~講義開始~
「先生、姿が見えなかったから、外出してたのかと…」
「今晩からこちらでの生活が中心となりますので、寝室にて荷物の整理をしておりました。そうしましたら、皆様の話し声が聞こえたもので、終わるまで待機していた次第です。先程、ベルサリオが言っていた通り、自主学習の時間を決めましょう」
セルジュ達と話していた為、出づらかったのだろう。大した話をしていたつもりではなかったから、別に気にする程でもないだろうに。
「そうですね、今のうちに決めてしまいましょうか。セルジュ、二人にもお茶を…」
二人分またお茶を準備してもらい、ベルサリオとフォスターに席に着いてもらう。決める内容は簡単な事、さほど時間も掛からない。
「学習院からは、必ず課題が出されます。その日の講義で行った内容がほとんどです。要するに、復習する事、と、言う事ですので、講義が終わり、部屋に戻り次第学習時間にするのが、好ましいかと」
「ベルサリオが言う通りですので、それでいいでしょうかライト様?」
学習院の事など知るわけがない。二人がそうしろと言うなら、それに従う方がいい。
「かまわないです。僕が事細かにアレコレ決めるよりも、右も左も解らない学習院については、ここに居る全員が先輩になりますから、僕は従います」
その一言により、一日の予定は決まった。
明日から実質講義が始まる。ここに通っている間に、必要な知識や力を養わなくてはならない。更に、俺としてやらなくてはならないこともある。両立出来るのか不安だが、既に事が動いているのは事実。弱音は吐いていられないだろう。
今更になり期待感と不安感を、抱いたままあっという間に翌日になった。
「ライト様、おはようございます。朝食を摂り支度しましょう」
アイリスに起こされ、リビングへと連れて行かれる。夕べは色々考えているうちにいつの間にか、落ちていたらしい。
「皆さん、おはようございます」
リビングには、各使用人が揃っていた。手早く朝食を済ませ、身支度を進める。
「ライト様、学習院内の講義室以外はフォスター様しか同行出来ませんので、くれぐれも、身の安全には気を付けて下さい。」
「わかりましたが、学習院内で何か大きな問題が、起こると言うことは無いのではないですか?」
気を付けろと言われても、多少なりとも階級が上の人達の集まり、身分の上下位は区別つくはずだ。その中で問題を起こせば、おのずと何かしらの処罰等々が、付きまとって来るに違いない。
「聖堂長であるメルリ様の援護を受けているとは言え、下町出身と公表されている事には変わりません。身分を弁えていない者も中には居るでしょう。まして、特待生です。下町同様妬み等があるかも知れません。そういう部分で何があるか解らないので、気を付けてほしいのです」
ベルサリオは心配性なのか、渋い表情は崩さない。用心しておくとしよう。
「では、参りましょう。フォスター様、院内ではよろしくお願いいたします」
「わかっています」
部屋の中でベルサリオとフォスターが、最終確認的な挨拶等を交わし、オルデン、シュティッヒを警護に学習院へと続く廊下を進む。
「今日はエドガー様は?」
「副隊長は、午後からの任務となっております」
「では、学習院が、終わり次第お話しがあると伝えて下さい」
オルデンは「かしこまりました」と、一言返され終了。堅いなぁ、騎士だけに任務に全うするのはいいことなのかも知れないが…もう少し緩くして欲しい。
学習院と寮の境目でベルサリオ達と別れ、ここからはとりあえずフォスターと二人になる。実質講義中はフォスターとも別々なのだろうけど。
「ライト様、講義室に向かう前にちょっと…」
「はい?」
割りと人目の少ない階段の影に入り込み、なにやら言いたげな様子。
「先生どうしました?」
「いやぁ、学舎に通ってた頃の雰囲気慣れすぎて、あの堅い感じに、戻らなくて…」
気を使わない下町の空気に染まってしまっていたらしい。大した用件でもないが、彼女なりに言葉を崩したかったと見える。確かに、俺は学舎に居るフォスターしか知らない。だから、この状況になってから少し違和感を感じていた。
「そう言う事?でも、解るよ、僕もちょっと息苦しい感じ」
「でも、元々はこっちの生活が普通だったからね、あと何日かしたら、気にもしなくなるから。…さっ、行きましょう」
ほんの僅かな時間でも気晴らしになった様だ。そのままフォスターに連れられ、講義室に向かう。
室内は、新入生ばかりなので、各々が緊張した表情で自分の席に座っている。ある意味、入学式よりも緊張している。
「では、ライト様、休憩や終了時に都度お迎えに参ります」
「はい、では後程」
フォスターと別れ、自分の席を探す為に講義室を歩き始めるが、周囲からの視線がやたらと俺の方に向いているのが確認出来る。はっきりと聞こえる大きさではないが、「彼が特待生だと」ヒソヒソと話している声まで飛んでいた。
ようやく自席を確認し、腰掛けようとしたときに、聞き覚えのある声が聞こえる。
「おはようございます、ライト君。いや、ライト様と呼んだ方がいいですかね?」
その声の主は、ヴィンセント。振り替えると彼は満面の笑みで立っていた。全く気付かなかった。俺が講義室に入るのを確認して着いてきたとしか考えられない。まぁ、そんなことはどうでもいいが。
「おはようございます、ヴィンセント先生。今日からお世話になります」
「ライト君だけじゃなく、他の生徒達も皆今日からだからね。切磋琢磨していい成績を納められる様に。はい、では点呼を取ります」
新入生は、俺を含めて約五十人。全員覚えられるのか解らないが、とりあえずメルリ達からの任務を遂行するのみ。…任務って程でもないか。
俺は皆とは初対面だが、元々顔見知りだった者同士も数多く居るようだ。
「まず、講義を行っていくにあたって、皆の適性色検査から始めます。尚、解放が出来ていない者は申告するように」
また適性検査かよ…。しかも、解放が出来ていない者って、学習院に入学する様な人なら「済み」だろ。まぁ、俺も何の事か解らず魔力解放した?させられたんだけど。
そう考えていたが、半分位の人数がまだらしい。そもそも思い返してみれば、中流以上の階級層は入学金さえ支払いできれば、学習院に無条件で入学出来るんだっけ?その中でも入学前から専属教師が付けられるかどうかは、その家庭にもよるのか。だとすれば、下流層にあたる下町の子供達の方が優秀なのかも。
「それでは、解放が出来ている者より適性色検査をしましょう。その後で未解放の者の、解放と検査にします」
ヴィンセントは慣れた手付きで、あの水晶玉を取り出す。
以前、聖堂にて起こした事故を思い出した。あれで、ライトがいなくなった…。実際いなくなったのかは、定かではない。しかしあれ以来、あの部屋の様な所に行くことも出来なくなったし、彼の意識が語りかけて来ることもなくなった。無知だったとは言え、申し訳ない気持ちで、気が重くなる。
あの時の事を思い出し、物思いにふけっていたらいつの間にか、俺に順番が回ってきてた。
「体調でも良くないですか?」
何度か呼ばれていたのか、不安げなヴィンセントが俺の顔を覗き込んできていた。ハッとして慌てて否定する。
「い、いえ、ちょっと考え事をしていて…。申し訳ありません」
「不安な事はあるでしょうけれど、まだ悩みを抱える程の年齢でもありませんから、いつでも相談してください」
慰めになるのかならないのか絶妙なフォローを入れられる。う~ん、ダメだな。自室や聖堂長室に居るときに考えよう。
ヴィンセントの指示で教卓へと促され、彼と対面するように座る。
これは、確か相手側に魔力を引き出されるんだったはず。事故を起こさないように、こちらから送り込んでやろう。
言われる前に水晶玉へとてを添える。少しずつ蛇口を開く様に、静かに流していく。みるみる黄金色に染まるが、これでも勝手に魔力が動かない様にと制御している。なにせ、適性色が上になればなるほど、下の適性色の魔力を吸収するそうだから。
「これは…これほどまでとは…!初めて見るが実に美しい黄金色!それに、自分から魔力を流せるとは…」
ヴィンセントは感動の声をあげているが、実際俺は魔力の在りかたを解っていない。メルリ達から伝達魔術と、楽器の演奏で使うとしか教わっていない。
「先生、これは…」
「正直、魔力に関し、私には扱えない程の強力なものです。ですが、学習院での成績次第では職業に困る事はないでしょう」
笑みを浮かべながらアドバイス的な事を言い、何がメモを取っている。一人一人検査結果でも記入しているのだろう。因みにおれが解放済みの最後だった。次に未解放の者に移るが先に検査の終わった者たちには空き時間が出る為、軽い課題を出された。
「検査の終わった方たちは、この水晶玉に魔力を込め、そして抜き取る練習をしてください。まだ方法を教えてないので、よく考えてやってみる様に」
適性検査に使用する水晶玉よりも一回り小さい水晶玉を手渡していく。これが明日の講義の中心になるそうだ。まぁ、これも自分流だが聖堂でやって来た。何も難しくない。
数回魔力入れ、抜いてと繰り返しているうちに、飽きてきた。早く自室に戻りフューリーを触りたい。レンフィールが、今日届けてくれると言っていたから、楽しみでしかたない。
「フューリー…何にも邪魔されずに楽器触っていたい」
ぼそっと独り言を言っただけなのだが、それが隣の生徒に聞こえていたらしい。
「楽器がお好きなのですか?」
声の方に視線を送ると、年のわりに顔立ちの整った女の子が目をキラキラさせて俺の方を見ている。
くりっとした目にどこかあどけなさを漂わせている雰囲気がなんとも言えない。
「ええ、そうですね。楽器もそうですが音楽全般的に好きです」
「そうですか!?私の兄は楽師なんです!私も兄目指して楽師になりたいと考えております。遅くなりました、私、パルノエルスと申します」
なんだか舌を噛みそうな名前だなぁ、まぁ、音楽好きな人に悪い人はいない!…と、思っている。
「楽師としてはレンフィール様に、遠く及ばないと兄は申しておりましたが、それでも兄の演奏は素晴らしいものです」
「レンフィール…様に及ばないと…?僕はそんなレンフィール…様から、学んでいますし、共に演奏してますよ?」
「えっ?そうなのですか?兄も私もレンフィール様にはお目にかかった事がありません…雲の上の人ですから…。式典等で演奏は聴いた事はありますが…実に心惹かれる演奏で、自然と涙が零れました」
まさかこんな所にレンフィール崇拝者が居るとは。でも、彼女の言う通り、レンフィールの演奏は別世界の様な雰囲気に感じる。心奥から気持ちを乗せて演奏しているに違いない。聖堂で何度かその現場に出くわした事があるから、パルノエルスが「自然と涙が零れた」と言う気持ちも解らなくはない。
「もし宜しければ、選択講義は音楽にしませんか?」
「選択講義?」
「はい、目指す職業に応じて、ある程度講義が選べるんです。楽師を目指すなら通常講義はともかく、専攻講義は音楽にするべきです。これは初等部から高等部まで関係なく必須となりますから、近々選択しなくてはなりませんよ?」
音楽を選択して講義を受けられるなら、願ったり叶ったりである。こんな誘いを断るのも…いや、とりあえず保護者代理のメルリ達に相談して許可を貰わなくてはならない。ここは穏便に返事しておこう。
「僕一人の判断では決められないので、自室に戻ってから専属教師と相談します」
「是非、音楽講義を選択出来る様に検討ねがいます」
パルノエルスは思ったよりも我が強いのかも知れない。音楽が好きだと言う共通点では良い友人になれそうだが。
パルノエルスとの会話を終え、水晶玉に魔力を込める課題に集中する。が、聖堂で何度となくやって来た事、今となっては寝てても出来そうな位、魔力の動かし方は体に染み付いていた。
パルノエルスを含む他の生徒はまだ頭を抱えて居るようだ。中には終えている者も居るが、大半は出来ていない。ヴィンセントは、未だに未解放生徒の適性検査を行っている。
ひたすら魔力の出し入れ…出し入れ…出し入れ…。飽きた。その時コーンと鐘が鳴った。
「はい、午前はここまで。午後は残り数人の適性検査後、魔力の扱いについて講義を行います。では一時解散」
ヴィンセントの一言で、皆の緊張感が緩くなったように思われた。
ようやく午前が終わった。教わっていない講義が始まるまで、退屈な時間を過ごす事になりそうだ。講義室の出入口から、各専属教師が迎えに来る。一人一人それに連れられ退室していく。
「レンフィールまだ来てないかなぁ…」
もうフューリーの事で頭がいっぱい。竜一として生きた時も、学校の授業中で同じ事を考えていた。少しでも早く楽器に触れたい。それが原因で教師に怒られた事もある。もう遠い過去の様な気分になる。
「ライト様、お待たせしました」
「戻りますか?パルノエルスさん、先に出ますね、また午後から」
黙っていなくなるのも失礼な話しなので、軽く声を掛ける。パルノエルスは迎えが来ていないので、勝手に退室出来ないでいた。
「お気になさらないで下さい。間もなく私の迎えも来るでしょう。先程の件の良い返事を待ってますね」
講義室を出て間もなく、ベルサリオ達と合流し部屋へと戻る。
昼食の準備が終わっており、セルジュとアイリスが待っていた。
「戻って早々ですが、昼食にしましょう」
ベルサリオに席へと案内され、早速フォスターからの質問だった。
「ライト様、パルノエルス様の言っていた先程の件とは?」
パルノエルスを知っているのに驚いたが、あえてスルー。質問に答える方が先。悩みもせずに、会話の内容を伝える。困った表情をすることもなく、皆は聞いてくれた。事細かにベルサリオはメモをして居るが、フォスターは大体の流れを読んでくれた様だ。
「そうですね、やはり勝手な事は出来ませんから、聖堂長にお伺いしましょう。ベルサリオ、今日明日中に聖堂長への面会予約と、外出手続きをしてちょうだい」
「かしこまりました。本日の講義終了後に聖堂へ向かう予定にします」
そう言うと早速外出手続きの為、部屋を出ていく。
ベルサリオが部屋から出るのを確認すると、フォスターはセルジュ達に席を外すように指示をする。
「午後からの講義は、聖堂でメルリ様から教わった、魔力の扱いや、それに伴った動かし方が中心になるはずだから、ライトにはここ数日は退屈な講義になると思う」
「基礎中の基礎を予習してたんだね」
コクリと頷くフォスター。
「この基礎が出来なければ、先に進めない話しになるから。聖堂に行ったら詳しく話すけど、ライトの件ついては実は私も一枚噛んでるから」
「…!?」
素性まで割れているのか?メルリやミューレンの周りだけで収束しているならばいいけど…下町の友達やら学習院内にまで広がっていたらと思うと、この先どう見られているのか視線も気になってくる。
「まぁ、深く考えなくていいよ。ここで言えるのは、メルリ様やミューレン様から、近々、学舎の中で良い成績を納める子供が現れるはず、そう言われてただけだから」
今は、彼女等のサポートがなければ、この場にいることも、この先の事も見通しが付かなくなる。フォスターの言葉を信じるしかない。
「とりあえず、聖堂に行ってからだね」
間もなくベルサリオが戻り、外出許可が取れたと報告を受けた。メルリ達からも面会可能と言うことで、講義終了後は聖堂だ。
「あっ、レンフィールに伝えないと!」
午後からレンフィールが部屋にフューリーを届けると言ってたが、これでは行き違いになってしまう。慌てて、伝達魔術を使いレンフィールに告げる。
『では、お姉ちゃんは聖堂でまってますね』
そんな解答だった。レンフィールらしいなぁ。皆が「お姉ちゃん」って所に反応したが、いちいち説明するのも面倒なので、聞かれたら答えよう。
フォスターの言う様に、午後からの講義は退屈そのものだった。時折パルノエルスに、声を掛けられ退屈凌ぎになったが、ずっと喋っている訳にもいかない。
「…で、あるからして、少しでも早く魔力を自在に扱えるよう練習する事。本日の課題は、この三つの水晶玉に魔力を、入れて来ることです。講義終了後、各自規定個数持ち帰るように」
ヴィンセントが指差す方に、木箱が置いてありそれに入っている様だ。課題を済ませてしまっていいのであれば、自室に戻る前に提出してしまおう。
「先生、僕は終了後、聖堂に呼ばれていますので課題を終わらせてしまって構わないでしょうか?」
「構いませんよ。ライト君には簡単な課題なのでしょう。許可します。他の方も許可します」
ニコニコとしながら、ヴィンセントは許可を出してくれた。難しい内容ではない為、終わらせてしまっていた方が、後々忘れたり、考えなくていい。
「では、今日はここまで。課題は先程の通り、各自の判断で行ってください。それでは、解散」
色々書いてあるだろう帳面をパタンと閉じ、教卓周りを片付け始める。俺は誰よりも早く水晶玉三つ手に取り、魔力を流し込む。何度も繰り返してきた事、あっという間に終わった。他の生徒からの視線を多少感じたが、構っている時間もない。なにせ、今日は念願のフューリーが、手元に届く。
「先生終わりました。提出していきます」
「えっ!?もう!?」
いくら簡単とは言え、ここまで早く終わると予想してなかった様だ。
金色に輝く水晶玉を、ヴィンセントの目の前に三つ並べ提出完了。自室に課題を持ち帰る事を拒んだ生徒は時間を掛けてじっくりとこなしているが、まだ一つ目の途中。
「しかし早いですね…。しっかり出来ているようですし、このまま預かります」
「では、お疲れ様でした」
教卓を離れ、帰る準備を整えているとどうやればいいのか教えてくれと、生徒達が群がって来た。余計な事するんじゃなかったよ。
「うーん、柄杓で少しずつ水をかける事を思いながらやるとすぐです」
蛇口と言っても解らないだろう。柄杓と言った方が彼らには馴染み深いだろうし。
「練習して少しずつ慣れると良いですね。何事も反復練習が大切ですから」
軽くアドバイス的な言葉を掛け席を立つ。フォスターの姿が見えたのだ。予定が詰まっている以上長居は無用。待っててねレンフィール、…いや、フューリー!いざ、聖堂へ!




