~休日~後編
シュティッヒを姿が見えなくなるまで見送り、落ち着いた所で自宅に入る。
「ただいま~」
「おかえりなさいライト。今日帰ってくる日だと思って楽しみにしていたの」
母親のウィルが、奥から出てきて迎えてくれる。姉のミラはお使いに出てもらっているらしい。父親のディーダは遅番だったみたいで、仕事。まぁ間も無く帰ってくるでしょう。
「学習院は慣れた?」
「そうだね、一週間じゃまだ慣れないかな。講義自体は大丈夫だけど、生活環境って言うか…周りの人達に気を使う感じ」
それにだけ慣れれば大したことなんてないんだけど。堅苦しい人達ばっかりだからね。一応、聖堂長であるメルリと、修道院長のミューレンが保護者代理だから、それなりの対応をしなくてはならない。あっ、レンフィールも保護者代理だった。
「たまに母さんも修道院に行く用事があったりするから、ライトの気持ちもわからなくはないかなぁ。無駄に丁寧って言うかね」
母さんは仕事の関係上で、修道院に聖堂着を納品に行くことがあり、その対応している関係者の対応を知っている。まだ俺は修道院に行ったことないけど。
そうこう話しているうちに、ミラと父さんが帰ってきた。途中で一緒になったらしい。俺が帰宅している事に気がついた様でパタパタと急ぐ足音が聞こえる。
「ライト帰ってたんだね!」
「一週間振りだな。馴れない環境で疲れただろう」
「うん。でもみんないい人達だから、大丈夫だよ」
何事もなく帰宅した事で、ミラと父さんも安堵する。言葉や態度に出て無くても、その表情が物語っている。やっぱりいいよ自宅は。
「そういえば、家付近にも警護が付いているはずなんだけど…」
「あぁ、二日位は付いてくれていたんだが、かえって雰囲気が悪くてな。断った」
「そうなんだ。大丈夫?何もない?」
「大丈夫、問題は何もない」
メルリが話していた、妬み等でトラブルが無ければいいが…。東区や南区から数十年振りの学習院入学とあって、大人でも記憶にないのかも知れない。今の所、何も無いなら、騎士団が警護する必要性も薄れて来るし、下町の雰囲気にそぐわない。そんな事から、断ったのだろう。
「ねぇライト、これなぁに?」
父さんとの話も一段落ついたのを見計らって、俺が持ち帰った筒を指差し、ミラが聞いてきた。
「これは、横笛だよ。休み中練習する機会があればって事で、レンフィール様から譲られたんだ」
「レンフィール様って…?」
メルリとミューレンには会った事はあるが、レンフィールには会った事無かったんだ。
「レンフィール様は、僕の音楽の先生みたいな感じだよ。聖堂の専属楽師なんだ」
「そんな方から物を譲り受けるなんて…」
母さんは不安気な事を言うが、誰がどんな人でと、事のあらましを一通り説明するとこで、理解してくれた。
その後、一週間振りの再開に話が尽きること無く、あっという間に時間が過ぎ、就寝した。
翌日、せっかくの休みがもったいないと思ってたせいか、学習院の起床時間よりも早く目が覚め、何をしようか考えることに。
「あら、ライト早く起きたのね?」
「せっかくの休みだし、充実した一日にしないと損だよ」
母さんは既に起きて、朝食の準備をしていた。あっちでもこっちでも、母さんはと言う人は早起き。見習わなくてはならないし、感謝したい。
「そうね、せっかくの休みダカラね。…ねぇライト、貴方は将来どうしたい?いずれ子供は親の手から離れて行くもの…。まだ、はっきりと解る歳じゃないのもわかってる。自分の人生よ、自分の好きな要に生きて」
「母さん…」
「湿っぽい話は終わり、さっ、二人を起こしてきて。朝ごはんにしましょ」
自分の好きな様にか…。そうしたい本当は。でも、俺にはやらなくてはならない事がある。まだ、予想も想像も出来ない未来の為に。
複雑な心境のまま二人を起こし、朝食を済ませた。
朝食の後、久しぶりに…と言っても一週間振りなだけだが、町の中を散歩して、笛を練習する場所を探す事にした。笛と譜面だけ持って、ゆっくりと東区内を散策。途中リリも誘ったが都合が悪いと断られ、結局一人。
「東区の広場に行くか」
広場は東区の中でも、北側にある。東区の行事関係は大体ここで行われ、普段は閑散としている。誰にも邪魔されずかつ、迷惑を掛ける事も無く練習出来る。
予想通りほとんど人の姿は無く、絶好の練習環境となっていた。広場の端っこに所々設置されているベンチに腰掛け、譜面と笛を準備した。
吹き方はレンフィールに教わった。基本的にはフューリーと同じで魔力を通しながら吹く事になる。でも、フューリーと違うのは、魔力の流す強さ、量を、変えても音色が変わらない所。つまり、フューリーの様な弦楽器は自分自身がエフェクターと言う感じ。多分。
ピィーっと小鳥の様な小気味良い音が、広場に広がる。譜面を見て、音階を奏でる。譜面は読める様になったが、笛自体は今日が初めて。上手く吹けない。
「ふぅ、難しい。指の動きから練習しようかな」
少し休憩をとって、譜面を見ながら指の動きを確認する事に。
「おい、ライト!」
「あっ、グラム、久しぶり!」
急に呼ばれた方向を向くと、グラムが数人の男の子を連れて立っていた。俺はライトの記憶から久しぶりに会ったと思い、彼に駆け寄った。
「悪いな、別にお前の事、羨ましくも思ってないし、恨んでもない」
「えっ?どういう…」
全て話す前に、俺は殴られていた。それも、数人の男の子に囲まれて…。
何故なのか、わからない、どうしてこんな目に合わなくてはならないのか…。
「おい、これなんだよ?」
その中の一人が、笛に気づいた様だ。まずい、せっかくレンフィールから譲られた大切な横笛。
俺は、朦朧とする意識の中の、精一杯抵抗した。
「それは…ダメ…だ!」
力を振り絞り、体当たりをして奪い返すと、亀の様に丸くなり必死で笛を守った。どんなに殴られても、どんなに蹴られても…俺の大好きな楽器を。
一体どれくらいの時間殴られ続けたのか、もはやわからなくなっていた。短時間だったのか長時間だったのか…。でも、守り切った。俺の笛。
俺はその事に満足して、うっすら微笑んでいたらしい。
「コイツ気持ち悪りぃな、笑ってやがる」
ボコッと鈍い音を立て腹を蹴られた。もう痛みすら感じない。
「げほっ」
「じゃあなライト。もう会うことないだろ。お前の事を嫌いで事をした訳じゃない。それだけは解ってくれ」
グラムはそう言い残し、他の連中と共に去って行った。譜面はぐちゃぐちゃになってしまったが、笛は無事だった。それだけが救いだったのは間違いない。
ぼんやりとした意識の中の、笛を抱き抱えるように立ち上がり、帰ろうとした時に、意識が途絶えた。
意識を取り戻した時は、寮の自室。周りにはメルリ、ミューレンを含め各面々が揃っていた。
「…ここは…寮…?」
「気が付いた!?」
即座に反応したのは、レンフィールお姉ちゃんだ。その顔は、だいぶ泣いたのだろう。目が随分と腫れて、何時もの面影が無いくらい不細工に見える。
「レンフィール…顔が…」
「私は良いから、今はゆっくり休んで」
力が感じられないが、安心したみたいだ。
「一時はどうなるかと思いました…。ミューレンとレンフィール以外、退室して下さい。目覚めて早々ですが、ライトに聞かなくてはならない事があります」
険しい表情のまま、指名された二人以外を寝室から払い、部屋には俺を含めて四人となった。
「何があったの?」
嘘や出任せは許さないと言わんばかりの目付きで、メルリとミューレンは俺の顔を覗き込む。
「実は…」
事件の内容を意識が無くなった直前までの事を、一つ一つ説明した。レンフィールは顔色が悪くなり、ミューレンは言葉を無くした。常に冷静なメルリでさえ、「信じられない」と溢した。
「相手が誰なのかがわかっただけでも、簡単に解決すると思うわ。レンフィール、フォスターを呼んでくれる?」
メルリの指示で、レンフィールは一旦退室する。
「でも、お姉さま、ディーダから警護を断られたとは言え、下町自体の警護を疎かにしてしまったのは、こちらの失敗だったかも知れない…」
「うん、そうだね…」
警護を断られた時、騎士団員を下町から帰還させた事を悔やむ二人。だからと言って、文句を言ったり、責めたりする事はしない。
「父さんや母さんは?」
「一通り事情は説明したわ。お母様はひどく動揺してたけど。解決まで協力してもらう場合があることも説明した。下町の警らも強化したし、とりあえず心配無いわ」
「この事は、領主であるお父様にも報告済みなの。領主側近達が動くのも時間の問題ね」
メルリとミューレンは、お互いにやらなくてはならない仕事を把握している。両親にも領主にも報告してあるとは。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
そこにレンフィールとフォスターが戻ってきた。メルリは、早く扉を閉める様に合図を送り、早速本題に。
「フォスター、東区の学び舎にグラムって子供いた?」
「名前は聞いた事あるけど、ライトと同じ学び舎には居なかったよ?」
そうグラムは、学び舎には通っていない。何かの話の中で彼の名前を出した事はあるが、フォスターは、会った事も見たこともない。知らなくて当然。
「そう…じゃぁ、こちらから引っ張り出すしかない…か。ミューレン行くよ」
「そう来ると思った。とりあえず、皆解散して。フォスターは、学習院長にライトが、三日間休養すると許可取るようにベルサリオに指示して。理由は、記入しなくても話を通してあるから、無くて大丈夫」
慌ただしく、二人は出て行った。状況を飲み込めないのは俺だけで、フォスターとレンフィールはこれから何が起きるのか、解っている様で、取り乱す雰囲気はない。
「ライトは、休んでて。部屋から出なくて良いから。レンフィールは、ライトに付いて事情を説明して。私は、他の従者に色々指示して来るから」
「これは、一大事ですからね。領主一族や私達に、とっても。決して許される行為ではないですから。お祈りの時間以外は、暫くライトと過ごします」
「任せたわよ、レンフィール」
フォスターも部屋を出て行き、ようやくピリピリした空気が無くなった。
レンフィールの表情も緩み、いつものお姉ちゃんに戻っていた。幾度と無く、レンフィールと過ごした時間があるからすごく落ち着く。
「ミューレン様が、癒しの声を施してくれましたから、もう大丈夫ですよ。三日で完治します」
「癒しの声って魔術?」
「そうよ。人間の自然治癒力を、普段の何倍にも増幅させる魔術。でも、勘違いしてはいけません。あくまでも怪我を治すのは、自分自身の治癒力ですから」
ゲームの中に存在する、一瞬で回復する魔法とは違うんだな。でも、死なない限り…手遅れにならなければ、傷は癒せると言うことか。一体どんな魔術が、どれくらいあるんだろうか?
「それと…今から何が始まるの?」
「恐らく…領主裁判…」
ボソッと溢す様に、レンフィールは答えてくれた。領主裁判って…




