~開始~
今日から本格的に入学試験に向けての勉強が始まる。いつまでも後ろ向きな気持ちではいけない。目の前にある障害を一つ一つ乗り越えて行こう。
「忘れ物ない?聖堂の衣装持った?周りは皆偉い人達になんだから、粗相の無いようにするのよ!?」
「もう、大丈夫だってば!一応、昨日から通ってるんだから心配しないで!」
母さんはなかなかの心配性。でも、確かに心配性にもなるだろう。言い方悪いが東区と南区は底辺。その底辺の家庭の子供が、ずっとずっと立場が上の人達に世話になってる訳だから。
「もう少ししたら、雪が降る様になるけど、雪が深くなった場合どうするのか、聞いてこれる?」
「聖堂長に聞くよ。じゃ、行ってきます!」
入学試験までは一月から一月半、その頃にはだいぶ寒くなって雪も降って来る。俺はライトの記憶や知識、そう言った類いのモノも全て引き継いだ様で、あたかも俺自身の記憶の様に確認出来るみたいだ。
「あっちも、もう寒いだろうな…」
手袋くらい欲しい。そう思いながら聖堂へ向かう。途中にリリの家があるから、学び舎までは一緒に行こうかな。
雪が降る時期と入学試験のタイミングが重なる為、母さんが言ってた様に気になり始めた。雪が降って行けませんって事では、確実に不合格。何か対策とかあるのか?要確認だな。
「おはよう、リリ学び舎まで一緒に行く?」
「おはよ、ライト。一緒に行きたいんだけど…まだ準備が出来てないの」
聖堂に行く方が多少時間が早い。それを考えると学び舎に通うリリとは、少し時間がずれる。待ってても良いが、遅れた時に何を言われるかわからない。
「先行っていいよ。明日はちゃんと準備して待ってるから」
「うん、わかったよ。帰り寄れたらお邪魔していい?」
「いいよ!」
申し訳ないから一言。寄れたらって所が肝心。言い切ってしまうと、必ず顔を出さなくちゃならない。でも、曖昧にしておけば、寄ら無くても良い事になる。これは、俺の…持論。別にリリに会いたくない訳ではない。
話し相手が居ないから、自然と進む足が早くなる。寒くなって来てる事もあるが。
学び舎の前を通り過ぎたら、もうすぐ聖堂の門が見えてくる。
「エドガー様、おはようございます」
「おはようライト。レンフィールがお前の事、相当待ってたぞ」
門で待っててくれたエドガーに、レンフィールが待っている事を告げられ、急いで勉強部屋に向かう。
「何かあったのでしょうか?」
「何かあった訳ではなく、単に君に早く会いたいと騒いでいたな。昨日、初めて会ったのに…気に入られたな」
頭をぐしゃぐしゃに撫でられ茶化される。別にレンフィールと恋仲って訳じゃ無いのに…。
勉強部屋の前までやっと着いた。門から早歩きだった。エドガーと足の長さが違うから、むしろ俺は駆け足に近かった。
「もう息が上がってるのか?だらしないなぁ」
「大人のエドガー様と、同じにしないでください」
軽く言い合いしていると、中から扉が開いた。まぁ、言わなくても解ると思うが…レンフィール。
「ライト君おはよう」
「おはようござい…うぐっ!?」
挨拶も終わってないのに、また彼女はぎゅっと抱き付いて来た。彼女流の挨拶か!?
「では、ライト、昼の刻にまた参る。のちほど」
「は、はい、今日からよろしくお願いします」
エドガーは軽く呆れ顔で、その場を立ち去った。…立ち去らないで、せめてお昼までいて欲しい。
「今日から楽器触れますね。私沢山教えますから」
「はい、よろしく頼みます。って、レンフィール、フォスター先生ってお姉さんだったの!?」
部屋の中に移動しながら、早速質問。何か困る内容じゃなければ答えてくれるはず。
「フォスターは姉ですよ。東区と南区の学力を向上させるために、学習院長より命じられているのです」
「学習院長から?」
「はい、アウンティナルー学習院全体の学力が下がっているので、東区や南区の子供達の中から優秀な子がいれば、入学を奨める様にとの事で…」
学習院は学習院で人集めしてたんだという事がわかる。たまたまそんな指示が出ている時に、俺が出くわしたと捉えれば、周りからの指摘にも反論できそうだ。
「そんな事よりも、外は寒いでしょう?私、ライト君の為に手袋お持ちしたので使ってください」
レンフィールはニコニコしながら、薄いピンクの手袋を渡してくれた。ピンクって…。気にしなければすごくありがたい。
「えっ、でも…」
「いいのですよ、これから長いお付き合いになりそうなので、挨拶みたいなものと思ってください。では、夕涼の刻に。…本堂でフューリー引いてますので…お迎えに来てください」
それだけ言うと、そそくさと勉強部屋を出て行った。迎えに来いと…まぁいいか。
レンフィールが出て行って間もなくメルリとミューレンが揃ってやって来た。心なしか二人ともにやけている。
「相当気に入られたみたいですね?」
「お邪魔でした?」
この双子って面倒だって思った。同じ顔で同じ様な事言って…。
「別に邪魔じゃないし」
「照れてるんですか?」
「ミューレンそろそろやめましょう。ライトが怒ります」
気を取り直して俺達三人は、今日からの予定を確認する。ミューレンは、その予定を確認するために来たらしい。夕べは、メルリと顔を合わせる事がなかった為、同席する事にしたそうだ。
「今日は私が、魔力について適性色を含めた、基本的な使い方を教えていきます」
「私とメルリが一日置きに講師として来ます。流石に、元々の職を二人とも空ける訳にはいかないので」
メルリを残し、ミューレンは修道院に戻って行った。まだ立ち入った事はないが、修道院は聖堂に隣接しているので、そんなに移動距離はないそうだ。
まだ、聖堂の衣装に着替えてなかったので、勉強を始める前に着替え。
「着替えながらでいいので、聞いてくれますか?」
「はい…なんでしょう?」
もぞもぞと衣装を羽織り、持ってきた昼食のパンと、先ほどレンフィールから貰った手袋をまとめて置いておく。メルリは机に向かい準備が終わっている。
「もう、着替えたのでこちらで聞きますよ?」
「エドガーとレンフィールはいないので、いつも通りにしていいですよ?少しやんちゃっぽい方がライトらしいので」
言われて見れば、メルリと二人きりだ。気を使う必要なんてないか。エドガーに気を付けろって注意されていたから、話し方が雑にならない様にしていた。
「で、どうしたの?」
「ゲーリッチの件ですが、覚えてますか?昨日の事なので忘れてないと思いますが」
あの言いがかり野郎の事か。メルリの魔法(?)でどっかに飛ばされたよな?
「門にいた聖堂神官?でしょ?」
「そうです。彼の処罰が決まりました。私の命令に背いたので半月間、懲罰房になりました」
「あれだけで!?言いがかりっぽい所はあったけど」
「まだ軽い方ですよ?処分されてもおかしくないですから」
そうか、メルリは聖堂長だが、実は領主の娘。このアウンティナルーで、一番偉い人の娘の命令だった。それに反したのに、懲罰房半月となれば軽いか。
「そこで、懲罰房から出た後、もしかしたら逆恨みで嫌がらせ等があるかもしれないので、注意していてください」
嫌がらせされても、俺には色々な意味で最強の双子を味方に付けているから心配はしてない。一応、頭の片隅に残しておくか。後々面倒な事起こしてくれなきゃいいが。
「半月のうちに自衛出来るようにして置けばいいね」
「事を荒立てないでください。私かミューレンに報告するように」
「…はい」
自衛はダメ。ここでは正当防衛は成り立たないのか?まぁ、アイツと関わらなければ良いだけの事だが。
「一日の予定が詰まってますので、授業に入りますね」
メルリは少し大きめの文字板を机の上に取り出し、図に描きながら説明してくれると言う。
「解放と適性色ですが…」
コツコツと音を立て図を描き、複数の文字も書き出した。予め準備しておけばいいのに。あえてスルーしよう。
「まず解放とは、体内の魔力を外部に出せるようにする事です。人はある程度魔力を保有していますが、解放させる為のきっかけは、一人一人違うと言われています。ライトの場合は、昨日の適性検査で、私の魔力に刺激された事がきっかけと思います」
「あの時、紐がちぎれる様な音が頭に響いたんだよね」
「やはりそうでしたか。ライトの体内に巡る魔力を私が玉に少引き出そうとした時、逆に私の魔力を取り込み来たんですね。その時点で適性色が金だとわかりました」
手をついた玉越しに、俺の中から魔力を出すつもりが仇になったようだ。本来なら、玉に移行させた魔力を聖水に浸ける事で、適性色を確認するらしい。が、逆に取り込まれたと言う。
「その適性色って言葉を何回も聞くけど…?メルリもミューレンも知ってる筈だから言うけど、元々この世界の住民じゃない俺には全くわからない」
「適性色とは、全部で六色あります。白、青、黄、緑、赤、金です。主に、文芸学力、祈祷力、指導力、戦闘力、慈愛、行動力に分類されています。基分類された各能力に対して保有している魔力が、何個に対応出来るかを示しています。基本色の白は一番なので、一つ対応、金は六番なので、六つの力に対応出来ると言う事になります。ちなみに、強さの関係は明日ミューレンに説明しているいただきます」
文芸関係や行動に関しては、あっちの世界でも共通する所があるから解る。しかし、祈祷力、戦闘力、指導力、慈愛ってそんなのマンガの中でしか聞いたことない言葉だ。しかも、何色ですって言われた所で、「それは凄い!」とか「今後はお任せください」なんて、解答出来ない。魔力とは馴染みがない。馴染みと言うか、存在している世の中で生きて来ていない。
「今はそんなに気にする必要はありません。いずれ学習院にて多く学びます。その中で少しずつ触れていくことになりますから」
「うん、そうする。考えていても、俺にとって初めての事だから、言われるがまま、教わるがままで慣れる様にするよ」
メルリの説明もそこそこに覚えておけばいいだろう。彼女もこの説明で理解しろとは言ってない。
「それでは、解放は終わってますので、魔力の拘束と、魔力の放出、そして備蓄の説明をします。これは…」
「待って、予想で言っていい?」
メルリが全て言い終わる前に、俺から言ってやろうと言葉を遮る。
「わかりました。いいですよ?」
「俺が考えたのは…まずは解放。これは保有している魔力を使える様に、例えば扉とか卵の殻を破るみたいな感じで、拘束はその解放された魔力はちょっとした刺激で勝手に行動してしまうから、その行動を止める。放出は、魔力を使用する際に拘束している状態の所から、目的に合わせて出す事。備蓄は放出を止めて、使った分若しくは、使った分以上に蓄えたり補充する事。かな?」
単純に対義語を並べただけ。それしか思い付かないだろ普通。間違っていたら、国語辞典を目の前に出してやりたい。ちゃんと意味調べろってね。
「その通りですね。そこまで解っていれば、説明も簡単です」
ニコッと笑い説明が省けたって顔をする。つか、そのまんまだったんだと、逆に俺が驚く。意味を間違えてなくて良かった。少なくても三年は高校生やったからな。
「一番肝心なのは、拘束です。現在、ライトは解放したままになっています。つまり、外部からの魔力による刺激や、激しい感情の変化で暴走してしまう可能性があります」
「感情に左右されるの?暴走したらどうなる?」
「そうです。大きな浮き沈みがある時。ですね。暴走した場合、最悪は命を落とします。ライト位の魔力の強さと、保有量があれば…」
危険だ。軽い気持ちでやってられない。せっかく、環境が違えど再び貰った命、無駄に出来ない理由もある。俺一人じゃないから。
「難しく考える必要はありません。心を落ち着かせ、水瓶に蓋をする想像で、魔力が引いていくのが実感出来る筈です」
言われる通り、一呼吸入れて想像する。静かに蓋をする。すると、手足から胸の中心に向かって何かが集まってくる。なんとも言えない感覚の中、集まったものが魔力なんだろう。擽られている様な、撫でられているような不思議な感覚。
「今のが…魔力?何かが止まった…?」
「拘束成功ですね。今日はここまでにしましょう。もうすぐ昼食です。昼食後の剣術、音楽の時拘束は忘れないように」
「でも、楽器に触ると…」
「拘束出来ていれば、魔力を吸い出される事はないです。あの時は、解放も終わってない時に無理矢理引き出されてしまった。言わば事故です。それに今日は楽器は触れないでしょう」
て事は…放出を教えてもらってないから?か。大体予想はついてる。放出が出来れば備蓄も簡単。全く逆の事をやれば良いだけ。勝手に進めたら怒られるかな?
うーん、と考えているときに、母さんの言葉を思い出した。
「そう言えば、母さんに聞いて来いって言われたんだけど…。そろそろ雪が降るだろうから、聖堂に通えない位降った場合はどうしたらいいのか?って」
「それは、考えてなかったですね。どうしますか?試験が終わるまで聖堂か修道院に泊まりますか?」
泊まる事になっても、食事を準備してくれる料理人なんかいない。しかもタダで泊まらせてもらうわけにもいかない。不安要素や問題点を考えると、自力で通うのが正解か。
「泊まるって事になっても、身の回りは自分でしなくちゃならないし、第一、食料を確保するのにもお金がかかる。経済的に余裕ないよ」
「対策を考えましょう。夕の刻迄に決めておきます」
「お願いします」
こうして、約一月半の試験勉強が開始された。懸念される事が既に二つも出ているが、副産物と捉えるしかないか。午後から第二部、三部と控えてる。こなしてやりますか、精一杯生きる為にも!




