はありますから。ライトには退屈かも知れませんね。今後術式や剣体術等の実技も増えて来ますから、今しばらくの辛抱です」
今までと違う内容の講義が始まれば、退屈もしなくなるだろう。実技は好ましくないけど。
報告を受けてメルリはほっとしたかのようにため息を一つ。
「どうかなされましたか?メルリ様」
「心配ありませんよエドガー。一つの山場を無事終えた気分になりまして…。色々とライトに押し付けてしまった部分があったので、今日を迎えるまで不安でした。ライトが潰れてしまうのではないかと」
エドガーの質問に、言葉を確かめる様に語る。実際、余り表情に出ない彼女だ。彼女なりに心配していてくれたらしい。俺は、環境が変わったとは言え、救われた立場上、恩を忘れたくない。出来る限り要望に答えてやるつもりでいる。特にメルリと、ミューレンに対しては…。今後、どんな出来事が起こるのか予測も立てられないが、それだけは忘れたくない。一人の人間として。
「エドガーと、フォスターも今日はここまででいいです。ゆっくり休んでください。ライトは少々お待ちになって。そろそろレンフィールが参ります」
「では、失礼致します。ライト、また明後日に。シュティッヒを外に呼んでいる。帰宅は彼女の警護になる」
そう言い残しエドガーとフォスターは退室。一気に張り詰めた空気が緩む。大変だねぁ、上の人は。
「ホントに色々と頼んでごめんね」
「気にしなくて良いよ。一度は失くした命を救ってくれたんだから…それを考えたら、メルリ達の依頼何て生きていれば何とかなりそうな事だけだよ」
「そう言ってもらえると、安心するわ。今日明日はゆっくり休んで」
「そうする。昼ごはんだけ食べたい。そしたらレンフィールに会って帰るよ」
「仕方ないなぁ。昼食準備させるからレンフィールと一緒に食べて行きなさい」
聖堂長室の奥にある部屋で、昼食を摂っているとレンフィールがやって来た。
「メルリ様?」
「奥の部屋~」
いつもはキリッとしているメルリだが、気を許せる人物だけなのだろう、何とも言えない緩い言葉でレンフィールを促す。
うっすら苦笑いのレンフィールは、困った様子を漂わせながら、俺たちの前に現れた。
「メルリ様、いくらなんでも、それではいけませんよ?何時何処で、誰が聞いているかわかりませんから」
「わかってるよ。でも大丈夫。この聖堂長室だけは、消音魔術を使ってるから。ここから外部になんの音も漏れないよ」
消音魔術なんてあるんだ。それを考えたら、先日エドガーとベルサリオが退室させられたあの時の疑問がなくなる。木材の扉一枚では、話声くらいは筒抜けだと思っていたが、そんなカラクリがあったとは。
レンフィールは呆れた顔をしながら、座っている俺を後ろから抱き上げ以前の様に、自分の膝の上へと座らせる。
「レンフィール、重いから。それに一人で座れる」
「十にも満たないライトが重いわけありません」
全くお姉ちゃんには敵いません。血が繋がっている実の姉弟って訳じゃないのに…。それだけ、弟が産まれるのを楽しみにしていたんだろう。
「今日はこれで終わりでしょう?ライトにお土産を持ってきてあげました。自宅でお勉強してください」
ニコニコとしながらレンフィールは丸められた、一枚の紙を広げる。それは、練習用に弾いた曲とは違う譜面。一気にテンションが上がる。
「新しい譜面…!」
「練習用の曲は、春の声と言う曲で、新しい出会いや歓喜を表す曲。これは、さえずりと言う曲で、小鳥の声の様な可愛らしい曲なんです。癒しの効果があると言われています」
そう言うとレンフィールは、筒状の箱を取り出した。さほど長くもなく、重くもない。その箱を静かに開けると…またテンションが上がる。
「笛!?」
「この曲は、笛が中心なんです。小鳥を表現しているんでしょうね。私は余り笛は得意じゃないので…。吹き方は教えられますので、是非練習して、お姉ちゃんと演奏しましょう」
レンフィールにも苦手な楽器があったのだと分かった瞬間だったが、主旋律となるならば、練習してレンフィールとのセッションを楽しみたい。
「うん、この休暇で時間を見つけて練習してくる!」
その後、基本的な吹き方を教えてもらい、譜面と笛を持ち帰ることにした。
練習してくると啖呵を切ったが、得てしてそんな時間があるのだろうか?俺にはアレコレやらなくちゃならない事がたくさんだから。
「では、シュティッヒ行きましょうか?」
考えていても仕方ないし、いつまでも警護のシュティッヒを待たせるわけにもいかないので、聖堂長室を後にしたのだった。
聖堂の外でシュティッヒはずっと待っていたらしく、長居してしまった事を申し訳なく感じた。
「申し訳ありませんシュティッヒ。だいぶ待ったでしょう?」
「いえ、お気になさらないでください。任務ですから、ライト様は主らしく堂々としていてください」
道中詫びを入れるも、「任務だから」と。
話す時間がなかなかとれないから、エドガーが配慮して帰宅までの間に…と考えてくれたのだろうが、思うように声をかけられない。
そう感じながら、少し背の高いシュティッヒをちらっと見上げる。騎士団の一員だからなのか、薄い緑色の髪は短くしてある。訓練等で負ったと思われるアザや擦り傷も所々に見受けられる。年頃女子ならすごく気にするだろうに。
「ど、どうしました!?」
見上げていた俺の視線に気が付いたのか、若干頬を赤らめて言葉を反してきた。
「い、いや、あの…、し、シュティッヒはいくつなのかと…」
彼女のぎこちない反応に、こちらまでぎこちなくなる。それに、年齢だなんて、とっても微妙な質問をしてしまった。
「年齢ですか?十六でございます。見習いを終えたばかりの新米騎士です」
「とは言え、立派な騎士団の一員ですから」
「そう言って頂けるだけで、有難い言葉です。まだまだ戦力にならない私ですが、任務を全うさせて頂きます」
年齢の質問が失礼にならなくて良かった。今の現状だと「領主一族と同じ」とアイリスに言われた事もあり、セーフかも知れないが、これがただの下町の住民だとすれば、何があるかわからない。少なくてもシュティッヒは中流以上の階級は確実なのだから。
「扉の外で聴かせて頂きましたが、ライト様はフューリーがお得意なのですね?とても心地よく拝聴致しました」
「ありがとうございます。楽器の師であるレンフィールのおかげです」
言葉は柔らかいが、表情を崩さず周りの警戒は怠っていない。東区はそんなに危険な思いをした記憶はないが、以前、メルリが言っていた事があるかも知れないと考えると、ゾッとする。何せ、貧困層の住民が、領主の娘が後ろ楯で、普通では考えられない学習院なんかに入学したのだから、妬み等々あっても不思議ではない。
そんな事を考えていたら、思わずシュティッヒの服を掴んでいた。突然、掴まれたのだからシュティッヒも驚く。そして俺自身も慌てて手を離した。
「ごめんなさい、考え事していたら…思わず」
「大丈夫ですか?顔色が余り良くない様ですが」
「大丈夫です!自宅はもうすぐなんですが、友人の所に寄ってもいいですか?」
「構いませんよ?今は任務と同時にライト様は主ですから」
気遣ってくれたのか、ようやく表情も柔らかくなった。
シュティッヒを引き連れ、リリの自宅に立ち寄る。少しでも顔を出せば、リリも喜ぶだろうし、今の自分の気も紛れる。
「こんにちは、リリいますか?」
ドタドタと足音が聞こえ、見慣れた顔が現れた。
「ライト!何か雰囲気変わった?元気そうで良かった!学習院はどう?お友達出来た?…外に居る人は?」
「あぁ…リリ、質問は一つずつにして、いっぺんに答えられないよ」
リリの質問に、わざとらしく困った素振りをしてみせて、一つ一つ答えてやる。
「外に居るのは、警護の騎士さん。僕一人で行動にしちゃいけないんだ。学習院は、まだ慣れないけど一人友達も出来たし、今の所、勉強にもついていけてる」
「一人で行動出来ないのは、何か自由をとられているみたいだね…。少し可哀想」
「結構自由だよ。学習院は基本的に中流階級以上の人達が多いから、下町出身だと何か嫌がらせとか、事件とかあるかも知れないからって念の為に付けられているんだ」
うんうんと聞き納得してくれたのか、すぐに理解してくれた。
明日は一日休日だと言うことを伝えた所で、シュティッヒに声を掛けられる。いくらなんでも待たせ過ぎたか?
「取り込み中申し訳ありません。ライト様、そろそろ一旦帰宅しましょう。明日は休日、また出直しても宜しいかと」
「はい、そうですね。少し長居しましたし、一旦帰りましょうか?リリ、明日、出直して参ります」
「あっ、はい!で、では、また明日」
さすがに主と認めてくれたシュティッヒの前で、丁寧に話さなくてはいけないだろう。だが、リリはその変わりぶりに驚く。まぁ、今までいつも通りに会話していたのに、この言葉遣いになればある意味、引く。
「申し訳ありません、長居してしまって」
「いえ、私が玄関に立っているだけで、周りの雰囲気が変わっていたもので」
話によると、シュティッヒが外に居ただけで、近隣の住民達が何事かと集まって来たり、自宅の窓から覗きこんでいるもの達が達がいたそうだ。俺はリリとの会話でわからなかったが、「見せ物でもないし、大した事はない」と追い払うのが大変だったと言う。俺も気遣いしてやらなくてはならないな。自宅周辺にも警護がいるはずだから、どうなっていることやら。
「シュティッヒありがとうございます。皆様に比べれば相当貧相ですが、ここが自宅です」
「何事もなくたどり着けて良かったです。あの、ライト様…」
シュティッヒを見送れば無事帰宅。の、はずだったが、何やら騎士らしからぬモジモジと何か言いたそう。
「どうしました?」
「休日明けによろしければ、音楽をお聞かせ頂けないでしょうか?その…音楽に縁がない生活を送って来たので、心底、心地良かったのです!」
そんなモジモジ恥ずかしい思いをするような事か?時間さえあれば、楽器を弾く事など容易い。オルデンとシュティッヒ達と交流時間を作ってくれるとエドガーは言っていたし、機会はいくらでもありそう。快く受けておこう。
「わかりました、約束しますよ」
「ありがとうございます!では、明後日お迎えに参ります!お迎えはオルデンが来ますので、準備をしてお持ちになっていてください。失礼します!」
心なしか晴れやかな雰囲気で、聖堂方面に戻って行った。




